第64話 大内軍の撤退

彼らの鞍替えは、とんでもなく大胆であった。

堂々と月山富田城の正門から攻め入るふりをして降っていったのである。

この行動に、さすがの元就たちも呆気にとられた。


「まさか、あそこまで堂々と寝返りするとは……」

「むしろ清々しいほどですね……」

もちろん、この状況で大内軍は一気に敗戦濃厚となる。


数日後の夜中。

「撤退じゃ! 陣を払え」

大内軍は出雲意宇郡出雲浦まで撤退することにしたが、尼子は激しく追撃してくる。

まるで、大内方を討ち滅ぼさんと言わんばかりに。


晴持は、このままでは大内が滅ぶと考えた。

「養父上、ここは二手に分かれ撤退いたしましょう!」

「お、おう! そうじゃな」

「殿は毛利殿が担ってくださっているのです、必ず生きてお会いしましょう、養父上!」


「ワシは陸路より山口へと戻る。春持、そなたは海路から戻ってまいれ」

「はい、養父上!」


「殿! お退き下され! 我らが盾となりましょう」

義隆の家臣たちが、義隆や晴持らの撤退を援護する。

苛烈に攻撃を仕掛けてくる尼子に対し、大内家臣の福島源三郎親弘・右田弥四郎たちが戦死してしまった。


義隆は、宍道湖南岸の陸路を通り、石見路を経由して山口に帰還することに成功する。

しかし、中海から海路で退却しようとした晴持は……。


「ええい、離れ! 離れよ!」

水中から船に乗り込もうとした兵を船上の人が棹で払い落とそうとしたため、船はバランスを崩してしまった。

「もはや……これまでか……。養父上、申し訳ございません」

晴持は家臣らとそのまま、溺死してしまったのである。


その悲報は、すぐに大内義隆にも届いた。

「晴持が……溺死じゃと!?」

義隆は晴持の亡骸を前に、人目をはばからず号泣した。

「まだ二十歳の若造だったというのに……」


義隆は幕府に働きかけて将軍家の通字である「義」の字を賜り、義房として弔った。

「この戦いなど……起こさなければよかったのであろうな……」

後悔の念は尽きない。

だが、もちろん過去を変えることはできない。


この敗戦により寵愛していた養嗣子の大内晴持を失ったことを契機に領土的野心や政治的関心を失い、以後は文治派の相良武任らを重用するようになった。

このため武断派の陶隆房や内藤興盛らと対立するようになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る