第三章 退魔師の中でも、ぶっちぎりでやべーやつ ~あいつ、あたしより病んでるじゃん~
キリちゃすの「恋人《ピ》」の素顔
五時間ほど眠ったか、朝の一〇時前になってようやく起きられように。
「立てるか、
大丈夫だとは思うが、一応緋奈子に確認を取る。
「平気です、カオル。行きましょう」
着替えて署へ。
捜査本部は、ガラガラになっていた。みんな出払ったらしい。
「おう、起きたかい」
千石さんがオレを待っていたかのように、手を挙げる。
後輩の
「福本くん、捜査の状況を説明してあげて」
「はい。キリちゃすの探索は、難航を極めています」
翌朝になっても、いまだ居所が掴めていない。
山狩りをしても、それらしい証拠が見つからなかった。ただ、足跡が高速道路付近で途切れていたらしい。民間人を脅して、車に乗った可能性があるという。今頃、街に入ったのではとのこと。
「また、ターゲットらしき
「キリちゃすにやられた可能性は?」
「ありません」
福本は首を振った。
「別荘にそれらしい死体は、見つかりませんでした。壁や階段に、天鐘の血液は見つかりました。出血の痕跡は微量で、負傷していても切り傷程度だろうとのことです」
現場に残ったタイヤ痕から、SUVで逃走した可能性がある。しかし、そこからの足取りが掴めない。
キリちゃすの追跡を逃れるために、複数台に分散したようだ。
考えてやがるな。
昨日の今日だ。すぐに情報は得られないだろうな。
「ところで、ピ……
オレは、千石さんに話を振る。
ただ、学校などを調べた結果、ヒットしなかったらしい。
「被疑者キリちゃすの交際相手の名前は、
署長が、「福本くん」と指示を出す。
福本はタブレットを起動させ、とある男性を表示した。
短い黒髪で、覇気のない顔の男性が映し出される。この世のすべてをあきらめてしまったような顔だ。
生きていたら、二一歳になっているとか。
「キリちゃすの言う通り、死んでるんですね?」
そこらじゅうの病院をあたってみたら、ようやくヒットしたという。
「しかし、灯芯キリカと同級生だったという記録は、どこにもなかったんだよ」
名塚は両親が不明どころか、出生すら明らかになっていない。幼い頃から、施設にいたそうだ。氏名も、施設の職員が保護者になってついたらしい。しかし、その人物も居所が掴めないそうだ。
「学生では、ない?」
てっきり、キリちゃすの幼馴染だと思っていたが。
「そうなんだ。彼は、とある特務機関に所属していた」
「もしかして」
「お察しの通り、『弥生の月』だ」
名塚は、『弥生の月』預かりの殺し屋だったそうだ。身寄りのないのをいいことに、鉄砲玉のような扱いを受けていたという。
どうりで、なんの情報も得られなかったわけだ。
「その中で、名塚はとある実験を受けていたらしい。体内に、魔王を宿すという」
当時の魔王はまだ弱く、制御可能だったとか。
人体に魔王を宿し、どこまで制御できるか試すつもりだったという。
「こっからが面白いんだ。名塚は最初に食いたい人物として、ある男を指定した。誰だったと思う?」
「さあ……」
オレが首をかしげると、署長は嬉しそうに語りだす。
「
キリちゃすの父親は、問題ばかり起こす人物だったという。
女性に対する乱暴で何度も逮捕されていたらしい。
失踪した当時も、「捨てた女性に刺されたに違いない」と、警察官は誰も取り合わなかった。
もし、名塚 燿が食ったことが本当なら、キリちゃすと面識があるはずだが。
しかし、退魔師を殺すようになって、持て余すようになったらしい。
「得体のしれないスラッシャーなんか飼おうとするからだ。ったく」
「ごもっともだね」
彼が組織を抜けたのが、数ヶ月前だという。
「死期が迫っていると悟ったんだろう。彼は自由になることを望んだ。魔王は、例の山に封じ込めていたそうだよ。また使えるかもしれないからと、拘束していたんだってさ」
「やけに詳しいですね」
「実は先日、匿名で署にタレコミのメールが来たんだ」
オレは、届いたというメールを見せてもらう。
「絵文字ばっかだな」
あまりに派手な絵文字や顔文字が多過ぎる。目がチカチカした。
「スマホに記録させた、定型文で書いたんだろう。絵文字を消す余裕もなかったみたいだね」
「でしょうね。読みづれえ」
添付資料以外は絵文字ビッシリだ。
「女子学生かも知れませんね」
緋奈子の予想は当たっているだろう。
とはいえ、学生にこんな情報権限があるとは思えないが。
「相当の実力者か、関係者の肉親か?」
「どちらにしても、添付内容が具体的すぎる。本物と見て間違いないよ」
千石さんは、資料を真実と確信していた。
「データベースから直接、添付がされている。それをスマホに吸い出して、ウチに送ってきたんだ。とんでもないリスクを負って、署に送信している。どういう意図があるのかはわからないけどね」
JKが、なんの目的で?
「ワナの可能性は?」
「オレも、そう考えてた。鵜呑みにしていいんですか?」
弥生の月が、オレたちと魔王を衝突させて弱ったところを潰す、とか。
「ボクらをハメてどうするんだ、二人とも? 魔王に食わせるつもりか? 余計に強くなっちゃうリスクだってあるんだ。それに、国家権力を敵に回すんなら、とっくにやっているさ」
自衛隊すら、好きに操る組織だ。警察一人を潰すくらい容易だろう。
「そうですね」
オカルト課ってのは、そんじょそこらの民間退魔師とはワケが違う。日本中から集めた、精鋭ばかりだ。弥生の月だって例外ではない。
斗弥生たち『弥生の月』は、魔王と敵対している。オレたちにぶつけて弱らせるにせよ、もっと考えるはずだ。JKなんて使わないだろう。
「キリちゃすと名塚って、数ヶ月前に知り合ったばかりなんですよね?」
「バイト先の工場で、一緒になったらしい。撮影機材を買う金を求めて、働くようになったそうだよ。名塚は同期らしい」
とはいえ、そのバイト先も潰れてしまっていて、もうない。手がかりは、なくなっている。
「じゃあ、名塚はどこでキリちゃすに目をつけたんだ?」
「そこなんだ。キリちゃすの父親を殺すにしても、弥生の月がよくそんなことを承諾したなと思ってね」
資料には、細かい理由などは載っていなかった。単に、「行方不明になってもおかしくない人物」の候補に上げただけか?
とはいえ名塚は以前から、キリちゃすの存在と境遇を知っていた。
「名塚のいた施設と灯芯家が、近所だったってことは?」
署長は首を振る。
「過去に数度、キリちゃすは児相の世話になっている。そのときに、名塚と何かあったんじゃないかな?」
「かも知れませんね」
当時の児相担当者を当たってみるか。
福本のスマホが鳴った。
「高速で、玉突き事故だそうです」
O阪とH県をつなぐ高速道路で、一〇台以上の車が衝突する事故が発生した。発端はタクシーがUターンしたことらしい。
複数の男女が、高速で立ち往生しているとか。
「警察だけではなく、報道ヘリまで上空を飛び回っています」
キリちゃすだろう。
「あっ」と、福本が手を叩く。
「大事なことをいうのを忘れてました!」
「どうした?」
「戦闘ヘリなんですが、提供者がわかりました。操縦者は『弥生の月』のいち構成員だったのですが、持ち主は超大物でした」
「誰だよ? もったいぶるんじゃねえ」
「SEINAというアーティストです」
福本が、タブレットを起動して資料を見せる。
「本名は斗弥生
「どんなヤツなんだ?」
「斗弥生の名を日陰者にまで貶めた、元凶ですね」
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