第18話 魔族領内へ向かえ

         ◆


「うおぉぉぉっ!どこに行ったんだ、ルアンター!」

 デューナが涙目で、ルアンタを求め荒ぶっている。

 そんな彼女を、なんとか宥めようと、ハイ・オーガ達が必死で抑えていた。


「落ち着いてくださいよ、おかしらぁ!」

「誰かー!麻酔薬かなんか持ってきてー!竜とか仕留めるやつ!」

「ちょっと、ダークエルフの姐さん!おかしら止めるの手伝ってくださいよぉ!」

 酒場を共有した宿の一階で、荒ぶるデューナのとばっちりを受けながらも、オーガ達が訴えて来る。が、私もそれどころではなかった。


「はあぁぁぁっきっと私に愛想をつかしてルアンタは出ていってしまったんですねそれもそうかもしれません何せそのつもりはなくてもかなり破廉恥な姿を晒してしまった少年の心の傷はいかほどのものだったでしょうそしてそんな風に傷つく原因を作ってしまったのはかくいう私これではルアンタが傷心から姿を消してしまうのも道理と……」

「え、何?魔法の詠唱かなんか?」

「よくわからんけど、こっちも恐えぇ……」

 床に伏して自責の念を垂れ流す私に、助けを求めたオーガ達もドン引きする。


 朝になって、ルアンタの失踪が発覚してから、私とデューナはずっとこんな感じだった。

 手紙の一通も残さずに消えた、彼の姿を誰も見た者はおらず、その失踪にはかなりの本気度がうかがえる。

 つまりは、それほど私達から……いや、私から離れたくなったのか?

 くっ、いっぱい悲しい……。


「つーか、あの子に限ってそんな不義理な事する訳無いでしょう!」

「そうっスよ!ひょっとしたら、何かの事件に巻き込まれた可能性だってあるかもしれないじゃないっスか!」

「だとしたら、余計にほっとけないじゃないかあぁぁっ!!!!」

「ああぁぁぁそんな風に弟子が大変な目に遭ってるかもしれないのに原因であろう私はなんの解決策も見出だせないままこうして床に伏して彼の残り香から楽しかった日々を思い出しルアンタのがどこで何をしているのか心配する事しか……」


 私達を宥めようと、オーガ達や冒険者達がそんな事を言うが、それはデューナの火ににますます油を注ぎ、私の心を更なる泥沼に沈めるだけだった。


 だが、そんな時!

「大変だ、ルアンタ君の行方の手がかりが見つかりそうだぞ!」

 そう言いながら、とある冒険者のチームが部屋に飛び込んできた!

 その一言に、私とデューナの鋭い視線がそちらに向けられる!

 途端、先頭にいた冒険者が白目を向いて失神した!


「ちょっとぉ!むやみやたらと、殺気を振り撒かないてくださいよぉ!」

「見てくださいよ、泣いてる冒険者だっているんですよ!」

 私達のガチ過ぎる気当たりを受けて、失神したり、幼児のように泣きじゃくる冒険者を慰めながら、オーガ達が抗議の言葉を口にした。

 悪かったとは思うけれど、こっちも必死なのだ!

 簡単な詫びを口にしながら、私はルアンタの情報について、彼等に問いただした。


「こ、こんな物が、ギルドに届いたんですぅ……」

 そう言って、失神してリーダーらしき男に代わって冒険者の女性が差し出したのは、一通の封書。

 誰に当てたかとの記述は無く、すでに開いた後であったので、私も中から内容の書かれた紙を取り出す。


『勇者の情報を持っている。金貨百枚で情報を得る気が有るならば、以下の場所へ来られよ』


 そこには、シンプルに用件と金の受け渡し場所、そして時間だけが書かれていた。

「これは……」

「ひょっして、身代金の要求?」

「じゃあ、やっぱり誘拐なのか!?」

 手紙を回し読みしていった者達から、そんな声が上がる。

 しかし……。


「誘拐ではあるのでしょうけど、身代金の要求と限りませんね。その手紙にもあるように、金と引き換えなのは情報であって、ルアンタの身柄ではありませんから」

「あ、確かに!?」

 私に言われて、皆は納得したように頷いた。

「おそらく、この手紙の差出人は、何者かに依頼されてルアンタを拐った実行犯、もしくは関係者か何かでしょう」

 報酬が足りなかったのか内乱か、はたまた単に欲をかいただけなのか。

 どちらにせよ、ルアンタが私に愛想を尽かして出ていった訳でなくて、少しホッとした。


「だけどよぅ、これはマズいかもしれないぜ?」

 ふと、冒険者の一人が何かに気づいたように苦々しい声を漏らす。

「何か、わかったのですか?」

「ああ、これを見てくれ」

 そう言った彼が指差したのは、手紙が入っていた封筒。そこには、奇妙なマークのような物がついていた。


「これはよう、大陸を股にかける犯罪者ギルド『毒竜団』の下部組織、『竜のふくらはぎ』のマークだ」

 竜のふくらはぎ……なんで、よりによってそんな部位を組織名にするのか?

 普通なら、爪とか牙だよね?


「オリジナリティとユーモアを売りにする、犯罪者組織だからな」

 どこを目指しているんだ、そいつらは!?

 いや、今はそんな事はどうでもいい。


「相手が犯罪者だろうが、モンスターだろうが、ルアンタの情報が手に入るなら行かねばなりません」

「だけど、待ち伏せされてる可能性もありますよ?」

「それは丁度いい。より正確な情報が、得られそうですから」

 相手が一人だけだと、嘘をついても確認するのに時間がかかる。

 だから、数人を個別にひとりずつ吐かせた方が、手っ取り早く情報の精査ができるというものだ。


「しかし、相手は貴女やルアンタ君に気づかれずに誘拐を成功させた連中……手練れに違いありませんぞ?」

「それは……そうですね。気を付けます」

 気まずくなって、プイッと顔を背ける。

 言えない……ルアンタはすっごく乱れた後に力尽きてたからで、私は邪な気持ちを抑える為に泥酔してたからだなんて。


「な、なんにせよ、敵が百や二百くらいなら、私ひとりでも十分ですし、必ずルアンタの情報は持ち帰ってきますよ」

 気持ちを引き締め、陽炎のような闘気を放ちながら、そう告げる。

 まったく怯まない私の姿に、心配するだけ無駄……なんなら相手が気の毒になってきたと、冒険者やオーガ達は神妙な面持ちになっていた。


「とにかく、私はこの申し出にある取引場所へ、今から行ってきます」

「ちょっと待った!アタシも行くよ!」

 デューナも名乗りをあげるが、私はそれを拒否する。

「今の貴女が行けば、相手が焦らしたりさらに交渉を持ちかけて来た時に、勢いにまかせて向こうを撲殺してしまう可能性が高い。ここは、私に任せてください」

「ぐ、ぐむ~」

 実際に冷静さを欠いているデューナは、私にそう諭されて妙な唸り声を出すしかなかった。


「だ、だけど本当に大丈夫なんですかい?」

「大丈夫、不覚は取りませんよ」

「いや、姐さんは姐さんで、相手を話せない状態にしちゃいそうで、恐いんですが……」

 そっちの心配かい。

 しかし、周囲の者達も私より相手の心配をするオーガの言葉に賛同しているようだった。

 なんて失礼な。

 再起不能にするなら、ちゃんと情報を聞き出してからだっつーの!


「とにかく任せたよ、エリクシア!必ず、ルアンタの情報を持って帰って来てちょうだい!」

「ええ、もちろんです!」

 私はデューナに力強く頷き返すと、指定の取引場所へと向かった。


         ◆


「ただいま戻りました」

「早えぇ!?」

 小一時間もしない内に戻った私を出迎えたのは、皆のそんな言葉だった。


「いや、別に早くて困る事は無いでしょう」

「そ、そりゃそうですけど……」

「でも、普通なら誘拐犯との緊迫する交渉風景やら、様々な言葉の裏を読み合う心理戦みたいな描写で、一話くらい使う所じゃないですか!」

 何を言っているのかね、君達は。

 まぁ、それっぽい事は確かにあったし、数人からの待ち伏せも受けたけれど、一瞬で終わらせたから特筆すべき事は無いに等しい。


「こちらは一刻も早く、ルアンタを探しに行きたいのですから、無駄に時間はかけられませよ」

「そりゃ、そうかもしれませんが……」

「しかし、よく犯罪者ギルドの連中に口を割らせましたね」

「ああ、簡単でしたよ。情報を吐くか、グッバイ・キ○タマするか選ばせただけです」

「キンッ!?」

 私の言葉に意味を理解して絶句した男達が、股間を押さえて後ずさった!


男にとって・・・・・、そういうのが一番効きそうな拷問ですからね」

 元男だったからこそ、その行為によって男が感じる恐怖と絶望がよくわかる。

 実際、目の前でも男性陣がガタガタと震えているし、効果は抜群だ。

「あの……まさか本当に、潰したりはしてないですよね?」

「……まぁ、脅しただけですよ」

 恐る恐る尋ねてくるオーガに、私はフッと小さく笑って答えた。


「いやぁ、あのダークエルフひとならやると思うぜ」

「脅しにしちゃあ、目がヤバいもんな」

「なんたって黒狼……じゃなくて、それを倒した女性ひとだし」

 脅しただけだと言っているのに、ヒソヒソと男性陣が声を潜めて言い合っている。

 そんな彼等に、「聞こえてますよ」と声をかけると、キャイン!と一声鳴いて、部屋の隅に逃げていった。

 まったく、人をなんだと思っているのだろう。


「だあぁっ!そんな犯罪者どものキン○マがどうなろうと、どうでもいいよ!ルアンタの居場所は、ちゃんと聞き出せたんだろうね!」

 お預けを食らってジリジリしていたデューナが、勢いよく口を挟んでくる。

「もちろんですよ。地図を……」

 そう指示すると、冒険者の一人が地図を持ってきてくれた。

 私はそれを広げ、ある一点を指差す!


「ルアンタが連れ去られた場所、それはこのドワーフ達の国です!」

「ええっ!?」

 指摘した私の言葉に、周囲から驚きの声が上がった。

「ド、ドワーフの国って、今は魔族の勢力圏の・・・・・・・!?」

 誰かが言った通り、私が示した場所は数年前に魔族に進攻され、奴等に支配されている地域だ。

 本来ならば、そんな場所に人間が入る事はあり得ないはずだが、犯罪者ギルドともなれば、一部の魔族と繋がっていてもおかしくはないのだろう。


「よし!それじゃあ、早速そのドワーフの国に行くとしようか」

「ええ、準備はできています」

「ちょ、ちょっと待った!」

 すぐにでも飛び出して行きそうな私とデューナを、他の者達が制止した。


「だから、そこはヤベーんすよ!」

「滅ぼした国レベルの規模を領有している魔族なら、かなりの数を従えている将軍クラスの上位魔族がいるかもしれないんですよ!」

「しかも、そんな奴は親衛隊として、三桁以上の手練れを配置しているに違いありませんぜ!」

 慌てて私達を止めようとする彼等に、私とデューナはひとつ頷いて笑いかける。


「大丈夫」

 全てを込めたそんな私の一言に、心配してくれていた皆は言葉を無くして、ポカンと立ち尽くしてしまった。

「むしろ、アタシ達が暴れた後に、領土奪還をする準備をしておくんだね!」

「そういう事です!」

 ルアンタを取り戻す為に、出口へ向かう私達。

 そんな背中に、誰かが「やだ……頼もしい……♥」と呟く声が投げ掛けられた。


「よぉし、行こうかエリクシア!」

「ええ!」

 大剣を背負うデューナと、拳をボキボキと鳴らす私。

 見送る者達の怯えた視線を背負いながら、私達は魔族が蠢く奴等の支配地に向かった。

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