第238話:星煌剛玉破晶剣の第一解放

 不規則にただよっていた肉片にくへんが宙で静止、ロージェグレダムを標的と定め、いっせいに放たれる。


 雪氷嵐せっぴょうらんで視界が悪い中、圧倒的物量をもってつぶす算段だ。


 さらにたちが悪いのは、肉片に取り込まれたが最後、跡形もなく消化吸収され、男の養分となってしまう。身体に触れさせるわけにはいかない。ロージェグレダムは三剣匠の一人だ。その程度のことは常識として把握している。


高位ルデラリズともなれば再生も一瞬か。それさえ許さぬほどに潰すしかあるまいな」


 面倒だとばかりにため息をつくロージェグレダムだった。視界を完全にさえぎって四方八方から迫り来る肉片の一群に対し、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンで迎撃する。


 ロージェグレダムは身長と同じ長さの魔剣アヴルムーティオわずかばかり魔力を流し込んだ。そう、嫌々ながらにだ。理由はすぐに分かる。


 久方ぶりの魔力を浴びて、星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが歓喜の声を上げる。文字どおり、声を発したのだ。


≪貴様、ようやく魔力を注ぐ気になったか。遅い、遅いぞ。遅すぎる。余は魔力をもってこそ真の威力を発揮するのだぞ。分かっておるのか≫


 だから嫌なのだ。魔剣アヴルムーティオとしての星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの性質、それは過ぎる魔力食らいだけではない。


 おしゃべり好きなのだ。それも大が複数つくぐらいに。こればかりは如何いかんともし難い。


 ロージェグレダムは大師父たるレスティーに懇願したものだ。何とかならないのかと。レスティーは僅かに笑みを浮かべ、首を横に振るだけだった。その時のロージェグレダムの落胆ぶりときたらだ。


 さらに深いため息を一つ、仕方なく応じる。


「うるさいわ。だから、お主は嫌われるんじゃ。呪いの魔剣アヴルムーティオとか言われる所以ゆえんよの」


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンは実に扱いの難しい魔剣アヴルムーティオだ。魔剣アヴルムーティオは当然ながら魔力を注ぎ込むことで能力を開花させる。


 魔力を注げば、別の意味での能力も発揮する。飽くことなきお喋りの始まりだ。しかも、喋り続けている間、常に魔力を食らうのだ。


 それゆえの呪いの魔剣アヴルムーティオ、使い手が転々と変わっていく要因の一つともなっている。あくまで副次的要因ではあるが。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの意識が肉塊の男に向けられる。ロージェグレダム同様、あの姿を目にすれば意欲がえるというものだ。深いため息がれる。


みにくい、醜すぎるぞ。魔霊鬼ペリノデュエズごときが、今すぐ滅したい。早々に片づけようではないか。よし。余に万事任せよ。貴様は常に魔力を注ぐだけでよいぞ。いくぞ≫


 萎えているとはいえ、放置するはずもない。すれば、久方ぶりに注ぎ込まれた魔力を堪能できなくなる。使い手そっちのけにして自ら率先して行動する。そこもまたロージェグレダムの悩みの種だった。


「お主、勝手に動くでないわ。滅するに変わりはないが、少しは待たぬか」


 これでは立場が逆ではないかと思うロージェグレダムだった。はや魔剣アヴルムーティオを苦労してなだめつつも、飛来する肉片を待ち構える余裕はない。全方位から押し寄せてきているのだ。


み込んでくれようぞ」


 あざけりにも似た笑みを浮かべ、男の両手がかかげられる。


≪来るぞ。早々に余を解放するのだ≫


 剣身が音を立てて大きく揺れている。星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンが今にも襲いかからんと殺気だっているあかしだった。何しろ醜悪なものを毛嫌いする。すぐさま滅したくて仕方がないのだ。目的はもう一つある。


「よかろう。存分に食うがよい」


 右手一本、ロージェグレダムが星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンつかを握り、魔霊鬼ペリノデュエズに向けて突き出す。


≪その言葉、待ちびたぞ≫


 剣身の揺れが収まり、音も静寂へと移行する。変則から正則へと転じ、そして星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの剣身が消えた。


やいばせただと。このに及んで何をするつもりだ」


 大気の力を内包するラ=ファンデア、大地の力を内包する星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェン、この二振ふたふりはつい魔剣アヴルムーティオなのだ。刃の消失は秘められし力の第一解放にすぎない。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンがロージェグレダムのもとへ巡り回ってきたのは偶然ではない。むしろ必然なのだ。槐黄えんこうたるロージェグレダムの力は大地そのもの、互いが互いを呼び寄せたと言っても過言ではない。


 今やロージェグレダムを中心に、深雪しんせつに覆われた全方位の大地が絶対領域と化している。刃はなくとも、大地全てが刃と成す。それこそが第一解放された星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの力だ。


叫べ愉悦の大飽食ドヴォジェラウナ


 大地という名の刃がロージェグレダムを包むようにして踊り狂う。まさに狂喜乱舞と呼ぶに相応ふさわしい。


 ロージェグレダムは静かに目を閉じ、剣身のない星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンを突きつけたままの姿勢を保つ。見事なまでの静穏、いささかの乱れもない。


 魔霊鬼ペリノデュエズが放つ百余の肉片もまた全方位攻撃だ。標的たるロージェグレダムをみ込もうと容赦なく降り注ぐ。


呆気あっけない。もう終わりか」


 四方より押し寄せた肉片がロージェグレダムを完全に覆い尽くしている。中の様子はうかがえない。何しろ黄土に濁った肉片によって見えなくなっているのだ。


 この状況になった以上、もはや終わったも同然だ。既に勝利を確信したか。この場を去ろうと魔霊鬼ペリノデュエズが背を向ける。


何故なにゆえに背を向けておるのじゃ。いまだ勝敗は決しておらぬぞ」


 声は間違いなく肉片の中に閉じられているロージェグレダムだ。魔霊鬼ペリノデュエズの背筋に冷たいものが走る。


 それは初めて味わう屈辱にも似た感覚だ。これまで肉弾血固蹂吸蟲ネクトラダイシュから逃げおおせた敵はいない。ただ触れるだけで終わるからだ。


 触れた部位から肉も血も、あらゆるものを吸い尽くす極悪な攻撃を前にしては、歴戦の武人であってもしのぎきることは難しい。


「馬鹿な。既に肉片で埋め尽くしているのだぞ」


 魔霊鬼ペリノデュエズからも中にいるロージェグレダムの様子は把握できない。できなくとも問題はない。肉片はたとえがれ落ちようとも、本体とつながっているのだ。手応えを感じ取ったからこそ、勝利を疑わない。


「間違いない。肉片はじじいに触れている。なぜだ」


 直後に大地が激しく鳴動めいどう、危険を察知したか、魔霊鬼ペリノデュエズはロージェグレダムから距離を取るため素早く後退する。


 再びロージェグレダムの声が響いてくる。雪氷嵐せっぴょうらんかなでる悲哀に満ちたうなりをもろともせず、明瞭な音となって木霊こだまする。


「感覚共有も万能ではないようじゃな。ならば、直接見せてくれようぞ」


≪いつまで待たせるつもりだ。もうよいであろう≫


「あ、おい、お主、待たぬか」


 時すでに遅し。揺れはそのままに、方向が横から縦に急変する。それはあたかも大地の息吹だ。重低音を伴い、真下から突き上がるは岩漿矢ツェルフェスすさまじい勢いで雪煙ゆきけむりを吹き飛ばしていく。


 雪煙だけではない。ロージェグレダムを覆い尽くしていた百余の肉片ことごとくをはるか上空へと射貫いぬき上げていった。


 岩漿矢ツェルフェスの威力はここからが本領発揮だ。およそ六百ルシエにも及ぶ高熱矢なのだ。粘性液体で構築された肉片など、ひとたまりもない。


 ロージェグレダムを吸収するどころか、岩漿矢ツェルフェスに触れられるやたちまちのうちに気化、上空へと撒き散らされた肉片も全てが射貫かれ、またたく間に雪氷嵐に吹き流されていった。


 星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンのけたたましい笑い声がとどろく。無論、それが聞こえるのはロージェグレダムのみだ。


「いい加減にせぬか。毎度ながら、どうしてお主はそう先走るのじゃ」


 使い手の意向など関係ないとばかりに、己さえ満足できれば問題なし。それが星煌剛玉破晶剣シュディネハーヴェンの徹頭徹尾変わらない主義なのだ。


「だから嫌われるのじゃ。お主、自覚はあるのか。まあ、ないであろうな。よいか、儂でなければ、とうに見限っておるところじゃ」


≪何を言うか。これでも余は貴様のためを思って働いてやっておるのだぞ。余の苦労も察せよ≫


 再びの深いため息、ロージェグレダムは苦笑するしかなかった。


「分かっておるわ。お主とは長いつき合いでもあるしな」


 魔霊鬼ペリノデュエズにしてみれば、あり得ない出来事を前にしつつ、ひたすら独り言をつぶやいているロージェグレダムが全く理解できないでいる。千載一遇せんざいいちぐうとも言える攻撃の機会をのがしているのだ。


じじ、何を独りごちている。今、お前は最大の攻撃機会を逃したのだ。もはや手加減はせぬ。死以上の苦しみを与えてくれよう」


 魔霊鬼の全身が急激にしぼんでいった。

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