第19話 魔力喰いの魔将軍
◆◆◆
う……あれ?
気がついた時、僕はなぜか声が出ないように口を布で、そして体を頑丈なロープで縛られていた。
さらに袋のような物に押し込まれいて、なにやら運ばれている途中らしい。
『らしい』というのは、外が見えない状況からの憶測ではあるけれど。
というか、この状態って……もしかして、また僕は拐われてしまっているんだろうか?
だとしたらなんて事だろう……この短期間に、またエリクシア先生と引き剥がされてしまうなんて!
それにしても、なんでいきなりこんな事になっているんだろう。
以前の僕ならパニクってしまう所だったけど、エリクシア先生達に身も心も鍛えられた今は違う!
僕は落ち着いて、夕べの記憶をたどっていった。
……ああぁぁぁぁぁっ!
そして、昨夜エリクシア先生の前で醜態を晒した記憶が蘇り、僕は声にならない声をあげて身悶えした!
先生に魔力経路の強化をお願いしておきながら、全身に走る奇妙な気持ちよさに負けて、あんな姿を見せちゃうなんてっ!
恥ずかしい姿を晒してしまった情けなさでジッとしていられず、僕はいつの間にかジタバタともがいていた。
「ちっ!危ねぇからジッとしてろよ、お嬢ちゃん!」
僕を包む袋の外から、苛立ったような声が投げ掛けられる。
聞いたことの無い男の人の声……って言うか、お嬢ちゃんて誰の事?
「もうすぐ降ろしてやるからよ。怪我をしたくなけりゃ、そうやって静かにしてるんだな」
わかったか、
だ、誰がお嬢ちゃんだ!
反論したかったけど、口を塞がれ自由を奪われているこの状態では、どうしようもない。
男達の口振りから、もうすぐ何処かの目的地に到着するようなので、ここはおとなしく様子をみることにしよう。
僕は、女の子に間違われた屈辱を胸に抱きながら、何者かが向かう目的地まで、力を貯めておく事にした。
◆
「ほれ、着いたぜ」
そう声がしたかと思うと、僕は荷物のようにひょいと肩に担ぎ上げられる。
なんとも屈辱的だけど、気持ちを抑えて、回りの様子を伺うべく耳をすませた。
男のひとりが、お前らはここで待ってろと仲間に声をかけて、スタスタと僕を運びながら歩を進めていく。
「ご注文の荷物を届けに来たぜ」
やがて目的の場所についたようで、ゴンゴンと重い音を立ててノックらしい事をした男は、扉から出てきたであろう人物にそう話かけた。
「ついてこい」
「はいよ」
言葉少なに会話を交わすと、僕を運ぶ男が建物の中へと入る気配を感じる。
ここはかなり大きな建物らしく、しばらくの間はただ歩く音だけが聞こえていた。
外が見えないながらも周囲に気を配っていると、不意に僕を運ぶ男の足がピタリと止まる。
「入れ」
そう言われて男が進むと、途端に空気が変わったのを感じた!
僕達……いや、僕に向けられる、四方八方からの無数の視線。
好奇心とも敵意ともとれる、それらの中を歩いていた男が止まると同時に、僕は堅い床に落とされた。
そうして、僕を包んでいた袋が取り払われた時、思いもしなかった光景が視界に飛び込んでくる!
それは、あの日……勇者として王城に召集された時の、あの雰囲気にも似ていた。
ただ、あの時と違うのは、僕を囲むのが人間ではないという事!
周囲で僕を値踏みしているのは、人間に似ていながらも一部の角やその青い肌から、明確に別の種族だと理解できる。
いわゆる……魔族!
そして、そんな連中の中でも部屋の一番奥に設置された玉座らしき場所に陣取る、着飾った枯れ木のような細い男……こいつがここのボスか!
「約束通り、勇者様をご招待いたしやしたぜ」
「ほほぅ……」
玉座の魔族が、僕を見据える。
「ふっふっふっ……まさか、噂の勇者が私好みの美少女だったとはね」
なっ!?
なんて見る目が無いんだ!
確かに初対面の人には女の子に間違われる事もあったけど、先生達はちゃんと男だって気づいてくれたのにっ!
悔しくてモゾモゾしていると、僕を女の子と間違えてる魔族はニヤリと笑った。
「何か言いたそうだな……口の布を取ってやりなさい」
言われるままに、僕を拐った男が口を縛っている布を取る。
「ぷはっ!」
息苦しさから解放され、大きく呼吸をした僕は、周囲にハッキリと聞こえるように言い放った!
「誰が美少女だ!僕は男だぞ!」
その言葉に、周囲の魔族達がざわめく!
「なにっ!あんなに可愛いのに、男の子だと!?」
「バカな!フリルいっぱいのドレスとか、似合いそうだと思ったのに!」
「ロリかと思ったらショタでしたなんて、そんなの詐偽じゃねーか!」
……そんなに、僕が男だった事がショックだったのだろうか?
しかし、ざわめく魔族達を制するように、玉座の魔族が右手をあげた。
「……お前達のショックもわかる。実際、私も驚きのあまり腰を抜かしてしまっているからねぇ」
「っ!?」
情けない事を告白する魔族に、回りからはゴクリと息を飲む音が響いた!
「しかし、こうも考えられますよ……『お○んちんの分だけ、お徳じゃねえか』、とね」
「はぁ?」
その一言に、僕はポカンとしてしまうが、回りの魔族達から歓声があがった!
「さ、さすがディアーレン様!」
「そうだよ、見た目が美少女なら、男の子でもアリだよな!」
「なんなら、可愛い男の子が女の子の格好させられて、屈辱と羞恥に悶えるシチュエーションも楽しめる!」
ディアーレン……それが、あの首領らしい魔族の名前みたいだ。
そんな、ディアーレンの言葉に盛り上がる魔族達とは対称的に、僕はゾワゾワする悪寒を感じずにはいられなかった。
こ、こいつらは、本物だ!本物の大変な変態だ!
このまま捕まっていたら、何をされるか分かったもんじゃない!
なんとか脱出しなきゃ……。
確かにまだ体は縛られてるけど、口が自由になった事で魔法の詠唱は可能になった。
浮かれている魔族達に、広範囲の大魔法で一撃を与えて、怯んだ隣の男の腰に差してある短剣を奪ってロープを切る!
頭の中でプランを組み立てた僕は、素早く魔法の詠唱を行った!
『
力ある言葉と共に発動した極大級魔法が、部屋中を舐め尽くす炎の奔流となって魔族達を襲う!
「ひぃっ!」
思った通り、僕を拐った男は突然の魔法の豪火に煽られて、悲鳴をあげて尻餅をついた!
そこへすかさず、僕は膝蹴りを顔面に叩き込む!
不安定な姿勢からの膝蹴りとはいえ、『エリクシア流魔闘術』で身体強化されたその一撃は、男の意識を刈り取るには十分だった!
「よしっ!」
あとは素早く倒れた男の腰から、短剣を奪って……。
しかし、僕が行動を行う前に、突然魔族達を覆い尽くそうとしていた僕の炎が、何かに飲み込まれるようにして消えていった!
「なっ!?」
「ふうぅ……なるほど、可愛い顔をしてはいるが、確かに勇者と呼ばれるだけの実力は有るようだ」
炎の向かうから聞こえて来たのは、ディアーレンの声。
だけど……あれは本当にディアーレンなのか?
炎の魔法を吸収(?)した奴の姿は、枯れ木のような細さから、戦士を思わせるような逞しい肉体へと変化していた!
「ふっふっふっ……これがドワーフどもの統治を任された、魔将軍ディアーレン様の『魔力食い』の能力ですよ」
得意気に奴が口にした言葉、『魔力食い』。
単純に考えれば、魔法や魔力を吸収して自らの力にする能力……なんだろうか。
「くっ!」
僕は急いでロープを切ろうとしたが、それよりも速く、一足跳びでディアーレンは接近してきた!
「遅いですね」
迎撃しようとしたけれど、それより速く石ころのように蹴り飛ばされ、僕の体は壁際まで転がっていく!
「ぐはっ!」
「おっと、少し力加減を間違えましたか?しかし極大魔法といい、これほどパワーアップといい、君は優秀な魔力タンクと成りそうですね」
屈強な肉体になったディアーレンは、今のパワーに惚れ惚れしながら僕に近づくと、片手で軽々と持ち上げる。
「見てくれも私好みだし、魔力も上質。これは良いペットが手に入った」
上機嫌で笑うディアーレンに触れられている場所から、魔力が抜けていくのを感じる。
「うう……ぐあぁっ……」
「安心しなさい、殺しはしません。君の魔力が完全に枯渇しないよう、適度に回復もしてあげましょう」
僕から魔力を吸い上げ、さらに肉体が大きくなるディアーレン。
奴の手が離された時、ほとんどの魔力を失った僕はろくに受け身も取れずに、床に倒れて身動きが取れなくなっていた。
「ふっふっふっ……そういえば、彼には確か人間ではない仲間がいたのですよね?」
「え?あ、はい!」
目を覚まし、姿が豹変したディアーレンに声をかけられた僕を拐った男は、裏返った声で返事をした。
「た、たしかダークエルフの女と、街道を荒らしていたハイ・オーガどもの女首領が仲間になったとか……」
「ふうん、あのオーガどもの女首領をねぇ……」
そういえば、デューナ先生達は、魔族とも小競り合いをしていたって言ってたっけ。
もしかしたら、それはこいつらの事だったのかもしれない。
「この勇者くんだけの力では、あのオーガどもを屈伏させるのは難しいでしょうねぇ……そのダークエルフの女も、かなり良い魔力を持っていそうだ」
ペロリと唇を舐めながら、ディアーレンはいやらしい笑みを浮かべる。
くそっ、こんな奴にエリクシア先生を好きにさせるもんかっ!
動けないながらも、魔将軍を睨み付けていると、奴はまたニンマリと笑った。
「近く、そのダークエルフ達が乗り込んで来るように、仕向けておきましょう。その前に、たっぷり君を調教してあげますからね」
奴の僕を見るねっとりとした目に、また全身の肌が粟立つ。
い、いったい、なにをするつもりなんだ……。
「まぁ、それもある程度の魔力が回復してからですね。無理をさせて、死なれても困りますから」
そう言うと、ディアーレンは部下の魔族に僕を牢に繋ぐよう、命令しようとした。
しかし、そこに口を挟んだのは、僕を拐った男だった。
「ま、待ってくださいよ!まだ、その小僧を拐ってきた報酬をいただいてませんぜ!」
「んん?」
ディアーレンは、煩わしそうに報酬を要求してきた男の方を見る。
「君達、『毒竜団』とかいう犯罪組織だったよねぇ。怖いもの知らずは結構だが、空気を読めないと早死にするよ?」
『毒竜団』……確か、犯罪者で構成されている、裏のギルドがそんな名前だったはず。
まさか、魔族とも繋がってるなんて……。
「へへ、そうは言いますがね、俺達みたいな奴等を使えなけりゃ、人間界の情報なんかも入らなくなるんでしょう?」
「ふむ……」
「もしも俺に何かあれば、今後、組織はあんたらにいっさい協力をしやせんぜ?そうなりゃ、そちらも不便になるんじゃないんですかい」
少しの沈黙。
しかし、ディアーレンの笑い声で静寂は破られた。
「ふっふっふっ、なかなかの胆力ですね。いいでしょう、彼に約束の報酬を」
指示された部下の一人が、ジャラジャラと硬貨のような物が入った小袋を男に渡した。
「ついでだ、この勇者くんを地下牢まで、運んでもらいましょうか」
さっきの僕の炎魔法で、一部の魔族達がダメージを受けていたらしく、その治療でバタバタと慌ただしそうにしていたため、ディアーレンは毒竜団の男にそんな事を言った。
「申し訳ありません、ディアーレン様。現在、地下牢はいっぱいでして……」
しかし、近くにいた魔族が、地下牢と聞いてそう進言してきた。
「おや?そんなに捕虜が居ましたか?」
「いえ。ディアーレン様の、コレクション置き場となっております故……」
「ああ、それでは仕方がない」
地下牢を、いっぱいにするほどのコレクション……どんな悪趣味な物なんだろう。
「ふっふっふっ、気になりますか?」
そう言うと、ディアーレンは僕に顔を近づけて、ヒソヒソとコレクションの事を話した。
「私は美しい物、綺麗な物が好きでしてねぇ。自身の美しさも磨くべく、化粧品やきらびやかな衣装を集めているんですよ」
そういえば、いま奴が着飾っている格好も、かなり派手だ。
しかし、どちらかと言えば女物っぽいその服装に化粧まで施すなんて、質の悪い女装みたいで、正直どうかと思う。
「ふっふっふっ、いずれ美しく着飾った私の姿を、君にも見せてあげましょう。おお、君にも美しくなってもらって、部下達の癒しになってもらうのもいいですね」
私が仕込んであげましょうと、奴は楽しそうに言う。
うわっ、絶対に遠慮したい!
やっぱり筋金入りの変態っぽいディアーレンに、僕は改めて恐怖を覚えた。
「さて、地下がダメなら……アレと一緒に、閉じ込めておくとしますか」
アレ?
よくわからない事を言ったディアーレンだったけど、その意味を理解したのか、魔族の一人が少し心配そうに尋ねた。
「捕虜同士を一緒にしておいて、大丈夫でしょか?」
「勇者くんは、私が魔力を吸ってまともに動けないでしょうし、魔法を封じるあの部屋ならば脱出もできないでしょう」
その説明に納得した部下の魔族も、安心したように仲間の治療に戻っていった。
どうやら、僕以外にも重要な人質がいるみたいだな……。
「さ、お前は勇者くんを運んでください」
毒竜団の男に命令すると、ディアーレンはさっさと部屋の奥へと引っ込んでしまった。
「ちっ……」
小間使いのように扱われた男は、ひとつ舌打ちをしてから僕を再び担ぎ上げて、僕以外の捕虜らしい、アレとやらが居る部屋まで歩き出す。
◆
「あー、面倒くせえな」
愚痴りながら、男は長い階段を僕を担いで昇っていく。
どうやら、僕が連れて行かれるその部屋は、城とかによくある要人を幽閉しておくための部屋みたいだ。
牢屋ほど劣悪ではないけれど、脱出は難しい場所に用意されるという例に漏れず、その部屋も少し離れた棟のような建物の最上部にあるらしかった。
ハァハァとキツそうに僕を運ぶ男に、ちょっといい気味だと思ってしまう。
「そういえばよう……もうすぐお前の仲間が助けに来るかもしれねぇから、絶望して自殺とかは止めてくれよな」
黙っていた僕が落ち込んでいると思ったのか、男がそんな事を言ってきた。
ディアーレンも、先生達を誘き寄せようとしてるっぽい事を言っていたけど、その事だろうか?
「ディアーレンの野郎とは、別件だがな。俺の仲間が、お前の仲間に情報を売りに行ってるのさ。上手くいきゃ、金の二重取りだ」
ククク、と男は含み笑いを漏らす。
魔族に協力しながらも、その裏では奴等を出し抜こうというのか。
毒竜団……思ったよりも、はるかに危ない連中なのかもしれない。
そんな奴等と関わる事になって、先生達も大丈夫だろうか……大丈夫だろうな。
僕と違って、あの人達はこんな状況になっても、平然と逆転しそうだ。
はぁ……まんまと誘拐されてしまう、こんな情けない弟子に愛想をつかしたりしないだろうか。
現状よりも、そっちの不安の方が心に重くのし掛かる。
「おらっ、ついたぞ!」
ネガティブな思考に陥りそうになっていた僕に、男が声をかけてくる。
鍵を外して扉を開くと、僕を物みたいに室内に放り込んでさっと鍵をかけたしまった。
要人用の部屋らしく、床には絨毯が敷かれていたために痛くはなかったけど、もう少し人質は丁寧に扱ってほしい。
やがて男の足音が遠ざかっていくと、僕は床の上で大の字になった。
そのまま、「はぁ……」と大きなため息を吐くと、不意に人の気配を感じた。
「どなたですの……?」
部屋の奥から現れた人物。
それは僕と同じくらいの歳頃の、目を引く鮮やかな金色の髪を縦ロールにした、お嬢様風の美少女だった。
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