第242話:過去の遭遇と名づけ

 ロージェグレダムは魔霊鬼ペリノデュエズとの戦いにおいて、初めて見逃すという、ある種の暴挙に及ぶ。しかも高位ルデラリズったばかりの魔霊鬼ペリノデュエズを見逃したのだ。


 放置すれば、この先、いったいどれほどの被害が出るか。想像するまでもないだろう。滅ぼすことこそが賢明な判断であり、剣匠という立場からも成さねばならなかった。


 ロージェグレダムは剣匠としての使命と誇りを捨て、高位ルデラリズを解放するに至る。それは必然でもあった。


 なぜなら、その高位ルデラリズは己を盾にして人の命を救ったからだ。さらには、これまで一度たりとも人をえさとせず、依代よりしろとせず、共食いのみで高位ルデラリズにまで上り詰めていたからだ。


 ロージェグレダムと対峙たいじした高位ルデラリズは、まず彼に名を尋ねる。そして、己の最後をさとるる。


 戦いは望まず、己の命を進んで差し出してきた。ロージェグレダムを剣匠と知ったがゆえに。高位ルデラリズは名を有さなかった。代わりに知を有していた。


「お主はれんよ。この場より去ってくれぬか」


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンあきまなこで、もちろん表情があればだ、使い手たるロージェグレダムをとおしている。ロージェグレダムの意思を無視して自ら動くしかない。


 魔霊鬼ペリノデュエズは生かしておくべきではない。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンにとっての真の主はロージェグレダムではない。真の主の目的こそなのだ。


 率先して斬りかかろうとした矢先だ。魔霊鬼ペリノデュエズが言葉をつむぎ出す。


「どうか私の命に終止符を打ってほしい。私はもう疲れたのだ」


 その言葉に星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンは動きを止めざるを得なかった。


 魔剣アヴルムーティオとして数えきれないほどの魔霊鬼ペリノデュエズを滅してきた。の中で、このような言葉を心の底から吐き出した魔霊鬼ペリノデュエズは皆無だ。


 そもそも魔霊鬼ペリノデュエズは人にとって、決してあらがえない脅威だ。未知なる異物であり、排除すべき対象でもある。だからこそ魔霊鬼ペリノデュエズを命けで狩る一属さえ存在するのだ。


 それは一方通行の見方でしかない。魔霊鬼ペリノデュエズから見た場合はどうだろうか。もちろん、ほぼ全ての魔霊鬼ペリノデュエズが人は取るに足らないものであり、餌もしくは依代としか考えていない。


「私はこれまで人に姿を見せぬよう身をひそめて生きてきた。その中で次々と襲い来る同族を相手に幾度も死線をくぐり抜けてきた」


 淡々と語る口調にロージェグレダムも星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンもいつしか聞き入っている。


「私とてこの姿で生まれたくて生まれたわけではないのだ。魔霊鬼ペリノデュエズという呼び名も人が勝手につけたもの。私たちはそもそも名など持たぬ存在だ」


 ロージェグレダムは驚いていた。その言葉に間違いはない。魔霊鬼ペリノデュエズという呼称はあくまで人と区別するため、差別するためのものにすぎない。


 いつからその呼称が広まったかも分からない。そもそも、魔霊鬼ペリノデュエズの誕生過程は誰にも理解できていないのだ。


 驚いたのはそこではない。この魔霊鬼ペリノデュエズがその事実を知り、また言葉にしていることだ。相当の知を有している。この魔霊鬼ペリノデュエズの生涯にロージェグレダムはいたく興味をいだいてしまっていた。


「ここで剣匠たる貴殿に出会ったのも運命であろう。この命、貴殿に差し出そう。私をこの苦しみから解放してほしい」


 魔霊鬼の言葉が胸を深くえぐっていった。ロージェグレダムは無論のこと、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンでさえその動きを完全に止めてしまっている。


 これが魔霊鬼ペリノデュエズ狡猾こうかつな罠だったらなどとは一切考えられなかった。完全に思考外だ。魂の叫びとでも言うのか、それほどまでに心の奥底から絞り出した言葉だった。


 ロージェグレダムは思わず天をあおいでしまった。しばらくその姿勢を維持する。おもむろに顔を戻し、再び魔霊鬼ペリノデュエズと相対する。


 ロージェグレダムと魔霊鬼ペリノデュエズ、互いの視線が交差する。


「先ほども言ったとおりじゃ。済まぬ。儂にお主は斬れぬ」


 ロージェグレダムにとっても、このような思いを抱くのは初めてのことだ。本来ならば迷わず斬るべきであり、相手もそれを望んでいる。わざわざ命を差し出してきている。心を鬼にすべきだろうか。胸の内に葛藤がよぎる。


(大師父様、儂はどのようにすればよろしいのか。この者を前に、儂は初めて斬ることを躊躇ちゅうちょしてしまいました)


 大師父たるレスティーに答えを求めたわけではない。思ったままを心の中に浮かべたまでだ。


≪そなたの思うがままにするがよかろう。この者と呼んだ時点でそなたの心は決している≫


 少しの間が置かれた。レスティーにとってさえ、判断に遅滞を生じさせる出来事であったか。知るよしはない。


≪承知いたしました、大師父様≫


 明確な指示だった。ロージェグレダムの迷いはそこで吹き飛ぶ。


 思うがままにしろ。それはすなわち判断は任せるということだ。何よりも数呼吸置いた後の言葉だ。そのためには、今すぐ滅するのが最善だ。


≪儂なりのすべをもって成してみせまする。ご容赦くだされ≫


「名はないと申したな。では、儂が授けようではないか。言葉を交わすに、意外と不便でな。その前に、儂は三剣匠が一人にしてビスディニア流現継承者のロージェグレダムじゃ」


 あまりの予想外の展開に魔霊鬼ペリノデュエズも固まっている。


「ロージェグレダム殿は何を考えているのだ。人にとって魔霊鬼ペリノデュエズは共通の敵であろう。滅ぼすべき対象であろう。私と話をするなど詮無きこと」


 ロージェグレダムは静かに首を横に振る。そこに言葉はない。不要なのだ。魔霊鬼ペリノデュエズの姿を見れば分かる。表情には映らない、その奥底に隠れているものが全てを物語っている。


「ゴドルラヴァでどうじゃ。お主に異存がなければじゃが。そして、尋ねたい。先ほどの人を救ったお主の技じゃ」


≪貴様、その名は≫


 ロージェグレダムをつかを強く握ることで星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを黙らせた。そこには強固な意思が感じられる。


「貴殿は実に不可思議だ。私の想像を越えてくる。人とはかくも不思議な存在なのだな。その名、喜んで頂戴しよう」


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンはロージェグレダムの意思を受け入れるしかなかった。黙したままだ。


肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュという。私は己の身体に取り込んだもの全てを武器にできる。一度取り込めば複製はもちろん、変質させたうえで異なる形状にもできる」


 うなづきつつロージェグレダムは熱心に聞き入っている。実は先ほどから手合わせしたい衝動がおさえられなくなっているのだ。


 肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュは攻防一体の完璧な技だ。取り込んだものを攻撃にも防御にも回せる。しかも攻防を同時に可能としている。先ほど目にした身体から複数の武器を射出する攻撃は、その一部でしかないということだ。


「ゴドルラヴァ殿よ、手合わせ願いたい。肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュを実際に見てみたいのじゃ。無論、手加減抜きでな」


 さすがにこの言葉にはあきれるしかない。


 実力差は承知している。肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュを撃ったところで通用しないことは分かっている。手合わせする意味などないはずだ。それをあえて求めてくるということは、何がしかの考えがあるのだろう。


「貴殿には何か考えがあるのだろう。一度だけなら。手加減なしの肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュをお見せしよう」


 魔霊鬼ペリノデュエズことゴドルラヴァも、ロージェグレダムとの手合わせが楽しみになってきているのだ。


「それは重畳ちょうじょうじゃ。よろしく頼む」


 ゴドルラヴァが大地に転がる剣を一本拾い上げる。その切っ先は己自身に向けられている。


「見ていて気持ちのよいものではないが」


 切っ先を口の中に押し込んでいく。傷もつかない。血も出ない。さすがのロージェグレダムも目を見張っている。遂には剣の全てが体内へと消えていった。


「今の私にできる最大本数をもって撃ち出そう。いざ参る」


 全身が急速に圧縮されていく。ロージェグレダムのゴドルラヴァを見る目が変わった。獲物えものを仕留める際の目だ。


 冷涼なきらめきを放つ二つのまなこが一つ目の弱点を見つけ出す。


 限界まで圧縮された身体は即座に伸張に転じ、炸裂音と共に一瞬にして弾けた。無数の剣がロージェグレダムめがけ射出されたのだ。


「二つ目じゃな。それでは儂に届かぬぞ」


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが真下から真上に向かって振り抜く。その際にわずかばかりの魔力を注ぎ込む。


 襲い来る剣の数は五十だ。そのことごとくが大地より勢いよく立ち上がった砂礫されき槍柱そうちゅうによって撃墜されていった。


 まさしく地中からの対空砲火だ。しかも砂礫は炎熱によって凄まじい硬度となり、ゴドルラヴァが放った五十の剣を完璧に粉砕していったのだ。

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