二人の絆
ニタが迫り、その魔法を発動しようとした瞬間、私は全身に迸る魔力を感じた。
それまで恐怖に少しも動かなかった指先が咄嗟に動き、魔法を唱える。
「《アトモスフィアブラスト》ッ!」
残っているすべての魔力を解き放ち、目の前のニタへと放った。その体は容赦ない空気の膨張に突き飛ばされ、多くく後退していった。
私はその軌跡を追うこともほどほどに、スーラの居るはずの方角へと目を向けた。
そこには、今まさに真っ黒な巨木の放つ魔法に襲われようとしている、スーラの姿があった。
(なんで私を庇ったの!?)
(……)
(聞こえてるんでしょ!? 応えてよ!)
念話で訴えかけようとも、スーラは応えなかった。それはもう、覚悟しているからだ。
自分自身の命よりも、私を守ろうとした。自分を犠牲にして私を救った。それだけの、とても簡単なこと。自分よりも誰かを優先するって言う、決して簡単ではないこと。
咄嗟に駆け出そうとして、全身に鈍痛が伝播する。魔力がすっからかんなうえ、念話を使った代償、魔力枯渇による激痛は、立ち上がろうとした私の手と足を滑らせ、その場に転ばせる。杖を突くことすら出来なくて、勢い良く顎を打った。反発で跳ねた顔が、一瞬閉じた瞳が、スーラが魔法によって吹き飛ばされるその瞬間を捉え――
「《銀月》」
声が聞こえた。
それは野太く、それでいて獣のような声だった。
「大丈夫ですか!?」
続いて聞こえてきたのは若い女の声。たぶん、私と同年代くらいのこの声だ。張りがあって、凛としている。
そんな声に驚いて、付近でいるスーラの姿が、そうなるのが当然だと思っていた目の前の景色が想像と違っていることに気付くのに、少し時間がかかってしまった。
突如としてスーラの背後に現れた銀色の衣を持つ狼は、その衣を煌々と輝かせ巨木の魔法を掻き消した。いや、厳密に言えば反射したのだろうか。しかし巨木の緻密な制御を受けた魔法をそのまま返せるほどの技量は無かったのだろう。魔力は霧散し、宙に帰った。
「リルさん! 次、来ます!」
「分かっている! 《司水者》」
巨木は連続して魔法を放つ。しかしその魔法は、途中で水へと変わった。その水は一直線に巨木へと向かい、その幹に突き刺さって穴をあけた。
水が貫通し、開いた穴はしかしすぐに修復された。
「チッ、アンデッドのような生命力だな。おい、双子の勇者、生きているか?」
「……へ? い、生きて……って、魔獣!? 」
声が近くなり、ぼーっとしていた意識を何とか引き戻して振り返れば、そこには深い色の衣を持った狼がいた。先程スーラのそばに現れた狼に似ているが、こちらの方が圧倒的に強い。纏っているオーラが違い過ぎる。
「って、よく見たら司のペットか」
「誰がペットだ、口を慎め勇者風情が」
何とも口の悪い使い魔だ。
「こちらの方は大丈夫そうです! そっちの方は!?」
続いて視界に入ったのは、スーラの体を背負いながら走って来る、真っ赤な髪の女の子だった。
華やかな鎧に身を包み、長柄を装備したこの人もまた、強者のオーラを発していた。というか、あの狼を凌駕するような魔力を持っているんだけど、一体どうなってるの? だって、あの狼より強いってなると、私と同等、ううん、悔しいけどあの子の方が、ずっと力を持っているように見える。
赤髪の女の子は私の近くまで来ると、意識の薄れている様子のスーラを私の隣に降ろすと、真剣な表情を浮かべてこちらを向いた。
「え、えっと……」
「私はヘイル。こっちはスーラ、あなたは?」
「ありがとうございます。私はカレラ。こちらの方は、リルさんです」
「ええ、一応知っているわ」
「律儀に名乗ってやる必要も無かろうに……カレラ嬢、あまり悠長している暇はないぞ」
にこやかに微笑んだ、カレラ。
そんな彼女に乱雑な口調で言う狼、リルは漆黒の巨木を見据えた。
「そ、そうなの! あいつは魔力を吸っている! このままだと、どんな力を持ってしまうか分からない! 一刻も早く倒さないと!」
「だ、そうです。リルさん、お付き合い願えますか?」
「馬鹿を言え、我はそのために来たのだ。むしろ、カレラ嬢を巻き込むまでも無いと思っているが、どうだ?」
リルは、狼のくせして器用に挑発的な笑みを浮かべるのだが、カレラは対照的に挑戦的な笑みを浮かべた。
「そっくりそのまま、馬鹿を言わないでください。私はもう、リルさんと戦うと決めているんです。リルさんの敵は私の敵。リルさんが命を懸けるのなら、私も同じ分だけ、懸けましょう」
「言うようになったな」
「おかげさまで、ね」
魔獣と人間、本来相容れないコンビのはずだ。
それなのになんだろう。この、お互いを信頼し合っていなければ出来ない表情は。まるで私とスーラのような、そんな絆を一人と一匹、いや、二人から感じた。
「カレラ嬢、行くぞ」
「はい、準備は出来ています」
スーラの頭を、畳んだ両膝に乗せながら私は、漆黒の巨木へと向き直った二人の背中を見上げた。
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