第160話 説得の矢文

隆元は思わぬタイミングの出陣要請に、内心戸惑った。

それに、今は比較的近い五龍城にいるとはいえ、隆家に留守居を頼まねばならない。

隆家も恐らく、面食らっているだろう。


数日かかって、ようやく隆元は吉田郡山城を出ることとなった。

「父上―」

幸鶴丸が見送りに来る。

「行って参るぞ。すぐに帰ってくるから、母上を困らせてはならんぞ」

「幸鶴丸もお供したいです」

「ならぬ」

隆元は厳しい声で言う。

「さあ、幸鶴丸。父上はお仕事なのですよ。お利口に待っていたら、きっと父上が帰ってきてから遊んでくれますから」

「本当ですか?」

「約束しよう」

隆元は笑顔で言う。

幸鶴丸はその言葉に頷いて、手を振って見送った。


石見、温湯城までも数日を要した。

なぜなら、天気がすこぶる悪い。

豪雨に見舞われ、隆元たちは歩みが遅くなってしまったのである。


「温湯城も孤立しておるかもしれんのう……」

「この雨ですからな」

家臣たちも隆元の言葉に頷く。


事実、温湯城は川の水位が高く、援軍に向かったはずの尼子すら入ることができなくなっていた。

「ここまでくると、もはや天が援軍を拒むよう申し伝えているようにも思えるのう……」

小笠原は苦い顔で言った。


毛利軍にも包囲されている状態である。

小笠原は脱出の手段すら講じるのが困難になっていた。


ヒュン、と音がして矢が部屋に入ってくる。

「何じゃ!」

小笠原は振り向くと、そこには一本の矢、そして紙が巻かれている。


「矢文か……」

小笠原は矢文を開封する。

底に書かれていたのは……。


「投降せよ、ということか。わしらも確かに無用な戦はしたくない」

隆景は説得の言葉として、城内の者すべての命の保証及び、小笠原は生きて別の場へと送ることを条件に開城してほしい、無駄な戦はもうやめよう、と書き連ねていた。


「皆、聞いてくれ」

小笠原は決断を下すこととした。

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