勇者の務め

 スーラがドームの中に閉じ込められた。それはニタの作戦だったのかもしれないし、苦し紛れの抵抗だったのかもしれない。けれど、中の様子を伺うことが出来ない私にとってそれはどちらにしても不安の種になるしかなかった。


「ニ、ニタ爺!? 大丈夫なの、ニタ爺! 返事をしてよ!」


 あっちのお子様、ミゲルトが慌てふためているおかげで私はそれを表に出さないでいられているけれど。


「よそ見なんてしてる暇、あるのかしら!?」

「じゃ、邪魔するんじゃない! ニタ爺が!」


 半球状に盛り上がった土壁の方を伺いながらも、私の魔法の雨を防ぐべく同じく魔法を連発するミゲルトの表情には怒りと言うよりは焦りや不安の方が強く表れていた。


「へぇ、相当ニタのことが好きみたいだね」

「そ、そりゃあそうだろ! だって僕がここまで強くなれたのはニタ爺のおかげだし……って、そんな話で惑わされないぞ! お前ひとりじゃ僕に勝てないってこと、教えてやるんだから!」

「出来るものなら、やってみてよ!」

「《ハリケーンオブクリップル》ッ!」

「《マテリアルインパクト》ッ!」


 魔法が輝き、ぶつかり、弾け合う。互いに相殺する魔力の塊の振動が周囲に響き、音が重なり合う。

 まるで何千人もの戦士たちがひしめく乱戦の最中のような騒然たる光景を、騒音を私たちはたった二人で作り上げていた。


「どうして僕の魔法が届かないんだ!」

「そりゃあ、あんたの魔法が私には勝てないからでしょ!」

「お、お前だって僕の魔法には勝てないくせに!」

「そうね、確かに状況は拮抗している。あなたの魔法の実力は認める」


 私のそんな言葉を諦めとでも受け取ったのかミゲルト一瞬嬉しそうに笑みを浮かべたが、もちろんそんなわけはない。


「だけどね! 実戦経験の質も量も、違い過ぎるのよ! 《アースディスラプション》ッ!」

「えっ!? な、なにっ!?」


 地面が複雑に盛り上がり、ヘドロになったようにドロドロと動き出す。波打つ地面に驚き、一瞬注意を私から逸らしたミゲルトへ私は全力の一撃を放つ。


「《’クワトロ・エクスプロージョン》!」

「なっ!? ひ、卑怯だぞ、うわあああーっ!?」


 ニタがいたから土魔法は使えないでいたけど、さっきからニタからの妨害が無かったので試してみたけど、上手くいったようだ。


 咄嗟のことながらも私の魔法を防御したミゲルトは、しかし勢いを逃がし切れずに爆風をもろに食らい大きく後ろに吹き飛んだ。

 小さな子どもが吹き飛ばされる様は見ていて面白いものじゃないけど、ミゲルトだって勇者だ。ステータスも高いからあれくらいのことで死んだりはしない。それどころか傷一つ負っていなくても不思議は無いくらいだ。


「この隙にスーラを――」


 と未だ崩れることのない半球状の土壁へと向かおうとして、その瞬間土の壁が砕け散った。

 タイミングの良さに狙ったのかと思えたほどで、飛び散った粉塵の中に見えた二つの人影を必死に追いながらもその違和感に小首を傾げる。


「スーラ!」


 膠着していた二つの影の内、最初に動いたのは細身な方だった。

 一気に距離をとり数度のバックステップを挟んで私の下まで戻って来た。


「ヘイル、無事か?」

「私は問題ないよ。そっちこそ大丈夫? 中で何があったの?」

「特に何もなかったさ。少々、話し込んでいただけだ」

「話し? ……ちょっと待って、念話を繋ぐから」


 あんな密閉空間の中、敵味方で会話をするのならそこにあるのは大切な話だけだ、と思っている。最近だと司との会話もそんな感じだったしね。


(それで? どんな会話?)

(ニタが言うには、勇者たちは邪神教の連中によって洗脳されているらしいな。そして、ニタ自身は持ち前の魔力抵抗でそれを防いだらしい。ミゲルトの奴を解放したいから手を貸してくれだとさ)

(……ちょっと信用するのは難しいけど、スーラはどう思う?)

(嘘はついていないように見えた。ここはひとつ、俺の勘を信じてみてはくれないか?)

(スーラがそこまで言うなんて珍しいね?)

(ここ最近、あまりに刺激的な日々だったからな。俺も少しは変わるものさ)


 そういうものなのかな?

 まあ確かに驚きばかりの日々だったとは思う。司と出会い、黒江と知り合って獣王のもとを訪れ、こんな戦いに巻き込まれている。私たちの知っていた常識が、ここ数日間の出来事だけで一転するような感覚さえ覚える。


 それでも私たちの根本は変わらない。ただ、己の信じる正義の為に全力を尽くすだけ。それが最も勇者らしくあるために、最も強い勇者であり続けるために必要なたった一つの約束だ。


 だったらやはり、自分自身の勘を信じたスーラを、私も信じて力を振るうのだ。


「ミゲルトは……死んでいないよな?」

「私だって加減を間違えたりはしないよ。悪意が無くて操られてるだけの勇者を殺すほど野暮なことはしない」

「ふっ、怪しいものだがな。お前にそんな見分けがつくのか?」

「それこそ馬鹿言わないでよ。私が誰だか忘れた?」


 誰もが認め、誰にでも認めさせる最上級の実力者。知らぬ者がいたとしてもいずれは全世界に知らしめるこの名前。


「リセリアル最強の勇者ヘイル、どんな勇者にだって負けはしないこの私が勇者について分からないことなんて無いんだからね!」

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