【1周年読み切り】退屈な魔剣と小さな訪問者

 退屈な日々が続いている。暇をまぎらわす手段もない。


 身体さえ元どおりになれば、何度そう思ったことだろう。


 その少女に実体は存在しない。少女と言っても、年齢は定かではない。そのように見える。それだけだ。


 人の目には決して映らない。何しろ、剣と完全に同化しているからだ。


 風前のともしびとなっていた命を、とある信じがたい力をもってつなぎ止めてくれたのだ。


 このまま死にたくないという心からの切望が届いた結果だった。


(あの時、私の魂は混沌にかえるはずだった。なぜ、あの人が私を救ってくれたかは分からない。そんなことはどうでもよいの)


 心の声は誰にも聞こえない。聞こえないはずだった。一人の娘がここを訪れるまでは。


 扉を慎重に開け、周囲を何度もうかがいながら静かに入ってくる。


「また遊びに来ちゃった」


 扉には魔術錠がほどこされている。しかも、国王の承認を得ずして室内に立ち入ることは何人もできない。それほどに厳重に管理されている。


 それなのに、この娘は難なく室内に侵入している。三日前のことだった。


 最初は、剣の噂を聞きつけた賊か何かのたぐいかと思った。それなら心置きなく始末できる。


 意志ある剣は、害意を持つ者を容易に見分ける。触れようものなら、瞬時にり刻むことさえできるのだ。


 娘からは一切の敵意が感じられない。


 そのうえ、人であって人ではない。正確には、半分だけが人だった。


≪また来たの。飽きないわね≫


 小娘の相手にはうんざりさせられる。一方でわずかながらも退屈しのぎ程度にはなっている。


「私が、ここに来たら、迷惑ですか」


 悲しげな表情を浮かべて見つめてくる娘に、一抹いちまつあわれみを感じたのか。それでも素っ気なく返す。


≪別に構わないけど。毎日よ。ここに忍び込んで大丈夫なの≫


 言外に、見つかったらただでは済まない、という脅しが含まれている。


「誰も私に気づかないのです。なぜでしょうか」


 聞かれても困る。とはいえ、薄々感じていることもある。


 そして、会話はいつもこうだ。


 剣の状態では、言葉を発することはできない。娘の脳裏に直接きざむしかない。


 娘は適応能力が高いのか、三度目でこちらからの言葉を理解するようになった。


 一方、娘は直接口から言葉を発している。まだ幼い。聞いたところ、七歳ということだ。魔術教育はいまだ受けていないのだろう。


 年齢の割にはしっかりしている。口調も大人のそれに近しい。身なりからしても貴族に違いない。


 娘はやって来ては、今日はこんなことがあった、明日はこんなことをする、といった他愛たわいもない話を一方的に話していく。それを黙って聞いてやるだけだ。


 剣にとっては、まさにどうでもよい内容ばかりだった。三日間はそれでやり過ごした。


 四日目、初めて娘に質問を投げかける。


≪この王宮住まいではないわね。どこから来たの≫


 およその答えは分かっている。最初の問いは確認のためのものにすぎない。


 屈託のない笑顔で素直に答える。


「私はファーレフィロス家の者です。父上にともなわれ、初めて王宮にご挨拶に参りました」


 娘の言葉に納得した。やはり貴族、しかもファーレフィロスの血筋だ。


 道理でと思う反面、せないことがある。


 二つ目の質問だ。今度は娘ではない。


≪Feorsti mijy xisrgiten,

Varffij inyns jaaeg deimn arra ficzoban.≫


 目の前に立つ娘の意識を把握しつつ、その奥底に眠る者に向けて告げる。


 明らかに上位者としての警告にも近い口調だ。用いるのは精霊語だった。


 剣の言葉を意訳するとこうなる。


≪私の存在は認識できているわね。なぜ、いるべきではない者がいるの≫


 精霊語による会話が続く。


 娘は置いてけぼりかと思いきや、実はそうではない。娘とのやり取りと、精霊とのそれとでは、時間の流れが全く異なるのだ。これはひとえに界の違いに由来する。


 娘の中に本来存在するべきものがおらず、存在すべきでないものがいる。その理由のみを追及する。


≪そう。そういうことならよいわ。その娘に対する思いは変わらないのね≫


 答えは聞く必要もない。この七年間、共に過ごしてきているのだ。何らかの要因が働き、強制的に二つに分かたれるまで、このままの状態だろう。


 この娘の体内に眠る精霊の意思を尊重するしかない。そして、納得するしかない。そうしなければ、この娘が死んでしまうからだ。


 剣の思考をよそに、娘が躊躇ためらいがちに言葉を発する。


「あの、最後にお願いがあります」


 唐突な娘の言葉に怪訝けげんな表情を浮かべる。決して娘の視覚ではとらえられない。娘には視えているような気がしてならなかった。


≪聞き捨てならないわね。最後とは≫


 娘が寂しそうにつぶやく。


「明朝早くに出立、ファーレフィロス家に帰らなければならないのです」


 漠然ばくぜんと考えていた。もっと長く滞在するだろう。だから、明日も明後日も、またその次も、きっとこの娘はこっそりやって来て、退屈をまぎらわせてくれる。


≪そうなの。残念だわ。また静かになってしまうわね≫


 娘の表情が急に明るくなる。予想外の言葉だったのだろう。


 勝手にやって来て、一方的に話をするだけの自分が迷惑なのではないか。内心でそう思っていた部分もある。だからこそ、残念だと言われて嬉しかったのだ。


≪お願いとは何かしら≫


 娘は恥ずかしそうに、そっと言葉をつむぎ出した。


≪明朝出立前にもう一度ここに来なさい。清浄な状態でね≫


 かくして、剣と娘の邂逅かいこうは終わりを告げた。


 翌朝、馬車に乗る娘を見送る中に、剣の姿はもちろんない。娘には剣からあふれてくる意識が感じられた。


「さようなら。また会えるその時まで。私の大切なお友達、一緒に過ごせたこの日々を決して忘れません」


 娘の言葉は風に乗って王宮へ、そして剣のもとへとしっかり届いていた。


≪再会できるその日を楽しみにしておくわ≫


 それから九年後のことだ。


 ヴァーレ=アレ宮殿でもよおされた娘の十六歳の誕生会で、将来を運命づける、とある人物と出会うことになる。


 娘の名をレーナリエという。


 時をほぼ同じくして、剣は待ち望んでいた者と再会を果たす。それは一時ひととき逢瀬おうせ、そこからさらに百余年が経過した後、ようやくにして共に旅立つことになる。


 剣の名をラ=ファンデアという。


 それはまた別の話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る