第174話 暇の約束

隆景は、吉田郡山城から帰って来たというのに、すぐに戦の準備に取り掛かっていた。

問田大方は隆景の忙しなさに、何とも言えない気持ちになる。

「隆景様……」

「どうなされましたか?」

隆景は問田大方を優しく見つめる。

「いえ……、隆景様も連日大忙しのようですから……」

隆景はその言葉に、ふと笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、私は。ただ、此度の戦が終わったら、ほんの少し暇をいただいて、ゆっくりするのも悪くないかもしれませんね」

隆景の言葉に、思わず問田大方も笑う。

「その時は、ご一緒させてくださいね」

「ええ、たまには夫婦で過ごすのも悪くはないのかもしれませんね」

隆景はからかうような口調で笑った。

だが、問田大方は照れたように顔を赤くしていた。


「明日の早朝、出ます」

隆景は問田大方に告げた。

「お帰りをお待ちしております」

「ええ、必ず」

隆景はそう力強く答えた。


隆景は明朝、兵を率いて海へと出ていた。

ここからは、船で門司へと向かうからである。


「松兄様は吉田郡山城に残っておられてよかった……」

隆景はひそかに安堵する。


というのも。

以前、船で出かけた際に、松井は船酔いをしてダウンしてしまったからである。

「うう……、気持ち悪い……」

「医者はおりませぬか!?」

たまたま医学に詳しい若者が隊の中にいた。

彼は松井をすぐに診察してくれた。

「ふむ、これは船酔いですな」

「船酔い……ですか?」

「ええ。船になれておらぬ御仁でしょう。」

若者は笑って言った。

「どうすればよろしいのですか……?」

隆景は逆に心配になる。

「風に当たっていればよろしいでしょう」

若者はそう言って笑うだけであった。


村上水軍とも、指定された場所で合流することができた。

「さあ、いざ門司へ!」

隆景は采配を掲げた。

「おおー!」

大きな鬨の声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る