勘違いばかり

10月最初の土曜日。

私の今日のダイビングは体験ダイビング。

ゲストは1名。


こんな気が楽なダイビングは久しぶりかもしれない。


沼津駅でピックアップしたゲストは徳永様。

今日は黄金崎でダイビングした後は相模大野駅で降ろすという変わりコースだ。

何でもホームページを見て、私指名で予約を入れたとか。

まぁ、ありがたいお話だけど..(いつから指名システムができたのやら )


これから向かう場所は西伊豆:黄金崎公園。


私がもっとも好きなダイビングポイントだ。

何といっても白く広々とした砂地が気持ちいい。

光りのカーテンが凄く素敵なの。


そして夕日に染まる馬ロック越しに見える夕日は、西伊豆きってのロケーションだと思っている。


根合いの駐車場でセンターの車に乗り換え、ビーチに続く段々畑を降りていく。


凄く穏やかな海は、高台からビーチの底が見えるくらいの透明度。

やっぱり秋の海は最高だ。


施設に着くと「桃ちゃん、今日はサウザーさんだね。カッカッカ」とタケさんが屈託のない笑顔で迎えてくれた。


徳永さんが水着に着替えている間、私は器材のセッティングをする。


海からロクハンダイバーが上がって来た。


「やぁ、桃ちゃん。こんにちは」

「こんにちは。お世話になります」


ナイトの称号をもつ? センターのエグゼグティブアドバイザーの山上さんだ。

その飄々ひょうひょうとした態度からは別に、時々、ドキリとするような厳しい言葉を発することがある。

でも、とても頼りがいあるナイト様だ。


「今日は凄く良い海だよ。海を楽しんできて」

「はい」


徳永さんが着替えて来た。

軽器材、重器材の使い方を説明し、まずはフィンを履いてシュノーケルをしてみる。


徳永さんは深い場所を緊張してか、私に捕まってくる。

手をつなぎながらシュノーケルを終えると、その魚の多さに興奮していた。


「青い魚がいっぱいいますね。それに目の前に細く小さい魚がいっぱいいました。あれは何て言う魚なんですか」

「青いのはソラスズメダイで水面際にいたのはイワシですよ」


「潜ったらもっと観れるんですよね」

「そうですよ。目の前に青い魚やマダイが通り過ぎるし、上を見ると光がキラキラして素敵ですよ」


さっそく重器材を背負い、もう一度器材の取り扱いを説明する。


エントリー口を歩いていく。


「じゃ、レギュレターをくわえましょう」


「あ、あの.. 本当に溺れないですよね」

「大丈夫ですよ。レギュレターをくわえてれば絶対に大丈夫」


「そ、そうですよね。でも、や、やっぱりやめようかな.. シュノーケルでもいいかな.. 」

徳永さんは海を目の前にして躊躇してしまったようだ。


「シュノーケルだけにしますか? それでもいいですよ? 」

「 ..い、いや ..やります。ややや、やります」


(うわ~、めっちゃくちゃ緊張しちゃってるなぁ)


「大丈夫ですよ。私を信じてください」


私は徳永さんの眼を見つめて手を両手でギュッと力強く握りしめた。

これはある意味男性ががんばれるおまじないだと思っている。

徳永さんはレギュレターを口に放り込んだ。


「はい、じゃあ、徳永さん、ゆっくり一緒に潜っていきましょうね」

「うあい(はい)」


..。。〇°潜水開始!


意外にも徳永さんはスムーズに海の中に潜ることが出来た。


ただ.. 手を前に突き出して指先までピーンと伸ばしている..

体中に力が入っているようだ。


私は浅い場所に着底し膝をついて向かい合う。

再び手を握って目を見てみた。


『深呼吸をして.. 』のジェスチャーをする。


少しずつ目から力みが抜けていくのがわかった。

指先からも力が抜けた。


そこに丁度ソラスズメダイの大きな群れがやってきた。

青い魚に囲まれて喜ぶ徳永さん。


中層を泳ぐとマダイのダイちゃんがいつものように近づき愛嬌を振りまく。


私は時々、徳永さんの目をジッと見て落ち着いているかを確認した。


イサキの群れやキラキラとキビナゴの群れが通り過ぎる。

すっかり徳永さんの目からは恐怖心は無くなっていた。


少し長めの30分の体験ダイビングを終える。


・・・・・・

・・


「すごいっ。いっぱい魚がいた。青い魚もいっぱいだった.. 」


「本当に綺麗でしたね、ソラスズメダイ! 青いキラキラがすごくロマンティックでしたよね。それに光のカーテンわかりました? 」


「はい。水面から光がゆらゆらしてましたね。今日は本当に楽しかった。ありがとう」


「こちらこそ、楽しかったです。じゃあ、LOGBOOKにサインしますね」


・・

・・・・・・


根合い駐車場に戻り車に乗り込むと


「柿沢桃さん。桃さんと呼んでもいい? 」

「え? は、はい。いいですよ」


「今日はどこか食事を案内してくれるって話だけど、どこにいくの? 」


初めて聞く話だった。


「え~っと。沼津にいきましょう」

「はい。お腹減ったなぁ。楽しみだ。」


車内ではダイビングの魅力とか今までの体験などを話した。


もちろんこの前潜った神子元ダイビングの話も。


徳永さんは時々、プライベートな話を聞こうとしたけど、差しさわりのない程度だけ話した。


「黄金崎は桃さん、大好きなんでしょ? 」

「え? 何でですか? 」


「僕がどこで体験やるのかって聞いたら、黄金崎がいいって勧められてね。その時、桃さんが最も好きで得意なポイントだって聞ききましたよ」


「そうなんですか.. はい。好きですよ、黄金崎」


「じゃ、僕も黄金崎にしてよかった」


そうなんだ.. てっきりゲストのリクエストだと思っていた。

いつもなら大瀬崎や井田の近い場所のはずなのに変だとは思っていた。


沼津の『さかなや千本一』にて金目鯛の姿煮定食と桜エビのかき揚げをそれぞれ1枚ずつ注文する。


構うものか!

どうせ領収書切るんだから!


私は内心、いろいろと作為的な感じがして腑に落ちなかった。


*****


東名高速を横浜・町田で降り相模大野駅に到着する


徳永さんとの別れ際に言葉を交わす。


「今日は本当にありがとう。楽しかったよ」


「よかったです。またご一緒したいですね。そうそう、これ、私の名刺です。ダイビングの事で質問があったらいつでも相談してくださいねっ! 例えばOW受けたいなって相談とか」


「ははは。じゃ、そういうことなら遠慮なくするよ。またね」


そういうと徳永さんは夕暮れの道を歩いて行った。


再び、高速に乗り、私は店に帰っていく。


=====


—カラン

「ただいまです。はぁ~!意外に疲れましたぁ.. 」

「桃ちゃん、おつかれ~。今日、使った器材はこっちで片付けるからあがっていいって。よかったね」

陽菜乃さんがニコニコしながらありがたい言葉をくれた。


「本当ですか! よかったぁ。じゃあ、お言葉に甘えます。片岡さんはどこに? 」

「ああ、片岡さんは2階にいるよ」


「桃ちゃん、乗っていきなよ。私も今帰るところだったから家まで送っていくよ? 」

「またまたラッキー♪ じゃ、お願いします」


「オーナー、帰りますね! 」


陽菜乃さんは2階に向けて叫ぶと私と店を出た。



「陽菜乃さん、あと2か月で無給労働も終わりますね。やれやれって感じですよね。陽菜乃さんは無給期間終わったらどうするんですか? どこかリゾート地とかいくんですか? 」


「ん~、私はしばらくここで働いてから、その先のことを考えようと思ってるの。桃ちゃんはどうするの? 」


「私はダイブマスターコースから流れでなったようなもんですから。その後はサークル活動の中で気ままに活動しようかなって」


「ああ、この前の萌恵ちゃんや竹内君がいるサークル? 」

「そうです。陽菜乃さんもいつか遊びに来てください」


「うん。じゃ、その時はよろしくね」



車が柿沢自動車に着くと、太郎丸の鳴き声が聞こえた。


「ありがとうございました」

「うん、じゃ、おやすみなさい」


「おやすみです。陽菜乃さん、帰り気を付けてください」


私は陽菜乃の車を見送ったあと、太郎丸にただいまの挨拶をした。


「太郎丸、ただいま。良い子にしていた? 」


ウォン! カフ! カフ! .. グゥ..


「この甘えん坊さんめ。散歩行こうね。ちょっと待っててね」



部屋に戻ると、バッグの荷物を取り出した。


「やっぱり黄金崎まで行くと疲れるなぁ.. でも今日も無事に終わってよかったよ。

タオル、タオル~♪.. スマホ、スマ.. あれ? どこだろ? ..ない! 」


(ああ、ショップのバッグから出すの忘れたんだ.. どうしようかな? 明日にしようか..

でも、財布も入ってるし.. 今、戻ればまだショップも開いているだろう )


私はステップワゴンに乗ってショップへ向かう。


*****


通りからショップのドアを確認すると明かりはまだついている。


—カラン


「すいません。財布とスマホ、忘れちゃって.. 」

「あっ! どうしたの? 桃ちゃん?? 」


「あれ? 陽菜乃さん? さっき帰ったんじゃ? 」


「どーした?? 」

奥からシャワーを浴び終わったように片岡さんが出て来た。


「あ、片岡さん、あの、ショップのカバンに私の財布とか忘れちゃって.. ご、ごめんさい」


テーブルの上には2人分の食事とお酒が並んでいた。


(あれ? .. 何? なんだろ。そっか.. 私気が付かなかった。そうだったんだ。私って.. バカだ)


私は慌ててバッグの中を探した。


「で.. 見つかったか? 」

「はい。じ、じゃ、私帰ります。すいませんでした。おやすみなさい! 」


「ぁあ、桃ちゃん.. 」


(そっか、陽菜乃さんとオーナーはそうだったんだ。はずかしい。 私、どれだけおじゃまむしだったんだろ。 今まで全然気が付かなかったよ。 そっか.. あのときも.. あのときも.. 私どれだけ気が利かない奴って思われていたんだろう、ずっと、ずっとそう思われてたんだ.. )



私は車を走らせ飛び込むように部屋に戻った。


思い返せば思い返すほど鈍感な自分に恥ずかしさがこみ上げる。


そうだった。

陽菜乃さんの口から12カ月無給の話なんか聞いたことなかった。

勝手に私がそう思い込んでいただけだったんだ。

陽菜乃さんはいつも否定しないでニコニコしているだけだったから.. 私が勝手に思い込んで.. そして気が付かなかった。


「最悪だ.. 今度どんな顔して会ったらいいのだろう.. 」


♪~

(メール?! もしかして陽菜乃さんかな? )


『こんばんは、今日は海、楽しかったです。また違うところでご一緒したいですね』


(あ、昼の.. 体験の徳永さんか。一応メール返しておこう.. )


『楽しんでもらえてとてもうれしいです。また潜りに来てくださいね』


『なんか営業トークだなぁ? 俺と君の仲なのに 』


「 ..このパターンって ..もう.. なんか最悪.. 」


『この度は誠にありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております』


『今度、新宿に行くから飲みに行こうよ。いい店知ってるよ! 』


電源off



****


翌朝、スマホの電源を付けると徳永さんのメールが4件入っていた。


そして萌恵ちゃんからのメールが1件。


『桃さん! パスポートを用意してください! 行きますよ、海外へ!! 』

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