第二三話 旧住民区
三人は、湿地帯に入った。
目的地に続く道は少し高めに造られており、湿地に
もちろん、長いこと整備を行われていないため、所々では植物や水の浸食によって、道が壊れている場所はあったが、概ね歩きやすい。三人は、万が一に備えて騎乗せず、馬を引きながら歩いて進んでいた。
「そういやさ、お前、カイン城出身なんだろ。なんだって、こんな辺鄙で危険な所にやって来たんだ」
もっとマシな配属先があったろうに、と続けた。
辺りがあまりの静けさに耐えきれず、ボックスは口を開いた。それは、もともと疑問に思っていたことだが、聞きそびれていたことだった。
ボックスとルシアは、拠点カメリアでの最初に生まれ育った子供だ。他の拠点のことは、熟練の戦士たちの話でしか知らない。だから、カイン城やコロンのような大規模拠点に憧れを抱いていた。いつか、戦功を立てて行ってみたいと思っていたのだ。
「それは、簡単なことだよ。支給金が一番高かったからだ」
戦士に配給させる支給金は、危険度が高い場所によって変わってくる。さらに、特別任務に対しては、もっと高くなる。ヒト族は物資の不足から配給制をとっているが、通常の生活においては、それで事足りる。比較的安全な拠点の出身者は、そこから他の拠点へ配属しようとしなかった。
「なんだって、そんなに金にこだわるんだ? カイン城の配属だって、おっさん連中みたいに、不味い酒なんかに使わなきゃ、結構たまるだろ?」
「僕には妹がいるんだ」
「それってぇ、団の妹たちってことぉ?」
ルシアが尋ねると、先頭を進むクローは、先を見据えたまま頭を横に振る。
「実の妹だ。俺たちは双子なんだ。彼女は、生まれつき身体が弱くて、妖精族の薬を飲まないと生きられない」
後ろを歩いていたボックスとルシアは、顔を見合わせた。妖精族の薬は、効力が高いが希少で高価だった。
「でもでも、クローだけそんなに頑張らなくても、団の兄姉たちだって協力してくれるでしょ」
団は家族だ。誰かが困っていたら、兄弟姉妹がきっと助けてくれる。ルシアは、そう言いたかったのだが、クローには逆効果だった。
「そんな奴らじゃない! 奴らは、クラウディアを殺そうとしたんだ!」
クローは、振り返り怒鳴り声を上げた。秀麗な顔を普段では考えられない怒りと憎しみに染めていた。ルシアは、その表情に驚き、目に涙を溜める。
「ごめん。君たちに当たるつもりはなかった」
ルシアの表情に、クローは冷静さを取り戻した。
彼女は、どことなく妹に似ていた。クローが激情に囚われると、妹もよくそんな顔をしていた。
「行こう。ここで立ち話は、危険だ」
踵を返し足早にクローは、進んで行った。二人は、再び顔を見合わせると、頷き合ってクローの後を追った。
◆
何も問題無く湿地帯を抜けると、ここにも城壁の残骸があった。他と違うのは、明らかに破壊された後だと分かった。かなり激しい戦いだったことが分かる。辺りには、多くの人骨が散らばっており、狼の骨と思われるものも混ざっていた。
丘の上には、一本の大きな木が生えている。それは丘を覆うように、鬱蒼としていた。橋からだと分からなかったが、薄紫に見えていたのは、花だった。丘一面に咲き乱れとても美しい。クローにはなんの種類かは分からないが、安全であれば一日中ここで過ごすのも良いかもしれない。
その丘に登り、一帯を眺める。相変わらず、動くものは見当たらない。遠くには湖が見える。暮れてきた夕陽を湖面が反射して赤く輝いていた。湖のほとりにある街の残骸が物悲しい。
金色の輝きは、湖面を見間違えたのだろうか。
ここに居ると穏やかな気持ちになる。
きっと祖先たちにとってもこの場所は、憩いだったのだろう。
いつまでも、ここに座っていたい気持ちだったが、遠くで緑色の狼煙が幾つも立っているのに気がついた。
「ああ、まずい! 二人とも!」
クローは、慌てて立ち上がり、丘を駆け降りた。
緑の狼煙は、安全確保の合図だ。夜を迎える前に安全を確保し、それを知らせなくてはならない。もし、一つでも上がらなければ、全隊が撤収の準備に移行してしまう。すでに、半数以上登っていた。
「おう! どうした? そんなに慌てて」
ボックスは、乾いた廃材を集めて、火を燃えやすくするために組み上げていた。
「い、いや、もう半数以上、狼煙が上がっていたから……」
「後は、火をつけるだけで大丈夫だ。今夜は、あの塔で過ごそう」
ボックスが、指し示す先にある神殿のような大きな建物に、隣接している塔があった。その窓からルシアが手を振っている。
「馬は繋げないでおくとしよう。何かに襲われても逃げれるようにな」
馬たちは、鞍や手綱はそのままだが荷物を外され、気持ちよさそうに、雑草を食ぐんでいた。
「これは神殿かな? 思ったより大きいしな、明日、夜が明けてから調査をした方がいいだろう。これからだと、真っ暗で危ねぇからな」
ボックスは、恐れを知らず突き進むように思われがちだが、辺境の生まれのせいか、危険を察知する能力は秀でていた。
「塔も安全だ。ざっと調べたが、扉もかなり頑丈だ。何かあっても、神殿の屋根に飛び移れば逃げられる」
そう言いながらボックスは、作業を止めない。程なくして火が燃え上がり、狼煙の素を投げ入れた。緑色の煙が上がっていく。
「おいクロー、やることないんだったら、そこの角材を塔に持って行ってくれ。誰かが住んでいたんだろうな。台所や暖炉もあったし、なかなか居心地良さそうだぞ。それに、夜は寒くなるしな」
ボックスは、南側に見えるマグナ・マーテルを見上げた。彼に言われて、クローは頷くと素直に従い、塔へ向かった。
「やれやれ、あいつ大丈夫なのか? ここに来てからなんだかおかしいが……」
角材を運んで行く、クローの後姿を見ながら嘆息を漏らす。その分、自分がしっかりしなきゃならないと、フィデスに祈った。
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