木陰に隠れて
黒い何かがミゲルトの体がから溢れ出し、ミゲルトの体を包み込む。
「あれが邪神の呪い? ふぅん、面白そうだね」
「言ってる場合か。ああなってしまえば、恐らくは邪神に意識を奪われ操られるだけになる。暴走時、無差別に攻撃してくるだろうな」
「それならそれで助かるよ。頭使ってくる敵の方が厄介だからね」
私たちは元々魔物とかの相手を専門にやってきているからね。人間を相手にするよりは、理性を失った化け物の方が相手にしやすいってものだよ。
私は何が起こってもすぐに行動できるように杖を構え、スーラに目配せする。スーラもする負い目付きでミゲルトの様を見守った。
「#$”%#”&”&#$&#$”&”」
すでに叫ぶ悲鳴の内容は識別不可能。雑音塗れの絶叫と同時に全身から溢れ出す黒色は木々のように枝分かれし、ねじ曲がり、折れ曲がって絡まり合う。歪に絡まり合って、その端々に鋭く、先の尖った葉を生やした。
ミゲルトの体は幹に覆われ、それは漆黒の樹木と化した。
「ちょ、ちょっと、あれじゃあ魔物じゃなくて植物じゃん!」
「あれは、どうなっているんだ? 黒い木? 一体なにが起こって――」
スーラが疑問を口にした直後、辻風が吹き荒れた。スーラは咄嗟に私を抱えて後退する。
「きゅ、急に何!? 今のあの木?」
「っぽいな。なるほど、少しずつ見えて来たぞ」
急に掴まれたことも少し驚いたけど、それ以上にさっきの木が使った魔法の方が気になる。魔法陣は確かに出てたけど、出てから発動までが早すぎるし、魔法陣の一と魔法の発動位置が遠すぎる。風速を優に超える速度で迫ってきている?
だとしたら、私が目で捉えることは難しい。
「スーラごめん、これ私無理かも」
「分かっている。ずっと防御魔法でも張って置け」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
あの魔力、魔法制度。確かにミゲルトも卓越したものを持っていたけど、それとは比べ物位ならない。というか、あんな強力な魔法私の全力と遜色ないとさえいえる。
私のは威力と範囲に重点を置いた魔法だった。だけど、あの木が使っているのは速度と精度に重点を置いた魔法。私の予想だと、あれに必要な魔力は私の《マグヒート・エクソシズム》に匹敵する。
あれは私とスーラが全力の魔力を絞り出して、やっと成功した魔法。それと同等の魔法をああも簡単に使って見せたあの木。魔力が、その一撃で無くなったとは思えない。
無論、ミゲルトが私たち二人を合わせた以上の魔力を保有していたわけがない。邪神の力の一端なのだろうけど、それにしたっておかしい。邪神だって、この前戦ったやつならそんな魔力が潤沢にあるわけではなさそうだった。
ましてはミゲルトが持っているのはその一端でしかないはずだ。なら、どうしてあんなに余裕そうなのか。
「あいつ、世界から魔力を吸ってるわよ」
「……なに?」
「あいつが木の形をしてるのは想像が形になったからなのよ。枝の端々から、たぶん地中に張り巡らされた根っこの先に至るまで、その全身で魔力を吸い上げてる。あいつの魔力は無尽蔵、魔力が残り少ない私じゃどう足掻いたって防ぎきれない」
木は動きを見せない。根を張り、動けないからだろうか。後は射程。あれだけの精度と速度だ。そこまでの射程は無いと考えてもいいのかもしれない。
「スーラ、あの魔法どれくらい躱せる?」
「見てからでも躱せたが、少しでも意識を逸らしたら難しいだろうな。この距離ならば反撃は無いようだが……」
「私の魔法はどうせ撃ち落とされるよ。肉体変革に魔力残しておきたいし、無暗に魔法は使えない」
「となると、ニタだが……おい待て、あいつはどこに行った」
「どこでもいいでしょ? どうせこの状況じゃいようといまいと戦力にならないし」
ニタの魔法だって、もしかしたら打ち消されないかもしれないけど深くまで値を張っているであろうあの巨木をくずようなことは、ニタには難しいはずだ。それにニタの土を揺らす魔法は射程があまり長くないはずだ。
あの木の射程の外側から有効打のある攻撃できないんじゃ、いてもいなくても誤差でしかない。
「いや、そもそもいついなくなったんだ。もしミゲルトが理性を無くした怪物として暴走しているのだとしたら、ニタはあの木の魔法で殺されたのか?」
「ん? それは無いでしょ。あの魔法、死体も残さない程の威力は無かったよ。まともに食らったら一撃で死んでもおかしくは無いと思うけど。見たところ死体は見えないよ」
「じゃあ逃げたのか?」
「ニタの魔力は覚えてるけど、使った痕跡はないかな。走って逃げるなんてあの体じゃ無理だろうし……でも、なんでそんなに気にするの? ニタが敵じゃないならどこにいても」
「そこに疑問を覚えてるんだよ」
「どういうこと?」
スーラは冷や汗を流しながら言う。
「よくよく考えてみれば邪神の洗脳は意識を操る類じゃなくて思考の誘導だったはずだ。それじゃあ、自覚が無くたって可笑しくないだろ? あの言葉に嘘は無かったが、それが真実だとは限らないって話だよ」
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