勇者ミゲルト
「ニ、ニタ爺? そこにいるの?」
「大丈夫か! ミゲルト、しっかりするのだ!」
「ぼ、僕は大丈夫だよ……」
くらくらとする視界にニタ爺が覗き込んできて、僕は体を起こす。
だ、駄目だ。ニタ爺にあんまり心配させちゃいけない。ニタ爺は年だし、僕が頑張らないと。
「ニタ爺こそ大丈夫なの? さっき、あの剣士に攻撃されてたけど」
「ふぉっふぉっふぉ、あのような小童に後れを取るほど、私も年老いてはおらなんだ。……ミゲルトよ、まだ立てるか?」
「もちろんだよ! あの二人は、僕が絶対に更生させてあげるから!」
「頼もしい限りじゃ」
ニタ爺が微笑んで、僕も笑みを返した。
立ち上がり、元気な姿をニタ爺に見せてからヘイルたちの方を見る。
油断する様子もなく、遠巻きに警戒している二人を見据える。さっきは不意打ちされたけど、今度はそうはいかない。
「不意打ちなんて卑怯な真似して、それでも勇者!?」
「不意打ちって……ああいうのは駆け引きって言うのよ、お子様ね」
「だ、誰が!」
お、おっと、熱くなっちゃだめだ。相手の言葉に惑わされてたら、確かに僕は子どものままだ。
「そ、そんな言葉で動揺する僕じゃないからね。さあ、ここからは僕も本気を出すからね! もしかしたら死んじゃうかもしれないから、覚悟だけはしておくんだね!」
「へえ、それは楽しみね。ね、スーラ」
「だな。是非とも実力のほどを見せてもらいたいものだ」
「な、舐めやがって! 《エアリアルブラスト》ッ!」
思わずかっとなって両手に魔力を集め、力任せにそれを放つと、ヘイルは余裕の顔でそれを防いだ。
「いやいや、いまさらそんなのが本気なんて言わないよね?」
「と、当然だろ! 小手調べってやつだ!」
お、落ち着け。落ち着くんだ。あいつは強い。それを認めて、その上で上回らなければいけない。
「ミゲルトよ、落ち着くのだ。わしに合わせて攻撃するのだ」
「わ、分かったよニタ爺! さあ、何時でも準備はできてるよ!」
「うむ、《アースクエイク》」
ニタ爺が厳格に言うと、周囲の地面が揺れ始めた。足場の安定を失ったヘイルたちがふらつくのを見て、すかさず攻撃する。
「《アトモスフィアバースト》ッ!」
「っ、《スクリューリフレクト》!」
僕の放った風はヘイルの発動した水の壁によって方向を逸らされ、ヘイルの体を更に大きくよろめかせるだけに留まった。そして、スーラはまたどこかに姿を消している。
あいつ、速さだけが取り柄なんだろうけどそれにしたって小癪すぎる。何度もニタ爺に攻撃を防がれているくせにどうして止めないんだ。芸が一つしかないなんて、本当に最強の勇者なの?
またどうせ、ニタ爺に防がれて攻撃なんて――
「俺の攻撃が何時まで経っても通らないとでも思っているのか?」
「っ!?」
背筋が凍るような感覚が走り、慌てて身を翻して両手を突き出す。
「《エアリアーー」
「遅すぎるな」
一閃が瞬き、次の瞬間にはスーラの姿が消えていた。
一体どういうこと? ニタ爺が見逃した? いや、いやいやいや。そんなことあるわけがない。誰よりも長い木で、誰よりも賢いニタ爺が出し抜かれるなんてありえない。
それに僕は天才勇者だよ? 例えニタ爺が耄碌したってちょっと名前が売れてるだけの勇者に負けるなんて、そんなわけ……
そこまで思考する余裕が残っていたことは、もしかしたら僕にとっての幸運だったのかもしれない。
両手の感覚が一瞬で消え去り、幼少に出した高熱のような熱さが走り、続けて凍えるような冷たさが包んで来た。
僕の両腕は腕より下が無くなっていた。
「う、うわあああっぁぁぁーっ!? ど、どうなってるの!? 僕の、僕の腕が! 腕が!」
不思議と血は流れていなかった。それどころか痛みは無かったように思う。ただそれ以上に、そこにあるはずの物がないという事実が僕の脳を興奮させ、動揺させて思考を混乱させる。
現実が現実じゃなくなるような感覚が、僕の意識を現実から遠ざけた。
「うああああああああああああ#$#%#”%#!#!%%!#%!”#%ーーーーーッッッッッ!?」
突如、自分の物ではない絶叫が周囲に響いた。視界が歪みだし、全身の感覚が冷たく、そして重たくなっていく。体の内側は燃えるように熱くなって、外側を焼いて行くようにその熱が溢れ出していく。かすかに見えた視界の中で、切り落とされた腕の先から黒色の触手のようなものが騒めきだしているのが映った。
そして、僕の意識は遠のいた。
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