第241話:魔霊鬼の核の性質

 高位が射出した剣は既に半数以上の岩柱を粉砕ふんさい、さらに残りもくだかんと疾駆しっくする。勢いはいささかも衰えていない。


 全て粉砕してしまえば、次の標的はロージェグレダムだ。


「残念じゃがわしには永遠に届かぬよ。なぜなら」


 岩柱は不規則に乱舞している。剣はあますことなくそれらをとらえて破砕はさいしているように見える。


 実はそうではないのだ。不規則の中の規則性、それを高位ルデラリズは見分けられていない。


 参之峰輪ドゥライェリゲ肆之峰輪アフィーリゲ、同時に放たれたがゆえに、二つの差異に気づかなかった。


 岩柱を並べて比較すれば一目瞭然だ。肆之峰輪アフィーリゲのそれは、参之峰輪ドゥライェリゲよりもわずかに短く、円の直径も小さい。さらに肆之峰輪アフィーリゲにのみ魔術が付与されている。


 相手は高位ルデラリズだ。じっくり観察する時間さえあれば、簡単に見抜けただろう。


 壱之峰輪エイシュリゲ弐之峰輪ツァヴュリゲは時を与えないためのおとりにすぎない。だからこその遊びなのだ。


 結果としてどうなるか。視覚に錯覚が生じる。参之峰輪ドゥライェリゲはもとより粉々こなごなになる運命でしかない。


 参之峰輪ドゥライェリゲに寄り添うように隠された肆之峰輪アフィーリゲこそが本命だ。


 空をける高位ルデラリズの剣を全てすり抜け、その身体へと到達した。


「この程度を見抜けぬとはの。なげかわしい」


 五十近い鋭利な岩柱が直撃、全ての剣を撃ち出してしまった身体を穿うがつのは容易い。容赦なく貫通した岩柱が高位ルデラリズを動けぬほどに大地へいつけていく。


 いくら炎と熱への耐性が強いとはいえ、全身くまなくとらえられ、いっせいに炎熱を噴き上げる岩柱からは早々逃れられるわけもない。


 粘性液体の身体を完璧に気化させることは不可能だ。だからこそ、ロージェグレダムは遊びの最終段階に移行する。すなわち最後の岩柱群を用いる。


 一方で縫い留められながらも叫声を上げ、激しくもがく高位ルデラリズの剣はいまだ生きている。それらが一本も欠けることなくロージェグレダムに到達した。


伍之峰輪ヒューフリゲ


 今度は射出ではない。真逆だ。全ての円錐岩柱が大地に沈み込んでいく。これでロージェグレダムを護るものは何もなくなった。五重の岩柱は全て解き放たれた。


 発動と同時、右手に握った星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを左からぎ払う。直後、大気が激しく揺れた。


 魔剣アヴルムーティオによる風圧が揺らぎを生み出し、高位ルデラリズの放った剣の軌道をさまたげる。さらには炎熱の力により急速に大気が熱せられていく。


「終わりじゃな」


 無数の剣がかえってわざわいした。空で行き場を失った剣同士が互いに衝突、次々と自滅していく。衝突を避けた剣も熱膨張による影響からは逃れられない。


 はじけた大気が飛来する剣を勢いよくちつけ、鋼鉄にも匹敵する硬度の粘性液体を還元かんげんしていくのだ。


「何が起こった。一本の剣すら届かなかったというのか」


 高位ルデラリズの表情に変化はない。その身体が僅かばかり震えている。この戦いが始まって初めて見せるおののきだった。


「まずは一つ目と行こうか」


 大気の次は大地だ。高位ルデラリズを取り囲むようにして極小範囲で縦揺れが発生、轟音ごうおんともなってそそり立つは一本の焔槍えんそうと化した岩柱だ。


 目で追えないほどの超高速をもって高位ルデラリズの身体を貫き、そのまま空へと抜けていった。同時に身体から飛び出したものがある。漆黒に染まった双三角錐そうさんかくすいの結晶だ。


 甲高い破砕音が響き渡る。高位の身体が前のめりに大きくぐらつく。


 肆之峰輪アフィーリゲによって大地に縫いつけられている高位は膂力りょりょくの限りを尽くし、それらを強引にぎ取っていった。


 決して倒れない。ひざをつくことは許されない。己の沽券こけんに関わるからだ。


「なぜだ。なぜ必殺の奥義で倒せぬ」


 高位ルデラリズ中位シャウラダーブ以上に、核を体内に複数隠し持つ。なったばかりなら少なくとも五つの核を、さらに強さを増し、共食いを重ねてきたものなら優に十を超える。


 ロージェグレダムと対峙たいじしている高位ルデラリズは相当の手練てだれ、考えるまでもなく十以上の核を有しているに違いない。


 剣を創り出す際、躊躇ためらわず一つの核を犠牲にしていることからも明らかだ。今、二つ目の核を破壊した。


 二度と再生できなくするには、すなわち高位ルデラリズの死を意味する、根核ケレーネル完膚かんぷなきまでに潰滅かいめつさせなければならない。


(手っ取り早く済ませたいところじゃが、大師父様からの厳命じゃ)


 ロージェグレダムとルブルコスの二人がわざわざ単独行動で高度三千メルク地点まで上ってきたのには、れっきとした理由がある。


 一つは必ずや待ち構えているであろう高位ルデラリズを滅すること、一つは滅するうえで根核ケレーネルのみを必ず正常な状態で残すこと、一つはその根核ケレーネルを用いて特殊結界を発動させたうえで完全に破壊すること、この三点が三剣匠たる二人にのみ課せられた重大な密命だったのだ。


 もう一人の剣匠たるヨセミナには別の重要な任務が与えられている。それも後ほどすぐに分かるだろう。


≪よもや、できぬとは言わないであろうな。貴様のことだ。根核ケレーネルを真っ先に破壊したいのであろう≫


 さすがによく分かっている。何百年もの歳月を共に過ごしてきたのだ。呪いの魔剣アヴルムーティオと称される星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンをこれほど長く持ち続けたのはロージェグレダムが初めてだ。


 ロージェグレダムをもってしても、自分勝手で好き放題に行動する星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの制御にはほとほと手こずった。


 何度も対立し、互いに激闘を繰り広げたことさえある。それらをて、今や欠かせぬ相棒となっているのだ。


ふたもないの。無論、大師父様のお言葉は絶対じゃ。お主の力、見せるがよい」


 再びの大地の震動、岩柱が槍柱そうちゅうと化し、次々と地中から飛び出す。矢継ぎ早に高位ルデラリズの全身を串刺しにしていく。


 伍之峰輪ヒューフリゲの二撃目は高位ルデラリズの三つの核を穿うがっていた。身体から突き抜けたそれぞれの核が粉砕ふんさいされ、黒きもやあふれ出す。


 音は一切ない。雪氷嵐せっぴょうらんに吹き散らされ、せていくさまは断末魔を上げているようでもあった。


「お主、えておるか。根核ケレーネルを除き、残りは幾つじゃ」


≪まさか余に問うておるのではあるまいな。貴様こそ、しかとえているのであろうな≫


 当然、ロージェグレダムにも星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンにもはっきりえている。


 根核ケレーネルを除く残数は七つだ。問題は星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの食欲だった。


 高位ルデラリズ自らが創り出した最初の核は無視するとして、ロージェグレダムは核の中でも弱い順に破壊していっている。魔食いたる星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの食欲を満たすため、あえて強い核を残しているのだ。


 良質の魔力たる核を幾つ食わせるべきか。そして、その中の一つにロージェグレダムが求めるものもじっている。それだけは食わせるわけにはいかないのだ。


「七つじゃ。儂にはかの者が封じられた核がいずれか分からぬ。くやしいの」


 落胆するロージェグレダムを見るのは久方ぶりになる。


 主物質界において三剣匠、三賢者はまぎれもなく最強だ。剣匠は剣を主とする武具を、賢者は魔力を主とする魔術を、それぞれ扱うことにけている。


 無論、剣匠ともなれば魔剣アヴルムーティオを自在に扱うことから魔力にもひいでている。それは魔術師と比べるものではない。


 魔霊鬼ペリノデュエズの核、特に上位の核には過去に依代よりしろとしたもの、共食いしたものの複数魔気が混在している。しかも体内で核は分裂しては融合を数度繰り返すため、一つの核に封じられているとは限らないのだ。


 剣匠のロージェグレダムでさえ、気に留めている者の魔気がどの核に封じられているか見抜けない。恐らく三賢者であろうと正確に見抜くのは難しいだろう。


≪余に頼らぬか。あ奴の魔気は余が戦ったがゆえに知っておるのだぞ≫

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