僅かな平穏

「僕、は……」


 少しずつ覚醒していく意識の中で、直前までの記憶を整理しようとして、上手く出来なかった。確か勇者キルアと対峙して、キルアが邪神の呪いに侵されて……それから、どうなったんだったか。確か自分は、死んだんじゃなかったか。

 そんなことを考えながら目を開くと、赤い髪が風になびいて揺れているのが見えた。頭の裏に、柔らかい感覚があった。


 僕は思わず跳び起きた。


「あ、起きたのね。気分はどう?」

「え、え? あ、いや……えっと」


 そこにいたのは、炎の勇者キルアさんだった。真っ赤な髪と真っ赤な瞳。性格も僕とは似ても似つかないほどに明るくて情熱的な人だったはずだ。真っ赤な髪は二つに結ばれていたはずだけれど、戦闘の最中に解けたのか今は真っ直ぐとおろしていた。

 

 これは、どう答えるのが正解なのだろうか。膝枕、なんてものをしてもらったのは生まれてこの方初めてだ。お礼を言うべきだろうか、感想を言うべきだろうか……。


「寝心地良かった、です?」

「っ、ぅっー!? だ、誰が感想言えって言ったのよ! ただその、傷は治っているようだけど、具合の所はないかって!」

「へ? あ、ああごごごごめんなさい!」


 キルアさんが頬を真っ赤にして声を荒げるので、咄嗟に謝ってしまった。確かに気分はどうと聞かれたら素直に気分を答えるべきだったのかもしれない。


「ま、まあ、それなら、それでよかったけど……」

「え? 何か言いましたか?」

「五月蠅いわね!」

「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさい!」


 や、やっぱり僕に女の人の相手なんてまだまだ無理な話だったのだ。


「そ、それは良いとして……元気なら、ミシアの面倒を見てくれない?」

「僕に対人はやっぱり……へ? ミシアさん?」

「そう。傷が酷いみたいだから……ほら、あそこ」


 ミシアさんといえば、リウスさんが相手をしていたはずだ。


 キルアさんが指差した先にはリウスが悠然とミシアさんを見下ろしていた。ミシアさんは両膝を付き、力なく茫然としていた。気絶しているのかもしれない。


「……なら、急いだほうが良さそうですね。リウスさんが相手をした人は必ず精神に大きな傷を負うので……」

「そ、それって大丈夫なの?」

「た、たぶん、大丈夫です……」

 

 精神に覆った傷を修復する手立てはないが、ミシアさんだって勇者だ。傷とダメージを回復さえすれば自分で立ち直れる、はずだ。


「テトか。そっちの女は……もう大丈夫みたいだな」

「あ、はい。キルアさんはもう、呪いに侵されてはいませんよ。どうやらミシアさんも呪いからは解放されているようですね。少し待っていてください、すぐに治しますので」

「頼んだ」


 僕がミシアさんの治療を始めると、リウスさんは後ろを振り返る。ただの傷を治すだけなら慣れたものだったので僕もつられて振り返ると、クロ、そしてニタさんとミゲルトを担いだ双子ペアレンツの二人が向かってきていた。

 一緒にリルさん、それと見知らぬ女の人がいた。彼女もキルアさんと同じく情熱的な赤髪赤目で、煌びやかな衣装を纏っている。これまた、僕の苦手そうな人だった。


「な、何よあいつ、私を一緒じゃない。そ、それに私よりスタイル良いし……」


 キルアさんが愚痴っぽく呟くのが聞こえた。最後の方は小さく聞こえなかったけど、髪の色と瞳の色が一緒なのがそんなに気に入らないのだろうか。やっぱり女の人は良く分からない。


「テト、この人もお願い」

「はい、承りました」


 ミシアさんの治療が終わる頃、クロたちが到着して眠りに就く二人の依頼を頼んで来た。僕はすぐに治療を始めたけれど、そこで一人足りないことに気付いた。


「あれ? ヒノールさんは?」

「……彼は、自らの意志で邪神の力を手に入れ、使っていた。それだけだよ」


 クロのその一言で、場の空気が重くなるのを感じた。

 つい先程まで一緒にいたキルアさんはもちろん、それで何かを察したのだろう。見知らぬ女性も、顔を俯かせた。

 キルアさんが何か言い出そうとしたのが見えたと同時、リルさんが口を出す。


「悪を断ち、正義を全うする。我の言えたことではないが、それは正しい行いだ。そこで悪かどうかの判断を誤り、自らの情に絆された結果より多くの被害者が生まれるより、よっぽど正しい行いだ。それをやるかは自分の勝手だが、責められる言われないだろう。黒江嬢、気負う必要はないぞ」

「リル……ありがとうね」


 クロが微笑み、キルアさんも伸ばそうとしていた腕を引き留めた。


「それで、えっと。カレラさん、だよね? ヘイルたちを助けてくれて、改めてありがとうね」

「な! 別にあんたに感謝してもらういわれはないわよ!? カレラ! ありがとう!」

「なぜそこでムキになる……」


 リルさんの隣に立つ赤毛の女性を、クロはカレラと呼んだ。ヘイルさんがクロに突っかかり、スーラさんがヘイルさんを宥めるまでが一連の流れだった。


「それで、私たちはこれからどうすればいいの?」

「司殿からは、出来ることをしてくれ、と伝えて欲しいと言われている。無理だけはするな、だそうだ」

「お兄ちゃんらしいね。うん、分かった。無理はしないよ」


 クロは頷き、僕たちを見渡した。


「勇者諸君、私たちは今広がる戦禍を減らそうとここにいる。お兄ちゃんに言われた通り、各自出来ることをして欲しい。どうせこの戦い、まだまだ続きみたいだからね」


 クロがそう言って、戦場へと視線を向ける。

 僕も気付いてはいたけれど、改めて見てみると壮絶な戦いだった。


 宙を漂う猫の獣人に、クロのお兄さんたちが挑んでいた。

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