第239話:互いの奥義の激突

 身体のしぼみは限界を迎えようとしている。


 およそ四メルクあった横幅が通常の人と変わらない程度、すなわち四十セルクまでしぼりきられていた。自身の膂力りょりょくをもって圧縮に圧縮を重ね、身体を構成する粘性液体を鋼鉄にも匹敵するぐらいに固めたのだ。


「これを見せるのはお前で二人目だ。もはや出し惜しみはするまい」


 面白いものを見たとばかりにロージェグレダムは笑いだす。さすが高位ルデラリズめたいところではある。


「いささか頭は悪そうじゃ。それでよいのか。いや、よくないと思うのじゃが」


 魔霊鬼ペリノデュエズにはロージェグレダムの真意が分からない。何がよくないと思うのか。


 しかも、こちらの言葉を聞いていなかったのだろうか。見せたのは二人目、そのうえで自分はここに立っている。一人目がどうなったかは自明の理だ。


「何を自問自答している。お前の命運はここに尽きたのだぞ」


 ロージェグレダムは剣身の消えた星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを再び突きつけ、言葉をつむぐ。両のまなこあわれなものを見ているかのようでもある。


「その方、高位ルデラリズであろう。多少なりとも知恵はあるはずじゃ。それでも理解できぬとはな」


≪このような雑魚ざこ、どうでもよいであろう。説明の時さえ無駄むだだ。早々に滅してしまおうぞ≫


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが催促してくる。ロージェグレダムが最初に注ぎ込んだ魔力以上に活性化している。魔力循環が強まっているのだ。


「吸収し尽くしたようじゃな。相変わらずの早さよの」


 これこそが滅するもう一つの目的だ。先ほど気化させた魔霊鬼ペリノデュエズの肉片は魔気まき邪気じゃきから構成され、さらに魔気は魔力から生成されている。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンった相手の魔力のみを吸収、己のかてとするのだ。魔剣アヴルムーティオにあって星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンのみが有する固有能力であり、どの程度が糧となるかは魔力質による。


 魔霊鬼の魔気はいびつけがれている。糧としては微々たるものだ。それが大量となれば話も変わってくる。


不味まずいことこの上なし。口直しが必要だ。もっと良質の魔力を食わねばならぬ≫


 食うかどうかはさておき、不味いという点に関しては全く同感だ。魔霊鬼ペリノデュエズの魔気など触れたくもない。


「お主、良質の魔力と言うが、ここにそのようなものはないぞ」


 魔剣アヴルムーティオが欲する良質の魔力とは言うまでもない。高位魔術師などが有する練度の高い魔力か、あるいは魔術宝具などにたくわえられた純度の高い魔力だ。


 それらは容易に手に入るものではない。そして、ここには高位ルデラリズしかいない。


≪あるではないか。貴様の眼前にこそな。よもやえていないなどと言うまいな≫


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンはそれを食わせろと言っているのだ。それが何を意味しているかはロージェグレダムも理解している。


 確かに、ロージェグレダムと星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンなら高位ルデラリズが相手であろうと容易たやすい。それをすことは、当初の目的と相反あいはんする。


 ロージェグレダムは決断した。


「儂を誰だと思うておる。当然視えておるわ。やれるのであろうな」


 今度は星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの番だ。鼻で笑うがごとく、余裕の態度で応答が返ってくる。


≪貴様こそ余を誰だと思っておる。余こそ、威風堂々たる主様の寵愛を受けし魔剣アヴルムーティオなるぞ。崇敬する主様に≫


 最後まで言わせない。鬱陶うっとうしいとばかりに打ち切る。ロージェグレダムは剣身が消えたままの星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンをすかさずひるがし、上段へと移行した。


≪こら、何故なにゆえに余の言葉を断ち斬るのだ。不敬にもほどがあるぞ。おい、聞いておるのか≫


 文句を垂れてくる星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを無視して、ロージェグレダムは深い呼吸とともに、先ほどとは比べようもないほどの魔力を一気に注ぎ込んでいく。


高位ルデラリズよ、儂も言っておこう。この奥義を見せるは必殺の誓い、いまだ生き残った者は皆無じゃ」


 いな、ただ一人いる。それを口にする必要はない。


「面白い。いずれも必殺、撃てば必ず死に至る。どちらが優れているか、試してみようではないか」


 高位ルデラリズは全身に魔気と邪気をみなぎらせていく。まずやることは最も重要な核を最大強化することだ。


 今や粘性液体は剣で斬れないほどに圧縮され、それ自体が堅固けんご要塞ようさいと化している。


 さらに核の周囲を魔気と邪気を混合した魔邪層をもって分厚ぶあつく保護する。これにより最上級魔術でさえも防ぎきるほどの状態となったのだ。


 その様子はロージェグレダムも星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンとらえている。


 互いに手の内は隠さない。一撃必殺の奥義の撃ち合いでは、隠す意味もないからだ。


 だからこそ、ロージェグレダムも見せる。


 上段に構えた星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが震えている。呼応するかのように大地もまた震え、雪煙ゆきけむりが全て吹き飛ばされていく。


 揺れはさらに大きくなり、岩盤が隆起りゅうきを始めた。ロージェグレダムを中心として、先端が鋭利な円錐岩柱えんすいがんちゅうが立ち上がる。


 高さはおよそ一メルク、円の直径はおよそ三十セルク、それが五重になってロージェグレダムの周囲に展開されていく。


≪余の最も得意とする奥義を使うとは。貴様、本気だな。よかろう、その想いに応えようではないか≫


 隆起した土砂が星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの剣身部分に吸い寄せられていく。


「儂が何故なにゆえ槐黄えんこうの剣匠と呼ばれるか。その身でとくと味わうがよい」


 次第に剣身があらわになっていく。ラ=ファンデアと全く同じ事象だ。やいばを形作るのははがねではない。土砂が刃を生み出していく。


 槐黄えんこうの輝きを放つ刃は濃淡あわせ持ち、使い手の意思で剛柔ごうじゅう自由自在、さらに様々な形状をまとうことができる。


 何よりも、ロージェグレダムが大地にその脚をつけている以上、無敵と言っても過言ではない。


「それがお前の奥義か。剣匠の名は伊達だてではないということか。ならば、こちらも本気を出そうぞ」


 高位ルデラリズがおもむろに右腕を持ち上げると、自らののどに押し込んでいった。ロージェグレダムは黙して見ているだけだ。あくまで高位ルデラリズの準備が整ってからというていを崩さない。


 何をしているかも分かっている。かつて相対した魔霊鬼ペリノデュエズの中にも、この手のやからはいたのだ。体内で何かを生成する。生成されるものは、魔霊鬼ペリノデュエズの特性次第で変わってくる。


 高位ルデラリズの右腕はひじのつけ根辺りまでが喉奥へと埋め込まれている。それを今度はゆっくりと引き抜く。


 その右手には一振りの剣が握られていた。


「待たせたな。一つの核を犠牲にして創り上げたこの剣でほうむってくれよう」


 高位ルデラリズもまたロージェグレダムが仕かけてこないとんでいた。


 強者であればあるほど、攻撃の絶好の機会であろうと待つことを選ぶ。魔霊鬼ペリノデュエズからしてみれば、明らかに異常な思考だ。倒せる機会をむざむざ放棄しているのだ。


 人の行動は全く理解できない。無論、理解しようなどとも思わない。なぜなら、魔霊鬼ペリノデュエズにとっての人は餌であり、依代よりしろであり、そして弱者だからだ。


≪片腹痛いわ。核一つ犠牲にした程度の剣で余に勝てると思っているとはな。どのように滅してくれようか≫


 槐黄えんこうに染まった剣身が激しく明滅を繰り返している。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが興奮しているのだ。


 要因は力量を見誤り、たかが核一つで創り上げた剣をもって勝負に挑んできた高位ルデラリズの愚かさに対する憤怒ふんぬであり、その程度と甘く見られた屈辱でもある。


「そう興奮するでないわ。あの程度なら致し方なしよの。滅する前に、少々遊んでみようではないか」


 さらに明滅速度が大きくなる。それは無言の抗議か。


 ロージェグレダムは意にも介さず、上段に置いた星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを軽く振り下ろす。


壱之峰輪エイシュリゲ、行くがよい」

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