第240話:餓双牙棘剣殺襲の謎

 ロージェグレダムを中心にして、円錐岩柱えんすいがんちゅうは五重構造で展開されている。隙間すきまなく埋め尽くされたその最外側だ。数にして百を超える円錐岩柱がいっせいに弾け飛んだ。


 空をりながら高速飛来する岩柱の鋭利な先端が次第に熱を帯びていく。放たれてからわずか一フレプトにも満たない。岩柱はおよそ三百七十ルシエの灼熱をその身にまとった。


 周囲の雪氷せっぴょうを気化させながら、高位ルデラリズの全身をくまなく穿うがっていく。鋼鉄にも劣らぬほどに硬化していようともお構いなしだ。


 百余の灼熱岩柱をまともに食らった高位ルデラリズは立つことさえできず、くずおれていく。崩壊した腕から核をもって創り出した剣が落ちる。


 それで終わったわけではない。互いにとって、という意味だ。


 高位ルデラリズは決して死なない。核を全て破壊し尽くすまで何度でも復活する。今も崩壊した身体が次々と再生されていく。


 穿たれ、高熱であぶられようとも粘性液体は決して気化しない。当然、熱耐性も強い。液体は液体の状態を維持し続け、純白の雪をらしていく。白はたちどころに黄土に染まり、溶け出した液体が体積を増しつつ再集結、固まっていくのだ。


「ふむ、やはり一瞬か。再生能力だけは大したものじゃな」


≪遊んでおる場合か。向こうが先に終わるではないか。遅れを取ってどうするのだ≫


 つか、ロージェグレダムの視線が大峡谷の対岸に向けられる。吹き荒れる雪氷嵐せっぴょうらんの内側、そこに一際ひときわ輝く四つの色が見え隠れしている。


 まぎれもなく氷雪狼ルヴトゥーラが舞い踊る姿だ。


「問題ない。ルブルコスも遊んでおるところじゃからな」


 氷雪狼ルヴトゥーラ氷蛇セヴェニエムと並んで、ルブルコスが好んで使役する氷精獣グラフェオであり、いずれも力の優劣で見ると下から数えた方が早い。


 だからこそ、ロージェグレダムは遊びと言っているのだ。


「とはいえ、あ奴もえげつないものよ。氷雪狼ルヴトゥーラに引き裂かれ、再生をも許されず滅ぶのじゃからな」


≪余に言わせれば、貴様が甘すぎるのだ。あの二人を見よ。苛烈かれつなまでの容赦のなさだ。貴様も見習ったらどうだ≫


 実力伯仲はくちゅうの三剣匠はその性格において実に三者三様、己自身にも弟子など身内にも、そして敵にも厳しいのは同様だ。


 その中にあって、最年長たるロージェグレダムは歳を重ねるとともに丸くなっていった。義理人情に厚く、敵にさえその理由如何いかんで同情心をも持つようになっている。彼の中で何が変わったかは分からない。触れられたくない過去も多々ある。


「それが儂の生き方じゃよ。変えるつもりもないでな。さて、奴の準備も整ったようじゃ。第二段階といこうか」


 再生を完璧に終えた高位ルデラリズが剣を手に立ち上がっている。初めて構えを見せる。


「よい攻撃であったわ。だが、致命の一手とはならなかったな」


 異様な構えだった。明らかに剣技における型ではない。右手に持つ剣の剣身は不透明の濁った刃からり、切っ先を己自身に向けているのだ。やや斜めに倒した剣は剣身から邪気を放っている。核が有する力の一つだ。


「あの構え、繰り出した技からしてそうであろうと思っていた。無念であろう」


 すぐに応答のある星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンから言葉はない。気遣きづかっているのか、いずれにせよ黙っていてくれる方が気が楽なのは間違いない。


弐之峰輪ツァヴュリゲ


 四重となった再外側だ。またも円錐岩柱が射出された。今度は四方からの攻撃ではない。上空めがけて高く撃ち出されたのだ。はるか頭上まで到達、およそ百の岩柱がそこで方向転換、全ての先端部分を高位ルデラリズに向けた。


 空に浮かぶ岩柱は三列横長の隊形を組み、合図を待っている。


「さあ、踊ってみせよ」


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンかかげたロージェグレダムの右手が振り下ろされる。高位ルデラリズ壮観そうかんな眺めだとばかりに、油断なく岩柱の列を一瞥いちべつ、剣を両手持ちに変える。


「全て受けてやろうぞ。来るがよい」


 ロージェグレダムもこの程度の攻撃ごときで、高位ルデラリズを相手にどうこうできるとは思っていない。一見、意味のないように思えて、彼には明瞭な目的がある。それを確かめるためのものなのだ。


 三列の内の真ん中、並列の岩柱が中心部から順次横に広がりながら放たれていく。その様子を確認、高位ルデラリズ泰然たいぜんとしたまま両手持ちの剣を自らの腹に突き立て、静かに押し込んでいった。


 出血は一切ない。さらには切っ先が背を突き破ることもない。遂にはさやまで剣を丸ごと一振ひとふみ込んだ。


「やはりな」


 ロージェグレダムのつぶやきがれる。


 先ほどと同様、熱を帯びた岩柱がすさまじい勢いで次々と高位ルデラリズに襲いかかった。空に耳を覆わんばかりの破砕音はさいおんとどろく。雪氷嵐に加えて土煙つちけむりが周囲を覆い尽くし、視界を完全にさえぎる。


「食ったな、かの者を」


 土煙が雪氷嵐に流され、僅かばかり視界が戻ってくる。射出された岩柱のことごとくが粉々こなごなになって、無残にも大地にばらかれていた。


 ロージェグレダムの声には静かな怒りがめられている。かたや高位ルデラリズはその場で微動だにせず、両手を前方に突き出す恰好かっこうの姿勢を維持している。


「その技、餓双牙棘剣殺襲ファニクロベアは、あ奴の得意技であった」


 またも星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンからの反応はない。


 魔剣アヴルムーティオとその使い手は互いに機微に触れる。魔剣アヴルムーティオは人としての心を持たない。一方で魔力を介することで、使い手と心の内でつながっている。その深い部分を知ることで魔剣アヴルムーティオも自ら成長していくのだ。


 ラ=ファンデアのような極めて特殊な魔剣アヴルムーティオは例外中の例外として、人の心を知るようになった魔剣アヴルムーティオは使い手との会話をも可能としていく。


 高位ルデラリズの全身からは呑み込んだ刃が切っ先を外側に向けて突き出している。しかも一振りではない。無数に分裂し、全身が剣の棘状とげじょうと化しているのだ。襲来した岩柱をことごとく粉砕ふんさいしたのもこれが原因だ。


 ロージェグレダムはなおざりに星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを振り上げ、また無造作に振り下ろした。感情は全くせていない。淡々と始末する。その決意の表れでもあった。


 宙に浮かぶ残り全ての岩柱がロージェグレダムの静かな怒りに呼応する。白煙を生じ、そして熱をき散らし、炎を次々と生み出していく。


「簡単にはめっさぬ。羽をもぐがごとく、緩慢のうちに全ての核を一つずつ破壊してやろう」


 昔のロージェグレダムに戻ったかのようだ。彼こそ三剣匠にあって最も峻烈しゅんれつな男だった。今の彼からは想像もつかない。


 当時、ロージェグレダムの前に立つことはすなわち死を意味していた。敵味方問わず、誰もが恐怖したという存在なのだ。


 好々爺こうこうやとした表情に変化は見られない。その内側で激しい炎を燃やし続けている。


 残り全ての岩柱が炎熱の尾を引きながら高位ルデラリズに射出された。順次展開ではない。全てがいっせいに、しかも炎熱の力をもって高位ルデラリズの棘上の身体に激突する。


 凄まじい衝撃がけ抜け、高位ルデラリズの身体を後方へ吹き飛ばす。さらに硬化した粘性液体の身体を炎が包み込み、高熱をもって溶かしにかかった。


「同じか。やはり炎と熱への耐性が高いようじゃな。ならば、これならどうじゃ」


 円錐岩柱の攻撃はまだ三重も残されている。ロージェグレダムが第三段階の攻撃に入る。


参之峰輪ドゥライェリゲ肆之峰輪アフィーリゲ、続けて行くがよい」


 最内を除く、およそ二百の岩柱が瞬時に放たれた。四方八方、不規則に乱れ飛ぶ。


「その程度か。つくづく甘く見られたものだ」


 高位ルデラリズの身体が再び圧縮されていく。


「こちらも見せよう。餓双牙棘剣殺襲ファニクロベアの演舞をな」


 圧縮された身体が一気に膨張、突き出した無数の剣が対空砲火とばかりに迎撃に入った。炎熱の岩柱とそれをくだかんとする剣が次々と激突し、空に土煙を巻き上げる。


 さすがに核一つを犠牲にして創り上げた剣だ。その硬度は尋常じんじょうではない。岩柱はいとも簡単に砕け散り、対する剣はその勢いを殺すことなく、残りの岩柱をも容赦なく砕いていった。

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