第二五話 安全地帯と温かな食事

「ふ〜っ、やっと終わったぜ。まったく、お前らが遊んでいるせいだぞ!」


 仕掛けの設置は、日が暮れる前になんとか終了したが、一息つくにはまだ早い。日が落ちると辺りは、真っ暗で何も見えなくなる。

 そこで、大量にある廃材を利用して、塔の周りに篝火を作った。これで、何かが寄ってきても塔の上から、弓で応戦することができる。夜中に何回か廃材をくべなくてはならないだろうが、暗闇に怯えるよりはマシだろう。


「こっちも終わったよ。僕だって、これだけ篝火を作ったんだぞ。こっちの方が重労働だと思うけど! 汗でびしょ濡れだよ」


 クローは、全ての篝火に火をつけると、負けずにボックスに反論した。


「あ〜あ〜、分かったよ。だけど、まだ力仕事は残っているぞ!」


 クローとボックスは、外の作業を完了すると一階の食堂へ戻ってきた。もう既に、部屋の中は真っ暗だ。二人は、馬から下ろした荷物から、携帯用のランタンに火を灯す。


「上層への階段もあるし、この食堂を安全地帯にしよう。まずは、窓をなんとか塞がないとな」


 裏と表の扉の傍にある窓は、雨戸も壊れて吹きさらしとなっている。食卓の脇にある少し大きめの窓は、取り付けられている雨戸は使えそうだったが、耐久性に難があった。

 そこで、移動可能な家具を移動させ、食堂にある窓を封鎖する様に防護壁とした。狼が本気で突進してきた場合、役には立たないとは思ったが、無いよりはマシだろう。なにより、時間稼ぎができる。

 同じように炊事場以外へ通づる扉も家具を移動して封鎖することにした。


 裏と表の外へ出る扉は、鉄製でできている頑丈な物だ。夜中、篝火に廃材をくべるため、完全に封鎖するには問題がある。そこで、外からは簡単に入ってこられないように、角材と小さめの家具を使い、外からだと扉を開きづらい仕掛けを施しておいた。


 そこまでの作業を進めると、すっかり汗にまみれて、下着を絞ると水滴が出てくるくらいだ。


「井戸が室内にあってさいわいだね」


「ああ、外だと冷えきっちゃうからな」


 上半身裸になった二人は、順番に火照った頭に水をかぶって冷やし、濡らした手拭いで身体を拭いた。用意しておいた代わりの下着に着替える。


「ふぅ〜、さっぱりしたぜ」


「下着も洗濯しておこう。干しておけば、朝までには乾くよ。しかし、よい拠点を発見したね。ここから、いろいろな場所を探索できるかも」


「そうだな。まぁ、夜次第だけどな」


 安全地帯の出来栄えに、二人は満足気に部屋を見回すと、同時にお腹がなった。


「よし、ルシアにメシを作ってもらおう!」


 二人は、料理に必要な道具を置いて、使わない装備を持ってルシアが待つ最上階へ登って行った。




 ◆




 夜は危険だ。ただ暗くて視界が見通せないという理由だけではない。闇の眷属たちが、活性化する時間でもある。

 光と闇、この抗争は、『神々の大戦』の後も激化している。それは、大部分の世界の住人たちは、気づいていない。


 闇は音も無く忍び寄る。

 ただ、ヒタヒタ、ヒタヒタと……。

 心の隙間に……。





「ふぅ〜、相変わらず、ルシアのメシはうめぇ〜な」


「んもう、ボックスもちゃんと料理を覚え欲しいんだけど!」


「そうだね。あれだけ細かい仕掛けはできるのにね」


 結局のところ、食事の支度はルシアとクローがおこない、その間の見張りはボックスがしていた。料理は簡単なシチューだったが、こんな場所で温かいものを食べることができるのはとても贅沢なことだ。普段の野営では、携帯食で済ますことの方が多いのだ。

 幸運でもあった。陽が暮れる前に、ルシアが裏庭で、野生と化していた芋類や野菜を発見し、それを採取していた。一階の炊事場にあった釜戸や鍋も使える状態だったので、新鮮な野菜と携帯している干し肉を煮詰めた塩味のシチューだが、採取した薬草を入れて味に深みをつけていた。ルシアの料理の味付けは絶妙で、結局クローのやったことは、野菜の皮むきや釜戸に薪をくべる程度の手伝いしかしていなかった。

 最上階は、一応屋根はあるが物見台の役目をしているため、屋根を支える柱が建っている以外、吹き抜けだ。陽が落ち、マグナ・マーテルからの冷たい風にさらされると、とても冷えてくる。この温かい食事は身体に沁みた。



「俺は、食う専門! 料理なんてめんどくさいことできねぇな」


 ボックスは、満足してお腹をさすりながら、二人の非難を受け流した。

 二人ともそれ以上は非難をしなかった。あれほど精巧な仕掛けを作るボックスだが、料理は大雑把だった。以前も作ったことはあるが、野菜はぶつ切りで火の通りが悪く、味付けも適当で塩っ辛い時もあれば、薄くて味のしない時もあった。だから二人とも文句は言うのだが、ボックスを料理に関わらせることはしなかった。



 後は寝るだけの状況となったが、なかなか眠気は襲って来ない。お腹は一杯で、重労働をおこなったにも関わらず、なぜか神経は張り詰めたままだった。三人はたわいのない話をしていたが、なんとなく会話は続かず押し黙ってしまった。


「あのさぁ、クロー。俺たち、付き合いは短いけどさぁ、生死を共にした戦友だと思っているんだ。もし、悩んでいることとか困ったことがあったら相談してくれよ」


「あ、あたしも、その…頼りないかもしれないけど、クローくんのこと心配だから……あ、あのう…」


 ボックスとルシアは、真摯な目でクローを見つめる。昼間の件もあり、二人ともそれぞれの言葉で、心の内を告げた。

 二人も気づいているのだ。クローが、何かしらの問題を抱えて、こんな辺境にやって来たことを。そして、とても心配していた。


 クローは、目を見張って二人を見たが、視線は真ん中にある焚き火に移った。しばらく、三人は焚き火を囲んで黙っていた。やがて、クローは小さな声で呟いた。


「僕らは……、忌み子だ……」


「忌み子?」


「ああ、生まれてすぐに、母を……死なせた…」


 クローは、焚き火を眺めて記憶を掘り起こすように、滔々と語りはじめた。

 忌まわしい記憶を……。

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