第37話 念仏

陶軍が援軍に来て数日後。

宍戸方とともに、毛利軍は城の西部に陣を張っていた尼子に攻撃を仕掛けた。

急な襲撃に、尼子軍は大慌てである。

「かかれー!」

宍戸隆家の声が響く。

「こんな時に襲撃とは……!」

尼子晴久に襲撃を伝えた松井は統率を取ろうとした。

だが、兵たちは大混乱し、声が届かない。

「このままでは、撤退するしかない!」

年内ではこれが最後の攻撃でもあった。


年はゆっくりと明けていく。

元就は朝、太陽に向かって念仏を唱えていた。


「父上―、何をされているんですか?」

「こら、徳寿丸! 邪魔しちゃいかん」

隆元は徳寿丸を捕まえて念仏を唱え終わるまで元就のそばに寄らせないようにしていた。

元就は気付いていたが、隆元が自分の行動を重視してくれているのを知って、あえてそのままにしておいた。


念仏を唱え終わると、隆元はそっと徳寿丸を離した。

「父上、何をされていたんですか? 兄上が邪魔しちゃいかんと怒るのです」

「太陽に念仏を唱えていたんだよ」

「ねんぶつ?」

「この戦いに勝って、尼子に去ってもらうよう、お祈りをしていたってことじゃな」

「じゃあ、徳寿丸もお祈りします」

「うむ、良い心がけじゃ」

元就は徳寿丸にも念仏を教える。


「隆元、お主は」

「起きてすぐ、済ませておきました」

「そうか」


史実で元就は、後年になって三兄弟へ向けた三矢教訓状にも書いている。

「御三人之事も、毎朝是を御行候へかしと存候、日月いつれも同前たるへく候哉」

(三人とも毎朝念仏を欠かさないように。念仏を唱える相手は太陽でも月でも良いが)と。

元就は、11歳から毎朝の念仏を始めたという逸話も残っているほどだ。


隆元、徳寿丸が部屋から出ると、元就は筆を取り出した。

事細かく、吉田郡山城の戦いについての記録を記入しているのである。

「これもいずれか役に立つであろう」

元就はそう確信していた。

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