【1周年読み切り】退屈な魔剣と小さな訪問者
退屈な日々が続いている。暇を
身体さえ元どおりになれば、何度そう思ったことだろう。
その少女に実体は存在しない。少女と言っても、年齢は定かではない。そのように見える。それだけだ。
人の目には決して映らない。何しろ、剣と完全に同化しているからだ。
風前の
このまま死にたくないという心からの切望が届いた結果だった。
(あの時、私の魂は混沌に
心の声は誰にも聞こえない。聞こえないはずだった。一人の娘がここを訪れるまでは。
扉を慎重に開け、周囲を何度も
「また遊びに来ちゃった」
扉には魔術錠が
それなのに、この娘は難なく室内に侵入している。三日前のことだった。
最初は、剣の噂を聞きつけた賊か何かの
意志ある剣は、害意を持つ者を容易に見分ける。触れようものなら、瞬時に
娘からは一切の敵意が感じられない。
そのうえ、人であって人ではない。正確には、半分だけが人だった。
≪また来たの。飽きないわね≫
小娘の相手にはうんざりさせられる。一方で
「私が、ここに来たら、迷惑ですか」
悲しげな表情を浮かべて見つめてくる娘に、
≪別に構わないけど。毎日よ。ここに忍び込んで大丈夫なの≫
言外に、見つかったらただでは済まない、という脅しが含まれている。
「誰も私に気づかないのです。なぜでしょうか」
聞かれても困る。とはいえ、薄々感じていることもある。
そして、会話はいつもこうだ。
剣の状態では、言葉を発することはできない。娘の脳裏に直接
娘は適応能力が高いのか、三度目でこちらからの言葉を理解するようになった。
一方、娘は直接口から言葉を発している。まだ幼い。聞いたところ、七歳ということだ。魔術教育は
年齢の割にはしっかりしている。口調も大人のそれに近しい。身なりからしても貴族に違いない。
娘はやって来ては、今日はこんなことがあった、明日はこんなことをする、といった
剣にとっては、まさにどうでもよい内容ばかりだった。三日間はそれでやり過ごした。
四日目、初めて娘に質問を投げかける。
≪この王宮住まいではないわね。どこから来たの≫
およその答えは分かっている。最初の問いは確認のためのものにすぎない。
屈託のない笑顔で素直に答える。
「私はファーレフィロス家の者です。父上に
娘の言葉に納得した。やはり貴族、しかもファーレフィロスの血筋だ。
道理でと思う反面、
二つ目の質問だ。今度は娘ではない。
≪Feorsti mijy xisrgiten,
Varffij inyns jaaeg deimn arra ficzoban.≫
目の前に立つ娘の意識を把握しつつ、その奥底に眠る者に向けて告げる。
明らかに上位者としての警告にも近い口調だ。用いるのは精霊語だった。
剣の言葉を意訳するとこうなる。
≪私の存在は認識できているわね。なぜ、いるべきではない者がいるの≫
精霊語による会話が続く。
娘は置いてけぼりかと思いきや、実はそうではない。娘とのやり取りと、精霊とのそれとでは、時間の流れが全く異なるのだ。これは
娘の中に本来存在するべきものがおらず、存在すべきでないものがいる。その理由のみを追及する。
≪そう。そういうことならよいわ。その娘に対する思いは変わらないのね≫
答えは聞く必要もない。この七年間、共に過ごしてきているのだ。何らかの要因が働き、強制的に二つに分かたれるまで、このままの状態だろう。
この娘の体内に眠る精霊の意思を尊重するしかない。そして、納得するしかない。そうしなければ、この娘が死んでしまうからだ。
剣の思考をよそに、娘が
「あの、最後にお願いがあります」
唐突な娘の言葉に
≪聞き捨てならないわね。最後とは≫
娘が寂しそうに
「明朝早くに出立、ファーレフィロス家に帰らなければならないのです」
≪そうなの。残念だわ。また静かになってしまうわね≫
娘の表情が急に明るくなる。予想外の言葉だったのだろう。
勝手にやって来て、一方的に話をするだけの自分が迷惑なのではないか。内心でそう思っていた部分もある。だからこそ、残念だと言われて嬉しかったのだ。
≪お願いとは何かしら≫
娘は恥ずかしそうに、そっと言葉を
≪明朝出立前にもう一度ここに来なさい。清浄な状態でね≫
かくして、剣と娘の
翌朝、馬車に乗る娘を見送る中に、剣の姿はもちろんない。娘には剣から
「さようなら。また会えるその時まで。私の大切なお友達、一緒に過ごせたこの日々を決して忘れません」
娘の言葉は風に乗って王宮へ、そして剣のもとへとしっかり届いていた。
≪再会できるその日を楽しみにしておくわ≫
それから九年後のことだ。
ヴァーレ=アレ宮殿で
娘の名をレーナリエという。
時をほぼ同じくして、剣は待ち望んでいた者と再会を果たす。それは
剣の名をラ=ファンデアという。
それはまた別の話だ。
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