第244話:後顧の憂いを断つ

 迎え撃つまでもない。


 くだ剣閃けんせんは炎熱の驟雨しゅううとなって瞬時に粘性液体の瘤砲弾りゅうほうだん射貫いぬいていく。


 終驟雨竜破閃虹ウ=ルズ・エクァンティオは、記憶が戻る前の十二将筆頭ザガルドアがルブルコスに対して放った技と同じだ。


 その完成度は似て非なるもの、ザガルドアのそれは奥義と呼ぶにはお粗末なほどに未完成だった。現継承者と破門されたかつての序列五位では比較にさえならない。歴然とした差が横たわっている。


 さらにロージェグレダムは魔剣アヴルムーティオをもって剣技を放っている。当然、威力も桁外けたはずれだった。


 穿うがたれた粘性液体の瘤砲弾が、瞬時に炎熱の力で気化されていく。気化したと同時に霧散むさん、ことごとくが大気へとかえっていった。


 第二解放時の星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが創り出す炎熱は、第一解放時の比ではない。


 第一解放時は主物質界で炎が持つほぼ最低温度に近い。それが第二解放時となると、およそ十数倍に一気に膨れ上がる。


 それに伴い色も変化する。第一解放時のそれが赤灼アルドゥルなら、第二解放時のそれは白麗エレヴロンだ。


 剣閃は消えない。驟雨しゅうう篠突しのつ白麗エレヴロンの雨へと姿を変え、なおも降り注ぐ。


 炎熱の針雨しんうは粘性液体の瘤砲弾を粉砕ふんさい、続けて高位ルデラリズの本体を崩しにかかる。針雨は空で進行方向と角度を自在に変えながら、次なる標的を高位ルデラリズの全身と定め、全方位からち抜いていった。


白麗エレヴロンの雨に撃たれたが最後、生き残ることなどできぬぞ。そして、ここからが本番じゃ」


 超高温の針雨が高位ルデラリズの身体を構築する粘性液体を無慈悲にぎ取っていく。断末魔さえ許さない圧倒的な力をもって残された核が眼前にさらけ出される。


 魔霊鬼ペリノデュエズの核には魔気まき邪気じゃきが含まれている。より上位になればなるほど双方の質も高まり、魔気に傾けば魔術への、逆に邪気に傾けば物理攻撃への適性が強くなっていく。


≪残念だがこやつは邪気に寄っている。邪魔な邪気だけ消し去ってやろう≫


 ロージェグレダムががビスディニア流の現継承者として放つ終驟雨竜破閃虹ウ=ルズ・エクァンティオはまさに一撃必殺だ。


 驟雨しゅううのごとくすさまじい速度をもって竜が翔け下り、敵をほふる剣技であり、剣閃けんせんが消えた時には全てが終わっている。


 一方で、剣匠として星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンをもって放つそれは三つの剣閃けんせんからる。


 すなわち三つの雨から構成される。一閃目は驟雨、二閃目は篠突く雨、そして三閃目は特殊な黄青雨プラムドだ。


「まだ終わっていないぞ。根核ケレーネルがある限り、決して滅びはせぬ。身体もこのとおりだ。すぐに復元する」


 高位ルデラリズは決してあきらめない。諦めるという思考そのものがないのだ。目の前の者を殺し、食い、えさとする。あるのはそれだけだ。


 その最適解を高位ルデラリズはすぐさま見つけ出してきた。


「ほうほう、面白い記憶があったわ。これならどうだ」


 粘性液体を剥ぎ取られた高位ルデラリズの身体から根核ケレーネルと七つの核が分離、保護するための粘性液体を失ってなお、禍々まがまがしい輝きを放ちながら宙に浮かんでいる。


 根核ケレーネルを中心にして、七つの核がまるで衛星のように周回している。


 まさに三閃目、黄青雨が放たれようとしたその時だ。高位ルデラリズの身体がたちどころに復元されていった。根核ケレーネルと七つの核もたちどころに体内へと再び取り込まれていく。


 そこに立つ姿を目の当たりにして、ロージェグレダムは思わず嘆息たんそくらす。顔には悲哀ひあい、そして後悔の念が貼りついている。


「随分前に食ったこの者の中にお前の顔があったわ。知り合いというわけでもあるまいに、何とも不思議だな」


 この高位ルデラリズには決して理解できないだろう。ロージェグレダムは胸内に仕舞っている根核ケレーネルに静かに手を当てた。


(こうなるは運命であったか。のう、ゴドルラヴァ殿よ)


 あの時のレスティーの言葉が浮かんでくる。レスティーは最後に言ったのだ。


≪ロージェグレダム、後顧こうこうれいは断て≫


 己の決断に間違いはない。今でもその想いに変わりはない。信念をもってそう言い切れる。


 れば一瞬で片づいていた。後顧の憂いなど心配する必要さえなかった。ロージェグレダムは斬らないと決めたのだ。己なりのすべをもって成し遂げると心に誓ったからだった。


 その結果が眼前に広がっている。ゴドルラヴァは高位ルデラリズに食われ、再びロージェグレダムとあいまみえているいる。かたや仮初かりそめの再構成された姿で、かたや血も肉も有する生ある姿で。


≪迷ってなどおるまいな。もはやあれはあの時の高位ルデラリズではないぞ≫


 当然だ。理解している。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンに指摘されるまでもない。


「儂はな、温厚なのじゃよ。たとえ敵であろうと、情けをもって苦痛を与えずに滅するのが心情じゃ。じゃがな、お主だけは決して許さぬ。儂の友を侮辱した罪は重いぞ、魔霊鬼ペリノデュエズよ」


 ゴドルラヴァの姿をまと高位ルデラリズ嘲笑ちょうしょうが響き渡る。


笑止千万しょうしせんばんだな。よもや魔霊鬼ペリノデュエズを友と呼ぶ者がいるとはな。矮小わいしょうな人が考えることなど理解しようとも思わぬが、これは笑いが止まらぬわ」


 ロージェグレダムの全身からすさまじい熱が立ち上がる。烈火のごとき怒りが彼をき立てる。


(星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンよ。儂は今一度鬼人ペリディオンとなろう。ゆえにお主に魔力を食わせることはできぬ。許せ)


 大きなため息が聞こえてくる。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンにしてみれば、もどかしいばかりだ。


 魔剣アヴルムーティオと使い手は対等でありながらも、各々の意思は全く別のところにある。魔剣アヴルムーティオに人の思考の全てを理解できるはずもないし、その逆もまたしかりだ。


≪貴様の好きにするがよかろう。一つ貸しだぞ。忘れるでないぞ≫


「今、ここで後顧の憂いを断つ」


 終驟雨竜破閃虹ウ=ルズ・エクァンティオの三閃はすなわち奥義の最終形、あらゆるものを滅するついの剣技でもある。


 触れたそばから全てを無に還す炎熱最高峰の剣技だ。ロージェグレダムは第二解放の星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンをもって放とうとしているのだ。


 白麗エレヴロンの雨はさらに温度を上げ、青白ルブレーシュと変じていく。大気が熱せられ、雪氷嵐せっぴょうらんでさえその余波で溶けていく。


 さすがに高位ルデラリズだ。対処が早い。即座に危険を察知、迎撃態勢に入ろうとしたところで、急激にその動きを止めた。むしろ、止められたと言った方が正しいだろう。


「何だと。馬鹿な、このようなことが」


 根核ケレーネルを通して、七つの核にいくら指令を送っても反応が返ってこないのだ。


 高位ルデラリズとロージェグレダムの脳裏に声が伝わってくる。高位ルデラリズにとっては忌々いまいましい、ロージェグレダムにとっては懐かしい声だった。


≪このときがくることをお前の体内で眠りながら待っていたのだ。必ずやロージェグレダム殿と対峙たいじするであろう。そう確信していたからだ≫


「ふざけるな。弱者は大人しく従っておればよいのだ。くそ、根核ケレーネルごと食われた弱者にこのようなことが。ま、まさか」


 そうだ。ゴドルラヴァの根核ケレーネルは既にロージェグレダムに差し出していたのだ。


 高位ルデラリズが丸ごと食ったと勘違いしても何ら不思議ではない。根核ケレーネルはそれほどまでに重要なものなのだ。それを自ら進んで、しかも人に差し出すなど、魔霊鬼ペリノデュエズにとっては想定外どころの話ではない。


≪ロージェグレダム殿、私を友と呼んでくれた唯一の人、貴殿にあの時の約束を果たしていただきたい。この力はまもなく失せる。その前に私をも≫


 ロージェグレダムはただ一度だけ小さく首を縦に振り、瞳を閉じていく。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンつかに添えるは両の手、ゆっくりと直上へとかかげる。


終驟雨竜破閃虹ウ=ルズ・エクァンティオ三閃槐黄青炎竜雨ユブラムラド


 ロージェグレダムが改良に改良を重ね、唯一命名した剣技だ。


 張り詰めた空気を切り裂くがごとく、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが振り下ろされる。


 その時、雪氷嵐は動きを止めた。大気は静謐せいひつのうちに眠り、一切の音も消え去った。

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