二人で一人
二人が邪神の木と相手する中、私たちの目の前には黒いものを纏った勇者ニタが、再び立っていた。その老骨は腰を曲げていたはずが、今ではピンと立って姿勢正しく、こちらを見下ろしている。
スーラはまだ寝たまま、私の両膝の上に頭を乗せている。
「余裕だな、
「見て分からないの? 瀕死だよ」
スーラは正真正銘死にかけで、私も魔力枯渇状態だ。まともに動くことなんて出来やしない。今こうやってテトと話を出来ているのだって、正直言って奇跡だ。
「ふっ、所詮はその程度というわけか。わしに歯向かった者とは思えぬか弱さじゃのう」
「馬鹿にしてければ馬鹿にしな。それでも私たちは負けを認めないよ。死ぬなら潔く、死ぬまで全力で」
「逞しいことじゃのう。若いとは、良いことじゃ。しかし残念じゃ。そなたらのような才能さえあれば、まだまだ強くなれただろうに」
「それは嬉しい言葉ね。リセリアル一の老骨」
「嫌味な口じゃのう」
「最強の特権だよ」
「最強、か。言うに事欠いてまだそんなことをほざくとはのう。どこからそんな元気が湧いて来るのか……お望み通り、一発で楽にしてやろう」
ニタがその掌を向ける。その上に茶色の紋章が浮かぶ。
後悔なんてない。
あの日、初めて家を抜け出してスーラと出会ったあの日。連れ出してと願ったあの日、それから流れた時間を、日々を。私は悔いたりなんてしない。たった一秒だって要らない時間なんてない。無駄だった時間なんてないから。
全力で突き進んできた。ずっと真っ直ぐ進んで来た。二人一緒に、手を繋いで歩いた帰り道のような心地いい夕暮れはもう見れないかもしれない。それでも最後の時まで一緒なら、私はそれでけで構わない。私たち二人とも、一人ぼっちになることが無いんなら、それだけで。
不思議と涙の一滴も流れなかった。私は自分で強気を口にしながら、ただの張ったりだと、虚勢だと思っていた。だけど私は心の底から思っていたんだ。死に恐怖なんてしていないって。
ただ一つ、それでもやはり叶うのなら、私は二人分を願いたいと思う。
「もう少しだけ、生きていたかった」
「そうか、残念だったな」
無情なかすれた声が耳に届いたと同時、魔力の膨れ上がるのを感じた。瞼は下ろした。開けばきっと、すぐに塞がれると思ったから。潰れると思ったから。最後まで、顔は綺麗なままでいたかったから。
一直線に魔力の塊が飛んできて、最初に死ぬのは私だって確信した。終わりだって確信した。最後に一度くらい、キスの一つくらい、交わしてあげればよかったかな。
後悔なんてしたくなかったから、願いに変えた。
キス、させなさい。
「ったく、箱入り娘はむっつりだな」
聞こえないはずの声が聞こえて、浮遊感に包まれた。その全身を人の温もりに包まれて、私の体を抱き上げるそれが人間だと気付いた時、自然と私の瞼は上がっていた。朝日のような眩さが広がって、そこに入ったのは苦しそうに左目を閉じながらも、それでも笑うスーラだった。
「キス、でよかったか。それくらい、後でしてやるよ」
「……馬鹿、誰があんたとって言ったのよ」
「俺で我慢しろって言ってんだ」
鼓動を加速させるような乾いた風が吹いた。
それに乗せるような爽やかなはっきりとした物言いで、スーラは想いを語った。
「俺がお前を好きだから、お前は俺で我慢しろ、ヘイル」
「もう、仕方ないわね。私、人生で一度の恋しか知れないことになるけど。あんたのためだったら、諦めてあげるわよ」
「ああ。……一緒に、生きるぞ」
スーラは私を立ち上がらせ、ニタを見据える。スーラの左手は、私の右手と絡み合ったままだった。
「ふ、ふっふっふ、面白いのう、若いもんは何が起こるか分からない。しかし、戦場で色恋ものとは。随分と、余裕のあるようで」
「余裕? あるに決まってるでしょ! 私たちはペアレンツよ! 誰にとやかく言われることも無い、
「勇者ニタ、お前の失態は俺たちをさっさと引き剥がさなかったことだ。精々、後悔しながら逝くといいい」
「……言ってくれるではないか」
ニタは両手に魔法陣を浮かべる。わなわなと肩を震わせながらそれを掲げ、叫ぶ。
「《ツイン・アクトデストロイ》」
魔法陣は振動を始めた。それが空気を伝わり、地面に伝わって大地を震わす。魔術・地Ⅹ、周囲一帯の地形をも破壊するその魔法。
それを前にしても、私たちは恐怖していなかった。
《
《
繋いだこの手に不可能なんてないから。信じることだけ忘れなければ、私たちは最強なんだ。
愛に勝る力なんて、無いのだから!
「「《マグハート・エクソシズム》ッ!」」
燃え上がる鼓動を跳ねさせて、私たちは誓いを交わす。
ニタの掲げた両手に対抗するように私たちは繋いだその手を天に掲げる。天に輝く真っ赤な魔法陣から、爆炎が放たれる。
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