第140話:魔霊鬼の核

 フィリエルスは慎重に言葉をつむぐ。


「カランダイオという方がどなたかは存じませんが、レスティー様に関してはフォンセカーロより聞いております。我が陛下によれば、この世界で最高位キルゲテュールを倒せる唯一の御方であるとか」


 フィリエルスは、レスティーの強さを間近に見ていない。物静かで穏やかな副団長フォンセカーロが、あそこまで手放しで興奮気味に報告してきたあの日のことを思い返す。


(返す返すも残念だわ。どうして、不在にしていたのかしら。この目で確かめられなかったことがやまれるわね)


 内心の声を閉じ込め、ルシィーエットの反応を待つ。


「そうだね。間違いないね。世界広しと言えど、高位ルデラリズ以上の魔霊鬼ペリノデュエズを単独で倒せるのは、レスティー殿をおいてほかにはいないさ」


 十二将の数人が手玉に取られたのも当然のことだ。恥じる必要はない。レスティーの前では、ルシィーエットもビュルクヴィストも赤子同然だからだ。


 フィリエルスは別の意味で納得できなかった。フォンセカーロから報告を受けた際から感じていることだ。


 あり巨象きょぞうを倒す。間違いなく、戦いの醍醐味だいごみの一つでもあろう。一方で、そこには多大な犠牲が生じうる。


 フィリエルスは徹底した現実主義者であり、不確定要素を排除した戦略を常としている。だからこその常勝無敗を地で行く空騎兵団であり、犠牲を伴う勝利をよしとしない。それほどの完璧主義者でもある。


 圧倒的強者の存在は、それだけで戦いを有利に進められる。ならば、その強者こそが見合った敵と戦うべきだろう。


「納得していない顔だね。これだけは言っておくよ。レスティー殿は、主物質界の守護者でも何でもないんだ。最高位キルゲテュールを倒せる御方であってもね。極論を言えば、主物質界が滅ぼうとも一向に気になされないだろうさ」


 フィリエルスにとって、あまりに衝撃的すぎる。主物質界が滅ぶということは、この世界の全てが死に絶えるということだ。勢い込んで尋ねようとしたところで、ルシィーエットの言葉が再び返ってくる。


「それが、人の手によって行われる限りはね。レスティー殿が動かれるのは、そこに魔霊鬼ペリノデュエズがいるからさ。此度こたびのアーケゲドーラ大渓谷での戦いでは、最高位キルゲテュールが復活する。レスティー殿は確信されているようだ」


 他の者がすべきことは、レスティーと最高位キルゲテュールの戦いを邪魔しないことだ。そのためには、高位ルデラリズ以下の魔霊鬼ペリノデュエズを残りの者たちで始末する以外にない。


 主物質界を守るのは人の責務だ。破壊するものがいるというなら、徹底抗戦、阻止しなければならない。


「人こそがとりでであり、最後の防波堤になるんだよ。それがすなわち、レスティー殿の根本にあるお考えさ」


 ルシィーエットの言葉を全て受け入れる必要はない。己の考えと異なっていて、当然だからだ。少なくとも、共感できる部分はある。それだけでも収穫だ。


(人こそが最後の防波堤、か。なぜか、心に響くし、かれるわね)


「もう一つ、おたずねしてもよろしいでしょうか。先ほどのマリエッタ殿のお言葉です。レスティー様が低位メザディムを細切れにされたのですね。高位ルデラリズとは比較できないでしょうが、微細なまでに斬り刻めば滅ぼせる、ということなのですね」


 フィリエルスの見解は、ある意味で正しくもあり、間違ってもいる。


おおむね、正しいよ。そこまでやれば、いくら耐久力があろうとも死ぬだろうさ。だがね、魔霊鬼ペリノデュエズには特殊能力があるんだよ。再生という、ふざけた能力がね」


 再生には、ある条件が必要だ。そのうえで、低位メザディムなら二日程度、高位ルデラリズともなれば、短時間あるいは即時かもしれない。


「再生が発動される条件を知らないと、いくら斬り刻もうとも無意味だよ」


 間髪いれずフィリエルスがたたみかける。


「ルシィーエット様は、その条件をご存じなのですね。是非とも、ご教授いただけないでしょうか」


 深々と頭を下げてくるフィリエルスを見て、ルシィーエットもマリエッタも驚きを隠せない。空騎兵団団長にして十二将序列二位の彼女だ。しかも、元貴族出身、強い矜持きょうじがあるに違いない。


「頭を上げな。団長たるあんたが部下の目の前でそこまでするとは、私も意外だったよ。それも彼らを見れば納得だね。彼らは、あんたに全幅ぜんぷくの信頼を置いている。あんたも、それに応えようとしている」


 ルシィーエットの視線が、背後に控えるフォンセカーロたちに注がれる。なるほど、ゼンディニア王国空騎兵団の強さはここにあり、と思わずにいられない。


 フィリエルスと同様なのだ。フォンセカーロも他の三人も、等しく頭を下げきっている。恐らく、フィリエルスが頭を上げるまでこのままの状態だろう。


「ほら、さっさと上げな。これだと話しにくくてかなわないよ。それに、もともと教えるつもりだったんだ。遠慮は無用だよ」


 ようやく頭を上げたフィリエルスが言葉を発する。


「ルシィーエット様、感謝いたします」


 うなづきついでに、ルシィーエットはマリエッタを呼び寄せる。有翼獣との触れ合いを心底楽しんでいた彼女は、五頭それぞれの首筋を親愛の情をもって叩くと、名残なごり惜しそうにその場を離れた。


 そばに戻ってきたことを確認して、ルシィーエットが続ける。


「人の弱点は、脳と心臓だね。ここをやられたら、まず命はない。魔霊鬼ペリノデュエズには、そのいずれもないのさ。魔霊鬼の体内には、双三角錐そうさんかくすい状の核が埋め込まれている。人で言うところの心臓に該当するものだね」


 人の心臓は、胸部中央やや左側に位置する。人族なら、ほぼ例外はない。魔霊鬼ペリノデュエズは違う。そこが何とも厄介やっかいなところなのだ。


「奴らの核の位置は、外部からでは絶対に特定できないんだ」

「ルシィーエット様、団長、横から失礼いたします」


 フィリエルスよりも先に言葉を発したのはフォンセカーロだ。


「以前に聞いたことがあります。魔霊鬼ペリノデュエズを狩る一属が存在すると。私には、その一属がどこの何かも分かりませんが」

「ちょっと、フォンセカーロ、そこまで言っておいて何も分からないの」


 せっかくの手がかりも、詳細が不明では意味をなさない。フィリエルスが落胆の表情を浮かべている。


「私、知っていますわよ。もちろん、ルシィーエット様もご存じです。それにしても、皆様が知らないのは何とも不可思議ですわ。その方は十二将のお一人ですものね」


 まさに青天の霹靂へきれきだ。マリエッタから投下された言葉は、まさに十二将の弱点そのものでもあった。


「まさか、身内と言っても過言ではない十二将の一人が魔霊鬼ペリノデュエズの秘密を知っている、と仰るのですか」


 さすがのフィリエルスもしどろもどろだ。想像外にもほどがある。今さらながらに、情報共有の重要性を痛感する。


 十二将の面々は個で、また騎兵団単位で動きがちだ。それがイプセミッシュから許されている十二将の特権であり、だからこそ横の連携が手薄になっているのだった。


「シュリシェヒリの里のエルフ属にのみ、神より与えられた魔霊鬼ペリノデュエズる眼だよ。彼らの眼は、隠れひそ魔霊鬼ペリノデュエズを見つけ出し、体内に埋め込まれた核の位置をも特定する」


 彼らはまさしく狩人なのだ。此度の戦いでは、シュリシェヒリの里を率いる長老を筆頭に、多くのエルフが共に戦ってくれる。


「ただし、あんたたちの同僚ディリニッツはこの眼を有していないよ」


 今は期待を持たせておくことこそが大事だ。魔霊鬼ペリノデュエズを視る眼を得るための開眼の儀式は、ここ数百年にわたって執行されていない。


 ルシィーエットは、あえてその事実を伏せた。そして、ルシィーエットも知らなかった。レスティーがほぼ全てのシュリシェヒリの成人エルフに、その眼を授けたことも。


「ルシィーエット様、詳細に有り難うございます。ゼンディニア王国に戻り次第、陛下に報告するとともに、ディリニッツにはきつくきゅうえておきます」


 マリエッタがすかさず反論を返す。


「それはどうかと。私が感じた限りですが、ディリニッツ殿は十二将の立場より、シュリシェヒリの里の一属を代表して動かれているように見えました」


 此度の戦いでは、シュリシェヒリの目を有するエルフたちの協力が必須だ。魔霊鬼ペリノデュエズの核を特定できる彼らの協力なくして、勝ち目はない。


「彼らを刺激しすぎるのは、得策ではないでしょう」

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