第172話 追憶の中で

 マインは俺の方をしばらく見つめていた。

 しかし、プイッと顔を逸してしまった。


 困ったなと思いつつも、近づいていき話しかける。


「やあ、マイン」

「……あなたは誰?」


 そうきたか……。


 グリードのときと同じだ。この世界で、俺は初対面のようだ。

 よしっ、ここがマインの心の世界なら、まずは、仲良くなるところから始めないとな。じゃないと、まともな会話も難しい。


 マインは今だに膝を抱えたまま、資材の上でじっとしている。


「俺はフェイト」

「……フェイト」

「さっき、戦闘に巻き込まれているところをケイロスさんに助けられたんだ。それでここに連れてきてもらったわけさ。君はどうして、ここに?」

「ケイロスと戦って負けた。スロースを取り上げられてしまった」

「返してくれないから、ここにいるわけか」

「そう」

「困ったな」


 俺は横に座りながら、ぼっーと二人で外壁の建設作業を見ていた。


「あなたはどこから来たの?」


 俺の容姿を見て言っているのだろう。ケイロスがここでは黒髪黒目が珍しいと言っていた。褐色を特徴としたガリア人ではないことは明白だ。


「ここからずっとずっと遠くから来たんだ」

「辺境の地?」


 今ここで現実世界からやってきたなんて言えそうにない。

 マインの心は未だにこの過去に囚われている。

 このままマインの過去という世界に合わせるしかなさそうだ。


「そういうことかな。ここも人が住める土地とは言い難いけど?」

「昔はそうじゃなかった。一帯に大都市が広がっていた。その瓦礫を集めてケイロスたちはあれを作っている」

「ケイロスは誰と戦っているんだ?」

「誰じゃない。帝都ガリアという国と戦っている。そして私は捕虜」


 国と戦っているのか。

 あの規模の戦闘なら納得だ。明らかに戦争と言えるものだったしな。

 

 それにしても、マインが捕虜と言ったことが気になった。


「捕虜にしては自由だな」

「負けた私にはもう帰る場所はない。あの人はそれをわかっているから」


 帰る場所がないか……。察するにマインは帝都が放った刺客だったようだ。


「あなたこそ、ここにいる理由がわからない」

「危険なのにいるってことか?」

「そう。それにあなたから私たちと同じ力を感じる。ケイロスに似た力を」

「もしかして興味を持ったから、話してくれているのか?」


 マインは静かに頷いた。大罪スキル保持者は互いに認識し合えるらしい。

 俺もその感覚を感じる。それは磁石のように互いが引き合うようだ。


 一度近づいてしまうと離れ難くなってしまうのだ。


「それもある。あと、なぜか……あなたと話していると落ち着く。私たち……どこかで会ったことがある?」


 赤い目がじっと俺の顔を見つめていた。

 過去に囚われていると言っても、わずかにでも今が含まれているのか?

 どうする? どう答える?


「俺は……」


 そこまで口を開いたところで、ケイロスから声がかかった。


「二人共、飯だ。腹が減ってはなんとやらだ」

「私はもう戦う気はない」

「そんなことをいうな。お前の力が必要なんだ。フェイトも早く来い」


 ケイロスは俺たちを立ち上がらせる。

 そしてマインの背中を押して言う。


「そう言いながら、いつも誰よりも食べるくせにな」

「ぐっ」


 俺も知っている。彼女がよく食べることを。

 先を歩くマインを見ながら、ケイロスは教えてくる。


「あいつは暴食の俺よりも、食べるんだぜ」

「どこから、食料を確保しているんですか?」

「帝都からだ。さきほどの戦いに乗じて別部隊が調達してきた」

「それって……つまり」

「暴食らしいだろ。いつも奪ってばかりさ。お前にはそうなってほしくないがな」

「ケイロスさん……あなたは一体」

「さあ、飯を食ったら、もうひと暴れだ」


 用意された食事は、お世辞にも美味しいものではなかった。

 腹に入るだけでも良いのだと言って、ケイロスは美味しそうに食べている。


 横に座るマインは黙々と食べている。たしか……以前に彼女は味覚を失っていて、何を食べても同じだと言っていた。


 ケイロスと似たようなことを言われるかと思ったが、


「マインはこれを美味しいと思うか?」

「まずい。施設の方がまだいい」

「えっ!?」

「なに?」

「これの味がわかるのか?」

「当たり前。私はこれでも味にはうるさい」

「本当に!?」

「しつこい」


 怒られてしまった。


 しかしながら、マインは味覚を持っているらしいことはわかった。

 まだ、このときには失っていなかったのか。


 性格は相変わらずだけどさ。


「よかったら、俺の分をあげるよ」

「おおっ」


 目を輝かせて、俺の食事を食べ始めた。もちろん、マインの分はすでに完食済みだ。

 それを見たケイロスが笑っていた。


「今回は俺の分を食べられずに済みそうだ。捕虜のくせに図々しいやつだよ。フェイトはそれでよかったのか? 腹が減るのはきついだろ?」

「慣れていますんで」


 ため息をつきながら言うと、またしても笑われてしまった。


「そこは慣れたらダメなところだろ」


 マインの豪快な食力を二人で眺める。


「この調子なら、おかわり確実だな。フェイトはどう思う?」

「絶対するでしょうね」

「いつもこうだからな」


 マインは食べるだけ食べて、また隅のほうへ行ってしまった。

 それをケイロスは見送りながらいう。


「腹いっぱいになったみたいだな。ん? どうした?」


 俺が彼の様子を見ていたから、気になったようだ。


「ケイロスさんは、どうして戦っているんですか?」

「どうしてかときたか……。始まりはただ単に生きるため。そして今も生きるために戦っている。崇高な志のもとに戦っているわけじゃない」


 ケイロスは拠点を建設している人々を見回した。


「いつの間にか、こんなに大所帯になってしまったけどな」

「生きるため?」

「そうさ。人間らしく生きるためだ。俺やここにいる奴らは、帝都のおもちゃだった。逃げ出して、ここに流れ着いて、そして戦うことを選んだわけさ。さっきの戦いで倒した機天使がいただろ?」

「逃げられなかったら、俺もああなってしまっていたかもしれない」


 彼の話では帝都で人を使った実験が繰り返されていたそうだ。

 そこでは人間のランクが厳格に決められていた。最低民となった者に人権は存在しない。


 神から与えられたギフトであるスキルの研究のためなら何をしても許されていた。

 より強いスキルが生まれる仕組みを解明することが研究の目的だったという。


 異常な研究の中で、それを良しとしない研究者の助力によって、外の世界に脱することができたそうだ。


「あのとき助けてくれた人は、死んでしまったよ。その時に言われた『生きろ』って言葉があったから、ここまでやってこれたのかもしれないな。暴食スキルに何度も飲み込まれそうになったけど、あの言葉が俺を呼び戻してくれたものさ」


 ケイロスは俺よりも暴食スキルを使いこなしているように見えた。

 でも、状況は俺と似ているのかもしれない。


「あなたでも……暴食スキルは難しいですか?」

「お前が一番わかっているだろ? それに、このスキルが特別な力だと思ったことはない。俺からしたらこれは呪いだよ。フェイトはどうだ?」

「俺は……たしかにそう感じなかったというと嘘になります。でも、この力がなかったら、大事な人は守れなかったし、今の俺はいなかったです」

「その気持ちよくわかるよ」


 俺が知る限りでは帝都ガリアは滅んでいる。


 この戦争は、ケイロスたちが勝つはずだ。そして、彼は命を落としている。

 グリードが言っていたから、間違いないだろう。


 ふと視線を感じる。その方向を見ると、マインが俺を見つめていた。

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