第94話 吉川粛清

元就は、元春と共に吉川家を訪れた。

現当主である吉川興経は元春との再会を複雑な気持ちで受け入れる。

元々、彼らが月山富田城で裏切らなければ、毛利家の家臣であった渡辺通は助かったかもしれない。


吉川興経の叔父にあたる吉川経世は元春が来たことを喜んだ。

「おお、元就殿、元春殿、お久しゅうございます! 元春殿はあの頃より大きくなられましたな」

「おお、経世殿! ワシも親父になりましたぞ」

「それは喜ばしいことでございますな」

経世は嬉しそうに言う。

興経は苦々しい顔をする。

というのも、彼にも嫡男がいる。


元春はその様子に薄々気が付く。

恐らく、つなぎの当主をやれ、と言いたいのだろうと察していた。


元就は書状を持っていた。

「吉川興経殿、そなたは隠居すべきじゃ。朝廷からもこのように書状が出ておる!」

「も、元就殿!? 何をいきなり……」

「家臣団からも不信感の声が多く上がっておる様じゃ。どう弁明いたす?」

「うぅ……。……致し方ありませぬ」

経殿は朝廷からの書状、ということもあり、渋々隠居を受け入れた。


「元就殿、これからの終の棲家はこの城下にて……」

「何を言うておるんじゃ?」

元就は厳しい声で言う。

「お主の終の棲家はこちらで用意しておる」

興経はその言葉にうなだれた。


興経は妻子とともに安芸深川の家へと幽閉されることとなった。

だが、それから間もなくのことである。

毛利領土において、不穏な噂が流れ始めた。


「元就様、よろしいでしょうか?」

「宗慶か。うむ、入れ」

「失礼いたしまする」

元就の影武者、武田宗慶は書状を片手に入ってくる。

「どうじゃった?」

「町でこのようなものが。恐らく、吉川興経によるものかと思われます」

事実無根が書かれた紙が、町中に多数あったという。


「なるほど」

元就は手元に届いた手紙を破り捨てた。

「宗慶、お主はこれを熊谷信直に届けよ」

元就は密書を彼に託した。

「かしこまりました、元就様!」


熊谷信直は手紙を受け取るや否や、即座に開封する。

「吉川興経を討て、ふむ……、なるほどのう」

「どうなされますか?」

「お受けしよう。婿殿の為にも」


9月、隠居館を熊谷信直・天野隆重らは急襲した。

元就は予め内応者を用意し、興経の刀の刃を潰し、その弓の弦も切らせていた。

「刀が……、潰されておる……! 千法師、弓を持ってこい」

「父上、ダメです! 弓も弦が切られております!」

「なに!?」

凶刃は二人を襲う。

興経はたいした抵抗もできず、嫡子の千法師もろとも殺害された。


元春はその後、ようやく安芸国大朝の小倉山城に入った。

「元春様がいらしたぞ!」

家臣団たちは喜びの声を上げた。

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