第二四話 ある家族の肖像

 塔の内部は、思った以上に広かった。ボックスが言っていたように、塔自体は頑丈な造りをしている。


 一階部分は、主に炊事場と食堂を兼ねているようだが、十人くらい入っても十分、余裕がある。中央には、少し大きめのテーブルが置かれ、椅子は五脚くらいは壊れておらず、座れそうだ。

 炊事場には手押し式のポンプが設置されている井戸も完備されて、その隣の部屋は洗い場らしい部屋もあった。

 使えそうなバケツを持ってきて、手押しポンプを動かすと水が出てきた。はじめは濁っていたが、次第に透き通った綺麗な水が出てくる。水の確保はできたが、長いこと使われていなかったので、飲食に使うには一度沸騰させた方がよいだろう。

 炊事場には、外へ出られる出入口があり、外に小さな広場があった。もしかすると小さな菜園があったのかもしれないが、今は雑草で覆われている。



 二階に上がると一つの部屋となっており、壁際には大きな暖炉が備え付けられている。ソファと思わしき残骸と低めのテーブルが置かれていた。応接室として活用していたのだろう。


 この塔は、神殿の高位の神官の住居だったのだろうか。


 神殿側に唐草模様の装飾を施した扉が付いていた。扉を開けると渡り廊下となっていた。いざとなれば、屋根をつたって行けば神殿に行けるかと思っていたが、そんな努力をせずとも、ここを使用すればいい。



 三階は、小さいながらも個室となっており、三つの部屋に分かれていた。扉を開けると小さな暖炉が備え付けられている部屋となる。

 壁には色がくすんだ三人の肖像画が架けられている。一人はヒト族の美丈夫だ。体格からいって戦士だろう。その隣には、薄紫色の髪とアメジストを思わせる深い紫色の目をした美女が、黒髪の幼子を抱いた姿が描かれていた。

 彼女の肩に男性の手が乗っているので、この二人はつがいなのかもしれないが、彼女はヒト族ではない。しかし、アルヴでもなさそうだったが、つがいではなくとも親しい間柄なのだろう。このどちらかが塔の持ち主だと思われる。


 かつてのヒト族は、血族でまとまって生活をしていたという。それを家族と言ったそうだ。ここは、その家族の団欒だんらんの場所だったと思う。


 今は亡き父と母、それに妹と四人で暮らす生活は想像できないが、この絵のように幸せな日々を送れたのだろうか。クローはそんな想いを浮かべ、かすかに胸に痛みを覚えた。


 奥の部屋は、それぞれ寝室と書斎のようだった。ここには窓があり、置かれていた家具の傷みが激しい。

 特に書斎にある書籍は、風雨によって本を開くと崩れてしまった。崩れなかった本も雨水によってか、インクが滲み、何が書かれていたのか読み取ることはできない。

 どうやらこの塔の主人は、相当、身分が高い者だったのだろう。


 当時は、羊皮紙を使用することが一般的だった。革を舐めした物を細長く切って、保存する時には巻いていた。

 紙でできた本は、妖精族が製作した物しか手に入れることができ無かったはずだ。しかもかなり高価な代物で、一般の住民では手に入れることは無理だった。壁に取り付けられた本棚に多く残っていた。


 この部屋を出ようとすると、不意にクローは幻覚に襲われた。

 暖炉に火が灯り、その暖かな明かりは、部屋を包み込む。石畳の床には、毛並みの豊かな柔らかそうな絨毯が敷かれ、そこにはまだ青年と呼んでよい美丈夫と幼子が、絨毯の上を転がりじゃれあっている。

 二人は、近くにあった背の低いテーブルにぶつかり、上にあったものをひっくり返してしまった。そして、薄紫色の髪の女性が現れ、腰に手を当て二人を叱っているようだったが、神妙としている二人に彼女は吹き出した。

 それを見た男性と幼子は、顔を見合わせ彼女に謝った。そして、三人は笑顔を浮かべながら、散らかった部屋を片付け始めた。


 ここで、幻覚は終わった。

 今のこれは、自分が作った妄想だろうか。

 目頭をおさえていたクローは頭を振った。これ以上、ここに住んでいた家族の思い出を汚さないように、クローは静かに扉を閉めた。



 四階には、ルシアが見張りとして待機していた。

 物見櫓の役割をしていたのだろう。かなり遠くまで周囲を見渡すことができる。



「見張り、ご苦労様」


 クローは、運んできた角材を下ろして、彼女の労苦に報いた。夕暮れとなってマグナ・マーテルからの冷たい風に変わっていた。夏とはいえ、この風は身体をかなり冷やす。彼女は既に外套を着込んでいた。


「いえいえ、けっこぅ役得よぉ。ほら、クローも見てよ、湖に映った夕陽が、とっ〜ても美しいよ」


 眩しそうに目を細めて、ルシアは湖を眺めていた。

 促されてクローも眺めたが、しかし、動物は相変わらず見かけない。訝しみながら腰袋に入れてあった地図を取り出した。


「へえ、この湖は、かなり西の方まで広がっているだね」


「ええ、聴いていたより、ものすご〜く。明日は、湖にも行ってみたいよ〜」


「そうだね。時間があれば。でも、その前に神殿の捜索をしてからだけどね」


 持ってきた古い地図の写しとは、かなり地形が変わっていた。西には湖はなく、別の街があるはずだった。


「まぁ、百年も経てば、変わっていても不思議じゃないか」


 クローは、地図と風景を照らしながら、周囲を見渡していくと赤いゆらめきがいくつか見えた。

 方向的には、新住民区と地図には記されていた。隊の他の班であろう。クローたちと同じように、高所に安全地帯を発見し、炊事の支度をしているのだ。

 それを見て、そろそろ自分たちも食事の準備をしなくては、とクローも思った。炊事は一階の台所を利用した方が良さそうだ。その方が効率的に作ることができるだろう。その前に、陣地を完成させなくては。


「しかし、ボックスにこういう仕掛け作りをさせると、すごくうまいね」


「辺境にず〜と住んでると、自然にできるようになっちゃうんだよ」


 下を見ると、ボックスが忙しなく働いていた。何かが寄ってきても、すぐに知らせてくれる仕掛けを準備していた。そのテキパキとした動きに感心しつつ、それをルシアと共に観察していると、ボックスもこちらに気がついた。


「おい! お前たち何をサボってんだ! さっさとしねぇと陽が暮れんぞ!」


 夕陽を見ると、大地に触れそうなくらいに落ちている。暗くなるのは、あっという間だろう。


「悪い悪い。すぐ行くよ」


 ルシアに、持ってきた角材で、焚き火の準備をするように、お願いをするとクローは急いで降りて行った。

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