第171話 マインの世界
真っ白な世界から、暗転して目を開けると、俺は喧騒の中にいた。
どこかはわからないけど、俺の前を通り過ぎていく人々は手に武器を持っている。
遠くでは爆音が鳴り響き、そのたびに人とは思えないほどの悲鳴が上がる。
「グリード!? ルナ!?」
俺たちはルナの精神世界から、マインの心の中へ入り込んだはず。
しかし、一緒にいったはずのグリードとルナが見当たらない。
俺はどうやら逸れてしまったようだ。
それにしても、これは戦争なのか?
呆然と眺めていると、後方で閃光が煌めいた。
「うああっ」
すんでのところで躱して、それを放った巨大な生き物を確認する。
「機天使!?」
タイプはハニエルとは違う。コアになっている部分はシールドに覆われており、中が確認できないようになっていた。
まずいな……今の俺には武器がないぞ。それにいきなり逸れてしまうなんて、ついてなさすぎる。
人の心は迷宮のようになっており、迷えば戻ってこれないかもしれないって教えられたばかりなのに……。
「幸先がいいとは言えないな」
それ以上の愚痴をこぼしている暇もなさそうだ。
機天使が俺がいる方角へ向けて進行しているからだ。軍人と思われる人たちが、一斉に手に持った重火器を放っている。
焼け石に水といったところだ。
あの機天使……以前に俺が戦ったハニエルとは大きさ自体が違う。
一回りも大きく、六枚の翼を持っている。
またしても閃光を放とうとしたとき、威勢の良い男の声が聞こえてきた。
「どいていろ! 邪魔だ!」
手には黒剣グリード。褐色の肌に、髪は燃えるような赤色をしている。
長身で鍛え上げられた肉体が装備の上からも容易にわかってしまう。
一直線に機天使へ向かっていく。
閃光を放たれたとしても、いとも容易く黒剣で切り裂いてみせる。
「すごい……」
身のこなしが洗練されており無駄がない。それはアーロンを思わせるものだった。いや、アーロンよりも上かもしれない。
「機天使は俺がやる。お前らは自分ができることをしろ!」
彼は部下と思われる人たちへ声をかけると、彼らを置いて単身で駆け出していく。
黒剣の使い手か。それなら、もしかしたら彼は大罪スキル保持者かもしれない。
この世界のマインの手がかりを知っているかもしれない。
俺は彼に加勢するために地面にいくつも転がっていた長剣の一つを手に取る。
すぐに追いかける。
体の動きは、現実世界と同じように動かせる。これならいけるぞ。
先を行く赤髪の男に声をかける。
「俺も加勢します」
「ん? お前は見たことのない顔だな。黒髪黒目か……ガリア人じゃないな」
「それは……」
「まあ、いいさ。仲間は多いければ多いほどいい。なんせこの世の中は誰でも彼でもすぐ死んじまうからな」
あっけらかんと言う彼は、並走しようとする俺に手を向けて制する。
「だがな、これは俺の獲物だ。腹が空いてしかたないんだ。俺の中のスキルが言っている。こいつを喰らわないと収まらないとな」
彼はさらにスピードを上げて、黒剣を煌めかせた。
機天使は翼から、爆発する羽を振りまいて応戦する。しかし、彼はすべてが止まって見えているかと思えてしまうほどの身のこなしで進んでいく。
一閃。それだけだった。
見上げるほどの巨体をコアごと縦に両断してしまった。
「くぅ~! うめぇ~!! これだから、大物喰いはやめられない!」
間違いない。彼は暴食スキル保持者だ。
俺のときもそうだった。機天使を喰らった場合、暴食スキルから異常な高揚感を感じなかった。グリードが言うにはたしか……出来損ないの同族だったはず。
「まあ……いい気はしないけどな。で、お前は何者だ?」
両断されて横たわる機天使を後ろに、赤髪の男は俺に振り向いて聞いてくる。
「俺は……フェイト。道に迷って……」
そう言うと大笑いされてしまった。
「なんだ? 道に迷ったって、この戦場のど真ん中でか? 面白いやつだな。でも俺を助けてくれようとした気概、機天使を前にしていい度胸している。気に入ったぜ。俺はケイロスだ」
ケイロスは押しの強い男で、無理やり俺の腕を掴んで引っ張る。
「さあ、俺たちの拠点へ案内してやる。こんな場所にいると飯も食えないだろ。腹が減ってはなんとやらだ。俺は特にそうなるとダメだからな」
「助かります。正直、困り果てていました」
「だろうな。そんな顔している。お前、フェイトといったな。一つ教えてやる。戦いでは感情を表に出さないほうがいいぞ」
「よく言われます」
「あっははは。まあ、でも素直なことは良いことだ。こんなひどい世界だから尚更な」
黒剣を鞘に納めると愛嬌のある顔を俺に向けた。
機天使を倒したことで、相手が進攻をやめて退却し始めていた。
「さて、今日の戦いは終わりだ。次はもっと強いのが来るかもな。その前にしっかりと休んでおかないとな」
俺は彼の腰に下げている黒剣を見ながら言う。
「凄い剣ですね。あんな巨大な敵を両断するなんて」
「こいつはグリードっていうんだ。性格は悪いが、良いやつだよ」
「一言余計だぞ。ケイロス」
「悪かったって、そう怒るな。この通り、喋る剣ってやつだ」
ケイロスは黒剣を撫でてなだめていた。
あのグリードの様子なら、俺が知っている彼とは違うようだ。
それに、読心スキルだけで俺としか話せなかったグリードが、周りと意思疎通ができている。
つまり、ケイロスはグリードの力を第五位階以上解放していることになる。
俺にはまだできていない領域だ。
それにしても、本当にここがガリア大陸なのか?
俺の知っている荒廃して、得体のしれない植物が生えている世界とは違っていた。戦いによって、土地は傷んできているが、ちゃんと緑は残っていた。
「ぼーっとするな。拠点はここより北上した場所にある。いくぞ」
「はい、ケイロスさん」
「さん付けはいらない。ケイロスでいい。みんなそう呼ぶ」
歩き出すケイロスに後について、北上していく。
しばらくして見覚えのある黒い壁が視界に入ってきた。
「バビロン……」
「なんだ、バビロンって?」
「いや、なんでも」
ここではあれをバビロンって言わないようだった。
ケイロスは少し首を傾げた後、何かに閃いた顔をした。
「いいね。バビロン! ずっと名前を決めろって言われていたんだ。それいただきだな」
「そんな……安直でいいんですか?」
「いいだよ。拠点の名前なんてものを、俺に考えさせようとしたやつが悪い」
近付いてみると、俺の知っているバビロンとは違っていた。
いや、バビロンになろうとしていると言ったほうが正しいだろう。
黒い壁は回り込んでみると、まだ建設中だった。
「部材がまだ足りなくてさ。アダマンタイトを敵陣からいただくのが、また大変なんだ。俺としては戦っているほうが楽なんだが」
ケイロスは建設作業をしている人たちに声をかけて労をねぎらっていた。
さきほどまで戦っていたはずなのに全く疲れを見せないのは大したものだ。
それにこの人は俺と違って、暴食スキルの影響を受けていないのだろうか。今のところ、そのような素振りがまったくない。
しばらくして戻ってきたケイロスは、宿舎に案内してくれるという。
「とりあえず、飯だな」
「あの……どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「最初に言っただろ。気に入ったってな。それにな……」
「それに?」
「お前から同じ匂いがする。わかるんだよ、俺たちはさ。そうなんだろ?」
俺は迷ってしまった。ここであなたと同じ暴食スキル保持者だと言うべきかを。
結局、答えられずにいると、ケイロスは「まあ、いいさ」とだけ言った。
そして気分を害すこともなく歩き出した。
「似たような新入りがこの前来たんだよ」
「新入り?」
「ほら、あそこにいる。また一人で隅っこにいるな。戦いはめっぽう強いが、それ以外はいつもああだ。困ったやつだ」
そう言いながらも笑顔のケイロス。その指差した先にいたのは、褐色の肌に白髪の少女だった。
そして、忌避されるくらい真っ赤な瞳が印象的だ。
彼女は膝を抱えて、ぼーっと空を眺めていた。
「マイン!?」
あまりに大きな声で言ってしまったものだから、周りにいた人たちが俺の方を一斉に振り向いてしまったほどだ。
ケイロスはそれを聞いて、また何やら閃いた顔をした。
「なんだ。知り合いか。なら、新入り同士仲良くやってくれ。頼んだぜ、フェイト」
ケイロスはそう言い残すと、他に用があるらしく立ち去ってしまった。
取り残された俺に、マインの視線が刺さる。それはそうだ。
だって、あれほど大声で彼女の名を呼んでしまったからだ。
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