第226話:迸る感情と溢れる絶叫

 上から圧をかけてくる皇麗風塵雷迅セーディネスティアの剣身を、イェフィヤとカラロェリで受け止めている。


 剣身に集う轟雷ごうらいは、獲物を狩る狼そのものだ。今にも鋭利な雷牙らいがとなって、トゥウェルテナに襲いかからんばかりだ。


 牙は一本ではない。狼の習性そのままに複数、いや無数なのだ。


 雷牙が、まずはみ合っているイェフィヤとカラロェリのやいばへとけ下りていく。


≪馬鹿ね。その程度の雷撃が通用するとでも≫


 イェフィヤの余裕の声が聞こえてくる。


≪そんなこと、分かっているわ。でもね、この娘はどうかな≫


 トゥウェルテナには、皇麗風塵雷迅セーディネスティアの声は届かない。皇麗風塵雷迅セーディネスティアとの交信権がない。魔剣アヴルムーティオに認めさせるとは、そういうことなのだ。


 刃を走る雷牙が、今度はトゥウェルテナへと駆け抜けていく。


 その刹那の前だ。


 イェフィヤが炎を、カラロェリが熱を爆発的に放出した。トゥウェルテナの意思を無視して、天頂に向かって盛大に噴き上がる。炎と熱が重なり、一つの剣身とって皇麗風塵雷迅セーディネスティアからめ取っていく。


≪降幕。即時発動。静止≫


 カラロェリの声が響く。


 またたく間に、雷牙の威力が削がれていく。極端なまでの威力減衰は、雷牙よりカラロェリが熱を奪い去り、イェフィヤが水を炎で蒸発させた結果だった。


 そのうえで、トゥウェルテナを炎熱幕で覆い、避雷針へと変える。減衰しきった雷牙の力は、避雷針を直上から真下まで通過し、そのまま大地へと浸透、霧散していった。


 その刹那の後だ。


 トゥウェルテナは天頂へと突き上げているイェフィヤとカラロェリを、皇麗風塵雷迅セーディネスティアを挟み込んだままに勢いよく振り下ろす。


 皇麗風塵雷迅セーディネスティアを握って離さないセレネイアは、必然的に右腕を引き伸ばされ、前かがみへと身体が揺られる。そこへ振り下ろしの反動がまともに跳ね返る。


 当然の結果として、セレネイアはいとも簡単に後方へと吹き飛ばされていた。衝撃をいなす余裕はなかった。握り締めた皇麗風塵雷迅セーディネスティアだけは、辛うじて飛ばされずに済んだ。


 トゥウェルテナは皇麗風塵雷迅セーディネスティアを奪い取るつもりで、セレネイアを前後に強く揺さぶったのだ。


「うまくいかなかったわね。でも、これで終わりよ、セレネイア」


 尻もちをついたまま、くやしげな表情を浮かべているセレネイアに向けて、トゥウェルテナはイェフィヤとカラロェリの切っ先を突きつける。


≪やはりセレネイアであって、セレネイアではないわね。何よりも、この瞳の色≫


 見間違うはずもない。つい先ほど会ったばかりなのだ。


 純粋無垢な少女、それがセレネイアに対する第一印象だ。それだけではない。感受能力の優れたトゥウェルテナには、もう一つ、別のものがえていた。正しく言うなら、視えていないものがあった、だ。


≪それがこのセレネイアにはある。そして、この魔力は≫


 一歩ずつセレネイアに向かって詰め寄っていく。切っ先は決して外さない。トゥウェルテナとセレネイアの視線も絡み合ったままだ。


≪あの娘、見かけによらず鋭いわね。セレネイアの秘密を見抜くとは。でも、それだけではないのよ。油断しては駄目よ≫


 フィアの独り言は、レスティーを除けば、誰にも聞こえない。そのレスティーからは反応がない。この場にいる者たちだけで対処できるという表れなのだろう。


 フィアは視線をトゥウェルテナではない、セレネイアに向け直す。


≪私の愛しのレスティーにさえ、束の間、気づかせなかったなんて。あの力は尋常ではないわね。そして、私がそれを許すはずもないでしょう≫


 トゥウェルテナとセレネイアの間には、張り詰めた空気がただよっている。どちらかが次に一歩進むだけで、簡単に切れてしまいそうだ。


 二人とは別に、イェフィヤとカラロェリが皇麗風塵雷迅セーディネスティアも交信を続けている。


≪感情。欠落。分離不可。幻影≫


 カラロェリの言葉に、即座にトゥウェルテナが割って入る。最初の三つの意味は容易に理解できる。問題は最後の言葉だ。カラロェリは、幻影と言ったのだ。


≪カラロェリ、あれはセレネイアの幻影なの≫


 トゥウェルテナも半信半疑だ。幻影なら、いかに隠蔽しようとも、魔力質からして見抜ける。目の前で座り込んだままのセレネイアが、高位魔術師でもない限りは。


 彼女から受ける印象は、実体そのものだ。だからこそ問う。


「セレネイア、貴女は実体、それとも幻影、どちらかしら」


 分からないのだ。無駄な時間はかけたくない。単刀直入に聞く。


 視線はそのままに、セレネイアの表情が崩れる。笑っているのだ。嘲笑でもない。賞賛でもない。感情を廃した笑みが貼りついている。


「何がおかしいのかしら」


 トゥウェルテナの問いには答えようとしない。セレネイアは絡み合った視線を初めて切って、ある方向に転じた。


「私、行かなければ。セレネイアお姉様が助けをお求めになられています」


 け出さんとするシルヴィーヌの突然の行動に、ディグレイオが慌てて止めようとする。


「おい、嬢ちゃん。今は駄目だ。動いたら巻き込まれるぞ」


 もはや、ディグレイオの声はシルヴィーヌの耳に全く入っていない。催眠状態にでもあるかのように、シルヴィーヌは無意識のうちに右脚を前に出す。その方向には、セレネイアの瞳が待ち受けている。


 咄嗟とっさにディグレイオが左腕をつかむものの、強引に振りほどくと一気に駆ける。あり得ないほどの力だった。


 ディグレイオは十二将、しかも獣騎兵団副団長なのだ。到底、シルヴィーヌがかなう相手ではない。


 守るべきシルヴィーヌを行かせてしまった。明らかに失態だ。ディグレイオは舌打ちを一つ、一呼吸遅れてシルヴィーヌを追う。


「こいつは魔術補助か。ちっ、嬢ちゃんに追いつけない」


 あっという間にディグレイオを置き去りにしたシルヴィーヌが、一瞬のうちにトゥウェルテナとセレネイアの間に割って入っていた。


「セレネイアお姉様、もう大丈夫ですわ。このシルヴィーヌがいる限り、誰にも手出しさせませんわ」


 セレネイアの前で両腕を左右に広げたシルヴィーヌが、トゥウェルテナと対峙たいじする。セレネイアに向けている切っ先はそのままだ。シルヴィーヌに言葉をかける。


「第三王女ね。邪魔はしないで。用があるのはセレネイアのみよ。怪我をしたくなければ、そこをどきなさい」


 近寄ってきたディグレイオがびを入れてくる。言葉にする必要はない。トゥウェルテナは小さく首を横に振ることで応じた。


≪どうしたものかしら。この娘を力づくで排除するのは簡単だけど、逆効果になりかねない。悩むところね≫


 トゥウェルテナとシルヴィーヌの距離は、およそ五歩間だ。いずれにせよ、もう少し詰める必要がある。


「どかないなら、力づくになるけど、いいのかしら」


 シルヴィーヌは頑迷がんめいにも、首をしきりに横に振っている。


 普段の彼女を知る者なら、違和感をいだいて当然だ。トゥウェルテナは、残念ながら彼女とは初対面、だから気づくのに遅れた。


 トゥウェルテナとシルヴィーヌの距離が一歩間になったその時、驚くべき行動に出たのだ。


「ちょ、ちょっと、何をしているのよ」


 切っ先は下ろしていない。


 そこへシルヴィーヌが勢いよく突っ込んできたのだ。躊躇ためらいの一切ない行動だった。


 結果は、自明の理だ。


 イェフィヤとカラロェリがシルヴィーヌの胸を貫き、切っ先が背を突き破り、姿を現す。


 座り込んでいたはずのセレネイアが、シルヴィーヌのすぐ背後に立っている。トゥウェルテナは衝撃のあまり、全く反応できない。


「よくやったわ、シルヴィーヌ。めてあげるわね」


 左手をシルヴィーヌの肩にかけたセレネイアは、皇麗風塵雷迅セーディネスティアを彼女の背に容赦なく突き入れる。そして、そのままトゥウェルテナの胸をも貫き通していた。


 凄惨せいさんな光景を前に、全ての者が動きを止め、全ての視線が集中する。


 動いたのは、宙に浮かぶもう一人のセレネイアのみだ。誰にも聞こえない絶叫が、心の中の何かとともにほとばしる。


「ああ、シルヴィーヌ、私の可愛い妹を、よくも、よくも、許せない、絶対許せない」


 イェフィヤとカラロェリは沈黙している。皇麗風塵雷迅セーディネスティアも同様だ。


 二人を貫いている剣身を静かに引き抜く。振り返る。そこには満面の笑みを広げるセレネイアがいた。


「殺す、必ず殺してやる」


 その言葉を残し、もう一人のセレネイアが宙をけ抜けた。

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