第139話:それぞれの収穫

 フィリエルスが口を開きかけたところで、マリエッタが先んじて言葉を続ける。


 いかにも貴族らしい、相手に自分を印象づける絶妙な間の取り方だ。


「申し遅れました。私、ラディック王国第二王女マリエッタと申します。ゼンディニア王国が誇る空騎兵団の皆様、どうぞお見知りおきのほど、お願いいたしますわ」


 洗練された王族の挨拶あいさつをもって、マリエッタもまた軽く頭を下げる。


 フィリエルスはもちろん、後ろに立つ者たちも驚きを隠しきれない。まさか、このような地まで王族の者が足を運んでいるとは思いもよらなかったのだ。


「こちらこそ、名乗るのが遅くなり失礼いたしました。はじめまして、マリエッタ第二王女。私はゼンディニア王国空騎兵団が団長にして十二将序列二位フィリエルスと申します。控えるのが副団長にして十二将序列八位フォンセカーロ、他の三人は右からハベルディオ、ウドロヴ、グリューディンです」


 フィリエルスの紹介に合わせて、それぞれがマリエッタに向かって答礼を行う。双方の挨拶が終わったところで、再びルシィーエットが主導権を握った。


「空騎兵団団長と副団長がそろってとはね。それで収穫はあったのかい」


 ルシィーエットの言葉をよそに、マリエッタが誘われるようにアコスフィングァとラグリューヴの待機している場所へと近づいていく。


 視界のすみとらえているルシィーエットは問題なしと判断、マリエッタの好きなようにさせている。いざとなれば、フィリエルスたちもいる。


「マリエッタ殿のそばにつきなさい」


 ハベルディオ、ウドロヴ、グリューディンの三人に命じる。簡単に言えば、見張り役だ。ここでラディック王国第二王女に何かあれば、ただでは済まされない。


 先ほど上空から観察した限りでは、マリエッタの魔力量はフィリエルスをはるかに上回っている。


 魔力に敏感なアコスフィングァもラグリューヴも、マリエッタの魔力を既に感じ取っているはずだ。圧倒的魔力の持ち主に襲いかかるようなことはないだろう。


「マリエッタのために三人も付き添わせてしまって済まないね。全く、ああいったところは子供なんだからね」


 苦笑を浮かべるルシィーエットに、フィリエルスは至って真摯に答える。


「いえ、我が国には、我が国の事情というものがあります。マリエッタ殿を傷つけるなど許されません。加えて申すなら、私に意趣返しなどという、悪趣味な真似をするつもりもありませんので」


 ルシィーエットは即座に理解した。わずかに口角を上げて、フィリエルスを観察する。彼女の立ち居振る舞いから見て、貴族出身だろう。


 何故なにゆえに十二将序列二位という地位に立っているかは、あずかり知るところではない。少しだけ彼女の生き様に興味をいだいた。


「正直だね。元貴族とは思えないほどだよ。さて、上空からアーケゲドーラ大渓谷を眺めてみて、分かったことはあったのかい」


 ルシィーエットもフィリエルスも腹の探り合いをするつもりは毛頭ない。お互いに似た者同士、言い換えるなら、竹を割ったような性格の二人ならでは、といったところだ。


「高度二千メルクからです。谷底の地形までは確認できませんでしたが、恐らくは凍土でしょう。我ら空騎兵団、あるいは飛翔魔術を使える魔術師以外が戦うなら、谷底になる可能性が高いでしょう。この断崖絶壁の地では人は圧倒的に不利です」


 フィリエルスは足元を指差しながら、私見を述べる。ルシィーエットが口を開くよりも、先に食いついたのが先ほどまでいつくばっていたモルディーズだ。


おっしゃるとおりです。これは申し遅れました。私はラディック王国宰相さいしょうモルディーズと申す者です。アーケゲドーラ大渓谷の谷底は永久凍土に覆われ、いまだかつて一度も溶けたことがないと伝えられています」


 また始まったとばかりに、ルシィーエットが顔をしかめるも、モルディーズは一向に気づかない。むしろ、気づかないふりをしているのではと思えるほどだ。


「大峡谷創造より何人も谷底に降りたことがないのです。海底より数万年もかけて隆起しており、切り立った峻険しゅんけんな地形は複数岩石で構成されています。さらに、非常に硬い岩石と柔らかい岩石に区分され、谷底は比較的柔らかい岩石が多いのではと推察いたします」


 いきなり始まった弁舌を前に、フィリエルスは若干、いや大いに引き気味だ。


 えつっているモルディーズは、誠にラディック王国の宰相なのだろうか。非常に頭が切れる有能な人物だという噂だ。いささか想像と違って見える。


「は、はあ、そう、ですか。その辺りで、もう結構ですわよ、宰相殿」


 まだまだ続きを語って聞かせたそうにしているモルディーズの、何とも残念がっている表情が滑稽こっけいすぎる。ルシィーエットは笑いが止まらない。


「残念だったね、モルディーズ。また振られてしまったね。あんたもりないね。そこまで地質学に傾倒するなら、ステルヴィアで講師でもしてみたらどうなんだい」


 ルシィーエットの思いがけない提案に、まんざら悪くないと本気が考えるモルディーズだった。


「あんたが語るとおりではあるさ。戦場における地形の特性把握は重要な要素だね。全体を俯瞰ふかんできれば、それに越したことはないんだ。実際は、そう簡単にいかないことばかりだけどね」


 フィリエルスがしきりにうなづいている。


「あんたとは気が合いそうだね。さて、私からも一つだ。魔霊鬼ペリノデュエズは、高位ルデラリズともなれば優に二十メルクを超える奴もいるという」


 相手が高位ルデラリズでは、到底人には太刀打たちうちできない。それこそ武器で戦うなら、魔剣アヴルムーティオや最低でも上級以上の魔術が付与されていなければ話にならない。


 魔術師なら、こちらも上級あるいは最上級魔術を数発立て続けに行使できる実力が必要だ。


 頼みのつなと呼ぶには心許ないものの、フィリエルス率いる空騎兵団はどうだろうか。


「たとえ優位な上空を取ったとしても、高位ルデラリズに致命の一撃を与えられないよ。フィリエルス、なぜだか分かるかい」


 淡々と言葉をつむぐルシィーエットに、悪意など微塵みじんもない。事実を述べているだけだからだ。


「我らには、足りないものがある。ルシィーエット様は、そう仰りたいのですね」


 こればかりは魔霊鬼ペリノデュエズと戦った経験がものを言う。ルシィーエットは、正しくそのかいを知っている。実現可能かは、さておきだ。


 フィリエルスもフォンセカーロも、魔霊鬼ペリノデュエズと戦った経験は皆無だ。その構造を知るよしもない。


 フィリエルスが振り返り、フォンセカーロに無言で問うも、答えが返ってくるはずもない。ただ黙って首を横に振るだけだ。


「致命の一撃ですか。有翼獣による上空からの奇襲接近戦、さらには高火力による魔術攻撃、それらを絶え間なく与え続ければ倒せるのではないでしょうか」


 フィリエルスが私見を述べる。高位ルデラリズともなれば生半可な耐久力ではない。先に限界が来るのは、人である可能性が高い。それらを考慮すると、物量で一気に押し切るしかないだろう。


「それでもなお無理だというなら、高位ルデラリズには弱点が存在しないのか、あるいは我らが知らない秘密があるのか」


 誰に聞かせるわけでもない。思考を整理しながら、独り言としてつぶやく。いつものフィリエルスのくせだ。


 彼女の声は、少し離れた位置で有翼獣と親しげに触れ合っているマリエッタにも届いている。


「さすがは十二将序列二位のフィリエルス殿ですわね。私も、実際に魔霊鬼ペリノデュエズを見たのは一度きりです。二体の低位メザディムでした」


 マリエッタが説明を加える。


 そのうちの一体はカランダイオが魔術をもって、もう一体はレスティーが剣で細切れにしていた。まさしく、ともに圧勝と呼ぶに相応ふさわしい形だ。


「その時は、私も知らなかったのです。後から、ルシィーエット様に詳しく教えていただきました」


 アコスフィングァとラグリューヴの首筋を優しくでながら、屈託くったくのない笑顔を向けてくるマリエッタに、またもや驚きを隠せない。


(有翼獣があそこまでなつくとは。第一王女ばかりが話題に上がるものの、第二王女もあなどれないわね。しかも、私たちでさえ戦ったことがない魔霊鬼ペリノデュエズと遭遇しているなんて、ちょっとおかしくなくて)


 十二将とは、武に生きる強者つわものたちだ。数多あまたの戦場を駆け抜け、戦闘経験も半端な数ではない。


 確かに、ラディック王国の王宮には秘密がある。戦いを主とする十二将よりも、年端としはもいかない王族の者が魔霊鬼ペリノデュエズ遭遇そうぐうするとは、フィリエルスにしてみれば、いささか不公平さを感じてしまう。


 くやしさのにじむ表情が表に出ていたのだろう。マリエッタが可愛らしく小首をかしげ、こちらを見つめている。


 フィリエルスは咳払せきばらいを一つ、マリエッタ、次いでルシィーエットへと視線を動かした。

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