神子元リベンジ③『ハンマーヘッド』
『はいっ、次! 』『はいっ、次! 』
狭い船からロクハン戦士たちが次々と海に落とされていく。
そんな様子をみて『なんかこわい~』とすがりつく萌恵ちゃん。
そう、確かに初めて見ると怖い。
私もそうだったもの。
「大丈夫。私一番後ろからいつでも萌恵ちゃんを見ているから! 」
「桃さぁん」
明里さんではないが、萌恵ちゃんをギューッとしたくなるほど可愛く見えた。
そして私たちのグループだ。
前にいる萌恵ちゃんが飛び降り! 私が飛び降りた。
そして間髪入れずにすぐに潜降した。
—5m....
—8m....
—9m....
....何てことはない普通の流れだ。
そう思う自分にハッとする。
前回があまりにも凄まじい流れだったのでいささか麻痺しているようだ。
一気に15mまで水深を下げ、地形に沿ってドリフトを始める。
流れに乗れば、ハンマーヘッドの影を追うだけだ。
どこで遭遇するかわからないハンマーの群れ。
遠くの青の中にいる幻想を追うようなダイビングだ。
——ジリン ジリン
遠くのどこかでガイドのベルの音がした。
これはどこかのグループがハンマーに遭遇した証だ!
先に潜ったグループか? 後ろのグループか?
先に見える平らな岩場を片岡さんが指さす。
ブリーフィングの時に言っていた『岩待ち』をするつもりだ。
そして岩に近づくと両手でしっかりとつかまる。
萌恵ちゃんがつかみ損ねそうになるがBCDを掴んでサポートした。
それぞれ事前に用意しているカレントフックを引っ掛け、私たちはまるで空に舞い上がる凧のようになる。
なんか、これだけでアトラクションみたいで楽しい。
時折、ギューンと流れが顔に当たり、とっさにマスクを手で押さえる。
どれほど待ったであろうか?
——ジリン ジリン
片岡さんのベルが鳴る。
周りを探す萌恵ちゃんの肩をたたいて、私は斜め上を指さした。
少し遠いけど確かにトンカチの形をしたハンマーの群れが、そう50匹はいる群れが悠々と光の中から姿を現した。
後ろから手慣れたダイバーグループが追いかけている。
すると一番後方の1匹が群れから離れ、ダイバーグループの方に向かって泳いでいく。
その個体はダイバーをひと睨みすると、再び群れの中へと戻っていった。
おそらくあれは『しんがり』だ。
『これ以上追ってきたら攻撃するぞ! 』
あのハンマーヘッドシャークはそう言っていたのだ。
私はこの雄大な海の中、自分たちの社会性やルールがある事を指し示すハンマーヘッドシャークの姿に、柄も知れぬ感動を覚えた。
海に漂う光のカーテンを眺めながら少しずつ水深を上げていく。
そして、にじむような光に混じりながら、3分間の安全停止をする。
「白井さん! やりましたね! 」
私はまずこの機会を作ってくれた白井さんに声をかけた。
「やったね! 柿沢さん。リベンジ果たしたね! 」
白井さんの突き出す拳に拳を合わせた。
『あれが.. ハンマー.... 』
そんなふわふわした言葉を言った後、我に返り『すごかった! ドリフトって楽しいね! 』と、はしゃぎ回る萌恵ちゃん。
何より片岡さんは満足そうな顔をしていた。
「サポートありがとう。ごくろうさん」
こんな言葉をもらったのは初めてかもしれない。
やった!
私は神子元でリベンジを果たしたんだ!!
=====
新宿でみんなを送り出しショップに向かう車の中。
「タロちゃん、来週さ、体験ダイビングに行ってくれない? お客さんは1名なんだけどさ。帰りはゆっくり過ごして、余った時間で海鮮料理店とかでご飯食べてきなよ。領収書持って来ていいから」
ほう、お昼ごはんを領収書なんて珍しい。
『(ラッキー♪ 高いの食べちゃおうっと!)』
その時、これらは私へのささやかな労いの気持ちだと思っていた。
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