邪神の木

 魔力の塊、邪神の木。仮にそう呼ぶことに決めた漆黒の巨木は、悠々と空に枝を伸ばしていた。


 俺はヘイルから借り受けたステータスを頼りに加速し、邪神の木の攻撃を躱す。

 一度、二度と躱すもののその衝撃のすべてから逃れることは出来ないでいた。避ける度、当たっていないはずなのに少なくないダメージが体を襲った。しかし、構っている暇などない。致命傷になるほどのダメージではないのだ。

 食らったら即死の攻撃を、そのすべてを躱せるというのならこのくらい安いものだ。


 邪神の木に肉薄する。

 握る剣に、渾身の力を籠めて振るう。


「《属性剣術:炎》ッ!」



 邪神の木は動くことが出来ず、当然のように剣はその木に振りかざされる。炎を纏った剣を受けた木の皮は漆黒とは違った黒が見え、焦げ始める。剣を押し付ける時間が増えれば触れるほど、邪神の木に入る切込みは深く、広くなっていく。


 邪神の木は大量の魔力を有している。それだけの魔力を持っていながら攻撃性能だけに特化しているとも考えにくい。無論、移動などできず、今まで一つの魔法しか使って見せなかったものの、それだけしか持たない生物が邪神の加護の下生まれるわけがない。

 俺の中に在った二つの可能性の内、一つ目がつぶれた今、恐らくこいつは二つ目の可能性の方を有しているのだろう。


 となれば、このまま押し切る。


「《クワトロ・エクスプロージョン》ッ!」


 俺は魔法が得意ではない。というよりは、俺単体は魔法を使う権利すら有してはいなかった。しかし、ヘイルとステータスを共有し、借り受けたスキルで魔法を使おうとしたその時、問題なく魔法を使えるようになった。

 逆に、剣術など扱えなかったヘイルも俺のスキルを使ったことで使えるようになっていた。俺たち双子ペアレンツの強みの一つは、互いの能力を完全にコピーし合えることだ。


 四つの魔法陣を描きながら、俺は木の枝を握って自身の体を持ち上げて宙に浮かぶ。直後、先程まで開いていた傷口に向かって極大の炎の塊がぶつかり、爆ぜる。木片が飛び散る中、すかさず剣を握り直して振るう。


「《属性剣術・水》ッ!」


 高温に熱せられた物質を、一気に冷ますことで物質の耐久性が急激に低下する現象に、名前を付けるとしたら俺たちなのではないだろうか。

 いつだったかヘイルが見つけたその現象を、俺たちはよく活用していた。


 ヘイルは普段から自身の覚えた魔法を端から試し、その度特性を体に刻んだ。それらを組み合わせた戦い方が、ヘイルの唯一無二の強み。その強みを、双子ペアレンツの俺なら同等にまで扱える。


 青く発行していた邪神の木の幹は、既に大きく抉れていた。そこに零度に近い水を帯びた剣を勢いよく振るえば、土でも切っているかのように、剣は奥まで突き刺さった。


「ッチ、これでもダメか!」


 しかし、その剣は邪神の木を切り裂くまでは至らない。その幹の半ばまでは削ったが、それだけだ。諦めきれない気持ちがあり、しかし、これ以上ダメージを与えることは難しいと分かっている。

 一瞬の逡巡の後、さっきを感じて身を躱す。


 直後、俺がいたはずの場所で邪神の木お得意の攻撃が爆ぜた。自分の体を犠牲にしてでも俺を倒そうとしたらしい。その自爆は先程の俺の攻撃よりも大きな損害を邪神の木に与えたが、俺が再び動き出すよりも早く、俺が与えたものも含め、邪神の木に出来ていたすべての傷が癒えた。


 切り裂かれた断面から漆黒の枝が伸び、絡み合い、抉られた部分のすべてを埋め尽くし、元通りとなったのだ。


「予想通り、というわけだ。何も嬉しくはないがな」


 俺が考えてた可能性の二つ目は、その修復能力が途轍もない、というものだ。予想はしていたが改めて目の当たりにすると絶望以外の二文字が浮かんでこない。

 俺の魔力も、先程の一連の攻撃で六割方消し飛んでいる。


「……やるしかないか」


 保身を重視するなら逃げるのが一番だ。しかし、先程自分で言ったばかりだ。こいつをこれ以上、放置してはいられない。もしかすれば今の一撃が幸いして多少時間を稼げたかもしれない。しかしやはり、それでも不安要素ばかりだ。

 楽観視はしていられない。


 この世界そのものの魔力を吸い上げるこいつは、邪神をも越えかねない。


 例え刺し違えてでも、今こいつを滅ぼさなければならない。


 双子ペアレンツでなくなったヘイルの力は半減するかもしれない。しかし、それでも十二分に強く、逞しい。それに今は俺がいなくとも信頼できる、とは違いのかもしれないが見知った仲の者が大勢いる。

 あいつが俺に拘る理由も、もうない。


「きゃーっ!?」

「なんだ!?」


 絶叫が響く。

 と同時、邪神の木が俺に攻撃を放つ。悲鳴の出所を探る暇も与えられず、俺はイラつきを覚えながら邪神の木から距離をとる。

 俺が今更聞き間違うわけはない。今の悲鳴は、ヘイルの声だ。


 すぐに視線を巡らせ、場所を特定する。見つけた場所で、ヘイルは尻餅をついたままそいつを見上げていた。


 そいつと言うのは、黒い何かを纏ったニタだった。そいつはその頭上に魔法陣を浮かべながら、ヘイルへとにじり寄っていた。

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