氷炎
邪神の木、と言うそうだ。
司殿はそう呼んでいた。
「カレラ嬢、行くぞ」
「はい、準備は出来ています」
炎を纏った槍を構えて、カレラ嬢はそう答えた。
「先は譲ってもらうとしよう。《眷属召喚》」
三匹の銀狼を召喚し、並走する。先程試してみれば、邪神の木からの攻撃は十分防ぐことが出来ていた。このまま肉薄する。
「カレラ嬢、ついて来い」
「はい!」
我が駆け出し、カレラ嬢もそれに続く。邪神の木は我らに向けて魔法を連発するが時に躱し、司水者で水に変換し、銀狼の銀月で防ぐ。その距離は、一瞬で詰められた。
「《司水者》」
邪神の木の魔法を変換して造り出した水の槍を、邪神の木へと向ける。幹はいとも容易く水の斬撃を受け入れ、深い傷を受ける。
「カレラ嬢!」
「《槍術Ⅹ:マキシマム・エンハントスピア》!」
燃え上がった槍がさらに赤い輝きを帯び、幹の切込みに打ち付けられる。
湧き出る魔力が幹を反射して広がる。じりじりという音を立てながら、カレラ嬢は少しずつ前へと進む。
「はあああぁぁぁっ!」
邪神の木は、広がった傷を修復せんと再生を試みるも、端からカレラ嬢の炎に焼かれていく。灰となって消えていく。
「応えて、《
カレラ嬢の全身が燃え上がり、槍から溢れる炎の勢いが増す。カレラ嬢自身の頬を焼く程の熱量が邪神の木を包み込んだ。そしてどんどんとその幹を焼き、削り、そして――
カレラ嬢の槍は、邪神の木の幹を貫いた。
「やるな。流石はカレラ嬢だ」
「いえ、なんだか、手応えが……」
確かに貫き、邪神の木は二つに裂けた。しかし、カレラ嬢は納得しきれないような表情で邪神の木を眺める。我もまた、共に眺める。瞬間、邪神の木は瞬く間に裂けた個所を埋め、再生した。
「ふっ、なるほど侮れないな」
「ですね。あれでも倒し切れないなんて」
もとより再生能力が高いというのは聞いていたが、ここまでか。
「《魔術・炎鳥:
「カレラ嬢?」
カレラ嬢は槍の先端から炎を噴き出し、それを全身に纏う。炎が、勢いを増す。
「リルさん、お付き合い願えますか? 私はあれを、必ず燃やし尽くします」
「愚問だな。今更カレラ嬢と共に戦わぬ選択肢などありはしないさ。我が氷影はカレラ嬢と共にある」
「心強い限りです。……カレラ・ルーグ・オレアス。背負った紅蓮の翼の下に、彼の敵を焼き切ります」
「様になって来たではないか」
出会った当初はおどおどとしていたというのに、今では我のような魔物たちに囲まれ、邪神と名の着くような存在と相対する存在。その強さもまたそれに相応しいものを備えているのだ。やはり人間は面白い。我の予想を遥かに超えて来るのだから。
「……《司水》の名のもとに、我はそなたの対となろう。行くぞ、カレラ嬢」
「はい!」
カレラ嬢は駆け出した。我は悠然と、しかし疾風の如く速度でそれに追従する。体の周囲に水を浮かべながら駆ける我の前で、カレラ嬢はその槍を高く振り上げる。
「永劫の炎よ、燃やし尽くせ! 《槍術Ⅹ:マキシマム・エンハントスピア》ッ!」
消えぬ炎を纏い、再び槍は邪神の木を捉える。カレラ嬢渾身の突きは、その一突きで幹の内を明らかにし、半球状に抉る。木の枝の先端に至るまでを一瞬で燃え上がらせる。その隅々までが燃え、魔力で満たされる。
そして、邪神の木の中に込められた大量の魔力が、露になる。
司殿が言っていたが、邪神の木は地中や空中から魔力を吸い、自身の養分をすることでその力を発揮しているらしい。ならば、当然その体内には大量の魔力がため込まれている。司殿は頬を緩めて笑っていたが、当然我にもその笑みの意図がすぐに分かった。
魔力を操る我にとって、それは格好の餌なのだ。
「《司水者》ッ!」
人間共の常識は知らないが、我ら魔物、特に強力な個体になればなるほど名前を与えられることの意味の大きさを身を以て知っている。名前の一つ一つには能力が付き、より強く、より真っ直ぐな思いが込められるほどに強くなる。
司殿が我に与えたリル、という名は神の名が由来していると聞いた。我はあのソトというふざけた神以外の存在を信じてなどいないが、問題はそこではない。多くの人間が信じた存在を、我に重ねているのだ。その力の本質は神にも匹敵し、それを使いこなせるようになった時我は真に神となるのだ。
種族の進化というのは、まことに珍しいことではあるのだが、かな嬢や司殿を見ていると、カレラ嬢を見ているとその感覚も薄れ、我も信じるようになる。我はまだまだ、進化し、強くなることが出来るのだと。
氷影狼。氷の中に絶えぬ影を宿し続ける我は今、司水者の名のもとにこの世のすべてを凍てつかせるほどの力を、再び手に入れたのだ。
燃え上がっていた炎は青く成り、やがてより一層輝きを増す。その裏で、邪神の木の内部は凍てつき、膨れ上がる。凍り付いた木を燃やし尽くすことなど、
「はああああああああーっ!」
カレラ嬢の叫びと共に、再び大きな衝撃が走る。邪神の木は粉々になり、一片の欠片も残さず灰となって消えた。
最後に槍に纏った炎を掃い、カレラ嬢は振り返る。その顔に、満面の笑みを浮かべて。
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