第129話 送り出す者
白騎士に連れられてお城へ向かう。先に歩く彼女は黙々と進んでいく。
なんというか……この重い空気が苦手で、気を紛らわせようと話しかけてみる。
いつもなら無視されてしまうのだが、今回は違ったようだ。
「エリスはいつ戻りますか?」
「……もうすぐです。あと一時間ほどでしょう」
「すごいですね。どうしてそんなことがわかってしまうんですか?」
「その答えはあなたも知っていると思いますが」
「えっ……」
そう言われても心当たりはなかった。首をひねっていると白騎士に笑われてしまった。
「本当にあなたは何も知らないんですね。グリードからいろいろと聞いていないんですか?」
「このひねくれ者が、簡単に教えてくれるわけがないですよ」
「たしかに……グリードはエンヴィーよりもひどい性格だと、エリス様から聞いたことがあります」
フルフェイス型のヘルムで素顔をわからないけど、とても同情されたような気がした。
それを言われたグリードは、やんやと否定して怒っている。あの陰険なエンヴィーよりもひどいとはどういうことだ……という声が《読心》スキルを通して聞こえてきてうるさかった。
白騎士は立ち止まって、目の前に聳え立つお城を見上げながら教えてくれる。
「あなたとアーロン・バルバトスの関係と同じですよ。いや、それよりも少しだけ進んだ絆です」
「それがエリスとの絆なのですね」
「ええ、気が遠くなるほど昔の話です。二人でエリスと共に生きようと誓ったことは今でも忘れることはできません」
この王国はエリスとエンヴィー、白騎士たちで始まったという。
ガリアという国が崩壊して、行き場をなくした者たちが溢れかえったらしい。その人たちが集まってできた小さな町が最初だったいう。
エリスの色欲スキルの力によって、どうしても人を惹き付けてしまうことが理由だったようだ。
「ああ見えて、エリス様はお優しい方ですから。それにあなたの前に暴食スキルを所持していた男との約束でしたし。残された者たちを率いて、王国を興したのです」
「あの……その前の暴食スキル保持者ってどのような人だったんですか? ほら、グリードはあんな感じだし。エリスは一切教えてくれないし……マインに至っては忘れたって言うんですよ!」
本当にみんな……なんだかんだ理由を作って口をつぐむのだ。
俺が相当困った顔していたのだろう。白騎士はため息を一つ付いて少しだけ話をしてくれる。
「あの人は皆の希望でした。でも……最後は……私も思い出したくはないのです。あなたはなぜか面影が似ています。エリス様はあの人に似ているあなたに、昔を重ねているのでしょう」
「エリスとその人の関係って」
「幼い頃に私も含めてあの人に助けられたのです。それ以降、ずっとエリスはあの人だけです。この王国も彼の理想を形にしようとしていました。ですが、当の本人がいないのでは、うまくいかないものですね」
昔の王都周辺は強い魔物が多かったそうだ。それに対処するために聖剣技スキルを持つ聖騎士たちを主軸として、王国を発展させていったという。
結局、それがすべての原因ではないにしても、強力なスキルを持つ者が正しいというスキル至上主義が育まれていってしまう。
でも一概にこの王国が悪いとは言い切れない。なぜなら、差別はあっても、人の暮らしは少なくとも守られていたからだ。
良くも悪くも、ガリア崩壊後の世界で、エリスが作った王国は行き場をなくした者たちの受け皿になったのだ。
「すべて正しいなんてことは、俺たちには無理だから」
もし、王国という人々をまとめる枠がなければ、どうなっていたのか……俺にはわからない。
ロキシーから教えてもらった言葉。私たちは人間なのだから間違いは犯してしまう。
だけど、そればかりを思って立ち止まっていては、何もできなくなってしまうことも。
「うまくいかないことでも、まだ終わったわけじゃないんだし。これからまた始めればいい」
そう言うと白騎士にじっと見られてしまった。ちょっといい加減だったかもしれない。
まずかったかな……なんて思っていると、
「まさか……あの人と同じことを言うとは思ってもみませんでした」
似たような言葉を過去のエリスたちに向けて言ったそうだ。それから、最期が来るまでずっと彼女たちの側にいたそうだ。
「エリス様が、あなたに固執する理由がわかったような気がします」
「これは、ロキシーから教えてもらったことです。俺はそれを借りただけで」
「借りた言葉ですか……でも受け入れたのなら、それはもうあなたのものでもあります」
「そうです。私たちやエリス様が、あの人に出会って変わることができたように」
白騎士はお城を見上げるのをやめて、歩き出した。
「もしかしたら、あなたは……彼の……」
「ん?」
「いやそんなはずはないですね。忘れてください」
独り言のように言った内容はすべては聞き取れなかった。
それに彼女からそう言われてしまえば、知りたくても追求はできない。俺は彼女の後を黙って付いていく。
少しだけでも、話をしてもらえただけでも嬉しかった。
お城の中へ入っていくと、アーロンとメミルが出迎えてくれた。そしてもう一人の白騎士が待っていた。
「おお、フェイト! またしても軍事区で騒ぎがあったようだな。儂も行こうとしたのだが……」
アーロンはすぐ横にいる白騎士を見ていた。おそらく、ここで待機するように指示されたのだろう。
このような事態にいち早く飛んでくる彼が来ないことに疑問を覚えていた。その理由がわかった気がする。
「アーロン・バルバトスにはここで待機させました。調書によると昨日はホブゴブの森で相当暴れたみたいですから」
「いやはや……」
あのアーロンが白騎士の前ではたじたじになっている。このような彼を初めて見たかもしれない。
「あなたはこの国の未来に必要な人材です。もう無茶をしてはなりません」
「それは……」
戦い大好きなアーロンにとって、これはとても厳しい命令だった。
がっくりと肩を落とす彼を横目に、メミルのところへ。
「どうだった?」
「はい、今回は大目に見てもらいました。意外にお話がわかる方々でよかったです」
「そっか、よかったな。俺には厳しいのにな……」
「ああぁぁ……それはフェイト様ですから。そうですよね、皆様!」
白騎士の二人が盛大に頷いていた。そして、アーロンまでも頷いているではないか!?
「じゃあ、私も頷きますかね。うんうん!」
「おいっ!」
酷すぎる……多数決にされたら、もう勝ち目がない。
最近、フェイトだからしかたないという言葉が俺の周りで流行っているような気がする。
ロキシーにも、グリードにも、サハラにも……あげればきりがないぞ!
頭を抱えていると、後ろからもその票に一票を投じようとする者が現れた。
少しの間だったのに、久しぶりに声を聞いたような気がする。彼女は青い髪を揺らしながら、歩いてくる。
「ボクもそう思うね」
「エリス!」
「やあ、ただいま。どうやら、ボクがいない間にいろいろあったようだね。君は本当にトラブルメーカーだね」
ラーファルの足跡を辿って北の山岳都市に赴いていた彼女が戻ってきたのだ。
予想よりもかなり早いと思っていたら、一緒に行っていた者を残して一足先に帰ってきたようだった。
「王都の方角から嫌な気配を感じたからね。急いだけど……どうやら間に合わなかったようだね」
女王のご登場に、俺以外の者たちが跪く。白騎士の二人が、立ったままでエリスと話すものだから無礼と怒っていた。
白槍を使って俺の足をツンツンとしてくるので、躱しているとエリスに笑われてしまった。
「おやおや、ボクの知らないところで仲良くなったみたいだね」
「「違います!!」」
物凄く否定されてしまうと、それはそれでショックだ。
なんだよ……先ほど、少しだけ昔話をしてくれたじゃないか。俺はそれでてっきり距離が縮まったと思っていたよ。
恨めしく思ってみていると、逆に睨まれてしまう。
その程度で私たちが気を許すとでも思ったか! 調子に乗るな! という眼光だ。
歳を重ねると人は気難しくなるって聞くけど、まさにこのことだな。アーロンを見習ってほしい。大昔から生きている人たちのみんなが、あの気さくな爺さんになればいいのに。
というのは無理な話なのだろう。
まず、白騎士たちの主であるエリスが変わり者だからな。困ったものだと思う俺に彼女は抱きついてきた。
「なんていう悲しそうな顔をしているんだい。ああ、わかった。ボクと離れ離れになって寂しかったんだね!」
「やめろって」
「嫌も嫌も好きのうちってやつだね」
「なんて、身勝手な解釈!?」
まとわりつくエリスを引き離していると、アーロンが咳払いをして声をかけてくれる。
「エリス様、今は大事な時です。そのようなこと後でお願いします」
「しかたないな~」
やめるようにではなく、後にするようにと言って、おさめるところが手慣れている。アーロンは既にエリスの扱いがわかってきているようだった。
でも、それでは話の後で、また纏わりつかれてしまうんだけど……。
お城の一階にある大広間で話をすることになった。歩き出す俺の袖をメミルが少しだけ引っ張って言う。
「私はお邪魔のようなのでこれで……」
「いや、メミルにも聞いてほしい」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんさ。だって、これから俺が何をするかをみていくんだろう」
「……はい」
大広間に置かれた大きなテーブルに座っていく。俺の右隣がアーロン。左がメミル。
向かい側にエリスが腰を掛ける。白騎士たちは彼女を挟み込むように立っていた。
「では、話を訊こうじゃないか」
「そうだな。まずはゴブリンたちの異変が起きて、ロキシーたちと調査に出たところからだな」
俺は思い返しながら、エリスに話し始めた。
ゴブリンたちの異常な行動は、太古の魔物であるゴブリン・シャーマンによって引き起こされていたこと。
その魔物によって、俺とロキシーの魂が入れ替わってしまい、元に戻るためにアーロンやメミル、ミリアの力を借りてなんとか乗り切った。
「戦いの場だったホブゴブの森。その地下にはガリアの遺跡があったわけかい?」
「ああ、エリスは知っていたの」
「いや、知っていたらそのままにはしないよ。おそらく、地下にあったのなら、ただの研究所ではなさそうだ。調べてみたいけど、その様子では無理そうだね」
「溶けない氷によって中には入れないようになっている。それをしたのは、俺の父さんだった」
その言葉にアーロンがいち早く反応した。
「死んだと聞いていたが……もしや」
「はい、おそらくロキシーの父親と同じかと思います」
「そうか……氷使いならば、先ほど軍事区で起こったことも」
「父さんでした。賢者の石とライネを連れて行かれました。……すみません」
エリスは黙って聞いていた。そして天井を見ながら大きく息を吸って吐いた。
「死んだ者が戻ってくる。絶滅したはずの魔物が蘇る。思ったよりも早かったね。だけど、まだ間に合いそうだ。扉はまだ開ききっていない」
「彼の地の扉は死者蘇生の力を持っているのか?」
「それは一端に過ぎないよ。それに誰彼構わずに甦れるわけではないよ」
「ゴブリン・シャーマン、ロキシーの父親、父さん……には共通点があるわけか」
「簡単だよ。未練があって、この世に魂が留まっていることが条件だね」
ゴブリン・シャーマンは何かこの世界の人間に憎しみを抱いていた。メイソン様は残された家族が心配だった。
なら、父さんは……もしかしたら……。
ロキシーを追ってガリアに向かう時に立ち寄った故郷。そこで、墓参りをして伝えたいことは言えたはずだった。
しかし、それはこの世に留まっていた父さんには届かなかったようだ。
それに、父さんの真意は幼かった俺には、見据えることなどできなかったはずだ。真実はもう一度会って聞くしかない。
俺の横では、生き返る条件を聞いたアーロンがどこかホッとしていた。
「先ほど、死者蘇生は力の一端だと言われましたな。その先があると」
「残念ながら、知らないんだ。なんせ、彼の地の扉は前回開く前に、暴食スキル保持者によって閉じられてしまっているからね」
「俺の前の人か……」
「そうだよ。命と引き換えにね」
以前、グリードが言っていた。前の暴食スキル保持者はすべてを開放して、死んだと……。
俺は彼がどこで散ったのかを、やっと知ることができた。
彼の地の扉だ。
残された時間、ここまで身につけてきた力をどうすればいいか。ずっと悩んできた。
グリードが《読心》スキルを介して言ってくる。
『決めてしまったようだな』
「ああ……」
大方の話は終わり、明後日にはシンの行方を追うことになった。その先にマインもいる。
そして、父さんも……連れ去られたライネもだ。
エリスは、賢者の石を王都へ送る前に自身で少しだけ調べていたそうだ。だから、およその場所なら把握できているという。
「本当に信じていいのか?」
「任せておいて、ほらボクの黒銃剣エンヴィーは精神系を操るのが得意なんだ。それを使ってシンの分体である賢者の石に干渉して調べたわけだよ」
腰に下げている黒銃剣を見せてくるエリス。この前よりは、元のように仲良くなってきたのかもしれない。
「王都でじっくりと調べたかったけどね。うまくいかないものだよ」
「で、場所はどこなんだ」
「驚かないで聞いてほしい。アーロンもメミルもだよ」
そこまで前置きをしておいて、一体どこなのだろう。
俺たちは少し不安だった。それを見てエリスは申し訳なさそうに言う。
「シンは、バルバトス領のハウゼン……その近くにいる」
言葉が出なかった。やっと復興の目処が立ち、発展を始めていたハウゼン。その近くにシンという化物が潜んでいるという。
まさか、探していた者が意外に近い場所にいる。灯台もと暗しとはこのことだろう。
エリスは動揺するアーロンに向かっていう。
「領地に危険が迫っているのはよくわかるけど、君にはここを守ってもらおうと思っている」
「しかし、それでは」
「わかっている。だが王都にもオーガのような魔物が現れてしまったらどうする。これからたくさんの異変が起こっていく。白騎士たちでは手が足りない恐れがある。逃げ場となる王都だけは死守しなければならないことは、君だってよくわかるだろう」
アーロンは何も言わなかった。過去、王国のために尽力して領地にほとんど戻れなかった。
そのために、【死の先駆者】リッチ・ロードにハウゼンを乗っ取られてしまう。結果、愛する人たちを彼は失ってしまったのだ。
また、繰り返すわけにはいかない。そう思うのは当然だろう。アーロンは苦虫を噛み潰したような顔でテーブルを見つめていた。
そんな彼にエリスが優しく言う。
「今回はボクが行く。これでもかなり力を取り戻したからね」
「エリス様が自らですか!?」
「うん! だからアーロンにはボクの代わりにここを守ってほしい」
王命とあれば、従うしかない。彼は聖騎士として王都に戻ってきたのだ。
アーロンはエリスの決定に素直に従うのだった。しかし、彼は一つの提案をする。
「エリス様にお願いがあります。旅立つ前にこのアーロン・バルバトスと、息子であるフェイトとの手合わせをしたく思います。つきましてはエリス様に立合っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺は手合わせと聞いて、アーロンを見る。
本気の顔だ。手合わせなんて、生半可なものではない。
アーロンの申し出に、エリスは少しだけ悩んだ後に頷いた。
「いいよ。場所はそうだね。広い所が良いよね。そうだ、ゴブリン草原にしようか。時間は明日の朝」
「ご配慮、ありがとうございます。フェイトもよいな?」
「アーロン……」
「いくら口で語ったところで、儂らは武人だ。やはり、語るならこれでないとな」
彼は新調した聖剣を叩いてみせる。たぶん、アーロンは気が付いているのだ。
俺がもうここへ戻っては来られないことを……。
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