勇者の極み
「どうなってるッ! おかしいじゃないか!」
「何もおかしくなんてないんだなぁ、これが」
「クソッ! クソッ! くたばりやがれ!」
ヒノールは連続して水を生み出し、操り、手法を変え数を変え私を攻撃してくるけど、そのすべては私を覆う聖気によって打ち消されていた。
「何でだよ! 俺は最強のはずだろ! 誰にも負けるはずはないんだ! この力が、この力さえあれば!」
「へぇ、どんな力があるの?」
「ッ、誰が答えるか!」
まあ、想像は出来るけどね。
さっきからヒノールは邪神の力っぽい黒い闇の力を行使していた。他の二人はそうじゃないっぽいけど、ヒノールはたぶん、自らの意思で邪神に従ってその力を借り受けて入るっぽい。勇者の中にもその力に溺れてただただ力だけを欲するようになった人は少なくないという。
その結末として死を迎えることも、決して稀有とは言えないらしい。
リウスに言わせるのなら、勇者の風上にも置けない奴ら、だ。
「でも、どれだけ頑張ってもあなたの力は私には通じないよ。全ての悪を断じる正義の力、私に備わった剣の勇者の力は悪を切り裂く希望の力だよ」
お兄ちゃんに言わせるのなら、チート、ってやつだ。
悪に対する絶対の力。正義の力で断ずる力。希望の道を切り開く力。
そう定義された、概念すらも切り伏せる力。それが剣の勇者。
「ッ!? く、来るな!」
バッ、と大きな音を立てて地面を蹴り、悠々と距離を詰める私からヒノールは逃げ出した。走りながら次々と水の槍を向けて来るヒノールは、攻撃のレパートリーが単一化していることからも相当焦っているのだろう。
必死の形相で、時々振り向いてこちらを確認しながら逃げまどっていた。
どこに逃げればいい、そんな答えは存在しない。この戦場は平地であり、ヒノールを助けることの出来る味方は一人もいない。私に悪が挑んだ時点で、勝ち目なんてないのだから。
「すぅ……ふぅ……人間を切ることも、それ以上に同じ勇者を切ることも、私は望んでなんていないけど。私の正義がすべての悪を許さないから、水の勇者ヒノール、悪に溺れたあなたにはここで死んでもらうよ」
この半年、私は色んな悪党と戦ってきた。その過程で、何人もの人を殺してきた。いつしか抵抗が薄れてきたし、初対面の悪人だったら、容赦なく切り伏せるようにもなっていた。異世界に来てマヒしてきた倫理観は、いつか私の身を滅ぼすことになるかもしれない。
だけど、そんな緩いことを言っている余裕はない。この世界で生きるためには、人の生とか死とかよりも自分の信じる道を突き進むことが大切なんだ。
そうじゃないと、すぐに自分を見失って生きている価値を忘れそうになるから。
「《属性剣術・神聖》」
そんな剣を、正義の光が包み込む。
「《絶斬聖剣》、行くよ」
それは、ありとあらゆる概念を断ち切るスキル。もちろん魔力で抵抗されることがあれば、上書きされる事だってある。だけど、正義に抗う悪だけは、絶対に一撃で切り伏せることが出来る。
望んでなんていないこんな力、正直私の身に余ると思っていた。だけど、元居た世界でお兄ちゃんが見せてくれた優しさとか真っ直ぐな心とか。私を励まそうとしてくれた努力の数々が、そのすべてがヒーローのように見えていた私になら、分かるのだ。
どんな力を持っているかなんて関係なくて、ただ、誰かを助けたいって願い続けることこそ、強さなんだって。だから私は願い続ける。
世界から悪が消え去って、世界が平和になって欲しい。
そんな夢物語のハッピーエンドに少しでも近づくために、今は正義を貫き通す。
得てしまった力に意味を持たせるために、ひたすらに真っ直ぐ進み続けるのだ。
私の剣は空間を切り裂き、時間を切り裂いてヒノールへと肉薄する。
「ひっ――」
意識を切り裂き、肉体を切り裂き、生命を切り裂く。
一瞬振り返った見せたヒノールの一生は、今この瞬間、断ち切られた。
振り切った剣を大きく振って血を掃い、鞘に納めて振り返る。
「私の正義の錆となれ! なんちゃって」
必殺技の後のキメ台詞は、やっぱり大事だよね。お兄ちゃんが言ってたもん。
「……テレビの中の魔法少女も、いいことをしてるって分かっていても、やっぱりこんな気持ちだったのかな」
あどけなさを演出するために出していた舌を引っ込めて、思わず噛んでしまいそうになった。
悪を見極め断罪する、正義以外の何者でもないはずだった。
けれど、勝手に悪と断じ、自分の勝手な基準で人を殺す正義とは、悪とどれくらい違うのだろうか。もしかしたら、それは悪と何も変わらないのではないのか。悪とは、一体誰が決めたことなのだろうか。
もしこの世界に神がいるのなら、教えて欲しい。
もしかして悪って言うのは、あなたが決めたことなの?
そんなことを考えながら、少しだけ離れてしまった戦場に戻るために私は駆け出した。
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