双子の誕生

 ヘイルの前に立っているニタの周りには、邪神の木を覆うような漆黒が霧となって纏っていた。

 どうやら、ニタの邪神に操られていないという発言はやはり嘘、もしくは思い込みだったようだ。


 ニタは魔法を構えながらヘイルににじり寄り、その杖をヘイルへと向けた。

 ヘイルはと言えば立ち上がることもままならず、憎めしそうにニタを睨んでいた。それもそのはずだ。だって今、ヘイルのステータスは俺がほとんど借り受けている。ニタに対抗できるはずはない。


 しかし、俺が直接向かうことも、間に合わない。ニタは既に攻撃姿勢に入っている。それどころか魔法は放たれる寸前だった。

 そしてそれとほぼ同時、俺は邪神の木から攻撃を受けようとしていた。すぐ俺の目の前に、魔法の輝きが見えたのだ。


 状況を俯瞰的に把握するのなら、俺とヘイルは同時に境地に立たされている。そしてどちらか片方しか生き残ることは出来ない。今からヘイルがニタの魔法を凌ぐためには、防ぐほかないだろう。しかし、俺の持つ残り魔力はニタの魔法に対抗できるギリギリしか残っていない、と思われる。

 ニタの魔法だって邪神の力で強化されているはずだ。生半可な魔力では防ぎきることなど敵いはしない。同時に、俺が邪神の木の攻撃を躱すためには肉体変革を維持する必要があるが、それにも魔力が必要だ。ヘイルに魔力を渡した場合、そんな魔力は残せない。


 選択は二つに一つ。俺が犠牲になるか、ヘイルを見捨てるか。悩むことなど一瞬たりとも無かった。


双子ペアレンツは、犠牲を払ってやっと、一人前になる――」


 ――

 ――――

 ――――――


 俺はごくごく普通の農民だった。リセリアルの辺境で育った、一般的な農民。特に優れた力があるわけでも、特別な才能があるわけでもなかった。

 そんな俺でも家族の為に、と両親の畑仕事を手伝って日々を過ごしていた。


 そんなある日、近くにあった空き家にとある家族が越してきた。そこは元々どこかの貴族の別荘だったという。そんなところに越してくるのだから、決して普通の家族ではないのだろう。

 俺たち家族や周囲の農民たちは、決して穏やかではない感情でその家族を迎えた。


 その家族が越して来てから、一か月がたった頃。俺は見覚えのない少女が畑の中で蹲っているのを見つけた。


「おい、どうした。見ない顔だけど、もしかして、屋敷残してきたやつか?」

「ふぇ?」


 俺の声を聞いてか顔を上げたのは、俺と同年代程度の少女。その両目の縁に涙を浮かべて、頼りの無い顔つきをしていた。


「う、うん、あなたは?」

「そこの家の息子だよ」

「お名前」

「は?」

「お名前、教えて。私はヘイル」

「スーラだけど……で、何があったんだ? こんなところで――」


 何で泣いて、と聞こうとして、止めた。高貴な人間にあんまり無礼を働くと、良くないと思ったから。


「う、ううん、なんでもないの。ちょっとお母様と、喧嘩しちゃっただけだから」

「喧嘩? 貴族でも、喧嘩するのか?」

「貴族? ううん、私そんなんじゃないよ。貴族は、私たちの主様」

「そうなのか?」

「うん……」


 寂しそうに俯いて、心細そうに服の裾を握っていた。その服装も、髪形も、確かに俺たちと比べれば綺麗ではあるのだけれど、俺が想像していたような華やかさは無かったかもしれない。もちろん、本物の貴族なんて見たことが無かったから、それだけでは分からなかったけど。


「まったく、しょうがないな。どうしたいんだ。帰りたいのか? 帰りたくないのか?」

「へ? か、帰りたい! 帰って、仲直りしたい!」

「なら、一緒に行ってやる。一緒に御免なさいって言ってやるから。ほら、行こうぜ」


 俺が差し伸べた手を、少女は驚きの眼差しで釘付けにした。キラキラを瞳を輝かせ、何か宝石でも眺めるみたいに、まじまじと見つめた。


「な、なんだよ。行かないのか?」

「……はっ! い、行くよ!」


 少女が俺の手を取って、暖かくて柔らかい感触が伝わって来た瞬間、全身を熱っぽさが駆け巡る。一瞬、自分は知りもしない少女の手を握っただけでここまで照れるほどに初心だったのかと自分を嘆いたが、それが違うようだった。


「あ、あれ? なんだか、体がポカポカする……」

「お前もか? 俺も」

「むっ、お前じゃない! ヘイル! ヘイルっ呼んで! 分かった? スーラ」

「お、おう……ヘイル」


 それを聞いて、ヘイルは嬉しそうにはにかんだ。

 思えば、その時には始まっていたのだろう。


 その後一緒に館に向かい、ヘイルの母親に事情を説明した。その翌日から、俺はヘイルに懐かれたのか何日かに一度、ヘイルが遊びに来るようになった。日に日に日数が増え、時間が増え、俺たちは兄弟のように一緒に時間を過ごすようになっていた。

 そしていつしか気づくのだ。一緒にいると、力が出せるって。


「見てて! スーラが一緒なら、出来る気がするんだ! いつもはすぐ、頭がくらくらしちゃうけど。だから、手、握ってて」

「……おう、見せてみろ」


 木の枝を握ったヘイルに差し伸べられた手を握ると、ヘイルは力いっぱいに握り返してきた。


「ほら、行くよ!」


 そして、楽し気に魔法を唱えた。


 真っ赤な炎が空へと打ちあがった。

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