第ニ六話 クローヴィスの両親

「僕と妹のクラウディアは、カイン城の近くにある内地の村で生まれた」


 クローが、炎を見ながら独り言のように語り始めると、二人は黙ってクローを見つめていた。


「僕らの母も身体が弱かった。一人産むのも危ないと言われていたそうだが、産まれて来たのは二人だった。まもなく、母は燃え尽きたように、亡くなったそうだ」


 その団では、出産で母親が死ぬのは、不吉の知らせだと言われていた。しかも母は太母アメリアの実子だったからか、余計に際立ったのかもしれない。

 クローヴィスとクラウディアは、祝福されない子供として産まれた。


「その時は、病弱な身でありながら、僕らを産んだ母アエミリアを讃えることで、ことなきを得たそうだ。太母も実子の子を害されるのは、望んでいなかったのだろう」


 やがてクローたち兄妹が物心がついた頃、命の危機がやって来た。それは、二人の父親にあたるクラウディウスが、任地から帰って来たことから始まる。


「実父クラウディウスは、アメリアの団の出身で母とも幼馴染みだったそうだ。団の中では飛び抜けて優秀で、団の仲間を導いていく存在だった。それは、戦士になっても変わらなかった。若いながらも、異例の速さで役職も駆け上がっていったと、太母から聞いた」


 それほどの人物であれば、周りが放っておくはずがない。多くの女性が彼を求めたが、彼は敬遠なフィデスの信者だった。幼い頃の誓いを守り、アエミリアただ一人を愛した。

 身体の弱いアエミリアは、多くの子を成すことができないのは分かっていた。

 ヒト族の族是である『種の保存の定義』に従えば、多くの子孫を残すことを求められる。アメリアは、娘を愛する彼に感謝ていたが、太母としての立場から他の女性たちにも子種を授けるように指示をした。しかし、クラウディウスは、頑として受け入れようとはしなかった。

 やがて、アメリアは諦めた。求めていないことを強制することは、フィデスに反したからだ。クラウディウスとアエミリアは、多くの者たちに祝福され、幸せな生活を送った。


 幸せは長く続かない。この世界の理不尽なことわりだ。





 その頃、戦士団は外地にある北部地域の拠点防衛強化に乗り出した。

 砦規模の拠点を拡大し、そこへノックスの住民を移動させる計画だ。種の存続の政策で人口が増えていたが、不毛なノックスの食糧生産力では、賄いきれなくなりはじめていた。このままでは近い将来、食糧危機が訪れ飢饉が起きるとステラテゴ政策決定機関の見解だった。ノックスで、くすぶっていた多くの若者が賛同し、新天地を求めて旅立って行った。


 戦士団の上層部としても勢力の拡大は、望むところであった。強気に攻勢に打って出ることに傾いたのは、新型兵器の開発に成功したからだ。

 銃の登場である。


 それまでの戦いでは、剣や弓などの武器を使用していたため、身体能力が大きく影響していたが、この銃の登場で能力の差が出にくくなり、戦力を増やすことができた。

 銃の戦果は、先行で投入していた試験部隊が、狼にも有効だと実証されたからだ。このことによって、時期尚早とする一部の反対派を押し切り、銃の量産と大規模移住計画が進められることとなった。


 北部地域の中間にあるリンディニス、最北のカメリアは、この計画には含まれない。この二つの拠点は、当時のコロンより遥かに大きく、既に入植者としての生産職も多くいた。

 拠点リンディニスは、北部を纏める中心地の役目を目的として、カメリアは、ノックスから最も離れているために補給に難があることで、ある程度の自活を求められた。それぞれ理由の違いがあるが、ヒト族の拠点の中でも最大の規模を誇っていた。


 この計画の目的は二つ。

 ノックスからの補給を円滑に進めるため、コロンからカメリアまでの街道の整備。

 もう一つは前記したように、砦を拡張し移民を受け入れるようにするためである。各地の戦士団だけではなく、通常は支援を主体とするアウジリアスにも動員がかかり、一部の生産職も参加することとなった。

 全戦士団の実に三割を投入する大事業だ。当然だが、優秀な指揮官となっていたクラウディウスにも招集がかかる。アエミリアとの幸せの日々に別れを告げ、彼は任地であるカメリアへ旅立った。これが永遠の別れになるとは知らずに……。





 アエミリアは、身体の弱さを除けば、気立てもよく弟妹たちを可愛がって面倒を見ていた。明るく働き者の彼女は、団の者たちにとても愛されていた。

 頭もよく回りアメリアの補佐を務めているほどだ。次代の太母として、アメリアや団の者に期待されていたのだが、そんな彼女の死は多くの者たちに惜しまれた。


 当然のことながらクラウディウスにも知らせは送られていたが、最も遠く大動員の混乱もあり、彼が手紙を受け取ったのは、彼女の死後、一年以上も経過した後だった。

 彼は手紙を片手にしばらくの間、立ち尽くしていたと、共に任地に向かった同郷の者たちが、後に語っていた。


 彼は、それから無口になり、休み無く仕事に没頭していた。だが、彼は自暴自棄になったのではない。ただ、心の半分が失われたような痛みと寂しさを紛らすためだと、心配した友人たちに語った。その言葉に嘘は無く、彼に割り当てられた人員を組織的に活用した。


 クラウディウスは、アウジリアスや生産職の者も率いることとなり、作業工程を専門によって分業していった。それぞれの長所や職業によって班を分けた。

 これは、大規模動員によって大量の人手を確保できたからだが、気をつけないと烏合の衆になりやすい。実際のところ、他の地域では戦士以外の人員の活用に手を焼き、持て余していた。

 しかし、クラウディウスは彼らの専門性に着目し、その考えや発想を幅広く取り入れた。その一つが、巨木を円筒形に整え、中心に軸と重りを仕込んだ整地用ローラーを開発した。それを馬に引かせることで、街道の整地を早めることに成功したのだ。


 上の者から頼りにされると、下の者は悪い気はしないものだ。多くの考えや発想が生み出され、組織も活性化していく。カメリアには、それを実現できる大きな鍛冶場や加工場を持っていたことも幸いだった。


 拠点の建設では過去の先人たちが遺した技術を活用する。その一つでコロン建設時に開発された壁車を使用した。

 安全な拠点内で、城壁の基礎となる骨組みを作り、それに車輪を着けて現場へ運んで行く。現場では、溝が掘られており、そこに基礎を固定する。骨組みの周りには木の板で枠が作られているので、そこにコンクレートゥスと呼ばれる泥土を流し込む。それは乾燥すると石材と変わらない強度を持つこととなる。防壁の建造を完成を早めることができたのだ。


 クラウディウスが最も懸念していたのは、安全だった。最も憂慮したのは、狼の来襲である。しばらく襲撃は少なくなってはいたが、それでも少数で襲いに来ることはある。

 その対策として、装甲車と呼ばれる鉄板で補強した箱馬車を作業現場に多数配置した。いつでも逃げ込める簡易的な安全地帯だ。また、建設作業に適さない戦士たちは、護衛任務を専門として巡回をしていた。装甲車には煙幕弾が設置されているので、襲撃があった場合は、それを打ち上げると巡回している戦士団が駆けつける手筈となっている。


 その甲斐もあり、彼の担当していた現場は、犠牲者も少なく、驚異的な速度で完成した。



 このようなことでクラウディウスは、戦士としての功績より、人材や組織運営によって名を残すこととなる。これ以後のヒト族は、組織化という課題に取り組み、強大な敵に挑んでいくこととなる。

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