第125話:依代と化す男
暗黒エルフの男は左手を心臓の真上に持ち上げた。最後に残された力で、手にしたそれを握り
漆黒に染まった
≪奴を止めろ、ヴェレージャ。させるな≫
ディリニッツから焦燥感に
ヴェレージャもディリニッツも、双三角錐の結晶体の正体を知らないのだ。
ヴェレージャは大きく飛び
「間に合って」
ヴェレージャの祈りが通じたか、風の刃が暗黒エルフの手首を音もなく
男の顔が
確かに見たのだ。男が、勝利を確信した笑みを浮かべたことを。
「まさか、わざと、切断させたというの」
双三角錐の結晶体を握り締めたままの手首が、心臓の真上に落ちる。刹那、結晶体が粉々に砕け散った。
「我を食らうがよい。我が主のために」
最後の言葉を残し、男の全身が脱力した。
結晶体の中から溢れ出した黒い
ヴェレージャはその様子を目の当たりにして動けない。動きたくとも、動けないのだ。
≪ヴェレージャ、何を
≪無理よ。私が火炎系を苦手としているのは知っているでしょう≫
焦燥に焦燥で返す。ディリニッツもヴェレージャも、高度な魔術を行使する。その中で、得意系統と不得意系統があるのは仕方がないだろう。
ディリニッツが光系魔術や精霊魔術を苦手とするように、ヴェレージャもまた火炎系魔術を苦手としているのだ。
≪どうするのよ、ディリニッツ。何かできることはないの≫
その間にも黒い靄は広がり、男の全身を包み込むに至っている。靄の
≪まずい。禍々しい気が心臓部分に集中している。間違いない。こいつは
ヴェレージャは言葉が出ない。靄の
≪魔力を気にしている余裕はないぞ。完全体になる前に、ここで仕留める≫
ディリニッツは覚悟を決めた。操影術では、
影に
≪分かったわ。やるしかないわね≫
ディリニッツが影から出る。暗黒エルフの男を中心に、対称位置に立つ二人が詠唱に入った。
完全詠唱の時間はない。刻一刻と
暗黒エルフの男は、自らを
「レグー・アレノウ・ルジェヴィレー
シスリオ・レミティー・フィニ・エピシヴィエ
天より
ヴェレージャが有する最大の魔術だ。彼女の力をもってしても、短節詠唱では完全詠唱に比べて、半分程度の威力しか発揮できない。
「それで十分よ。私の最上級魔術、全身で浴びるがよいわ」
ディリニッツも、最も得意とする闇系魔術の展開に入っている。
「ダーヴ・ルーブ・ドルウ・ディーリ
ラドゥ・ダ=ルヴリオ
二人の短節詠唱が
ヴェレージャのそれは敵を完全に駆逐するための直接攻撃、対するディリニッツのそれは敵の動きを封じつつ、精神的に内部から破壊する間接攻撃だ。
風系を得意とするヴェレージャと、闇系を得意とするディリニッツ、十二将として互いを知り尽くしている二人だからこそ可能となる連携魔術だ。
暗黒エルフの男は、いや全身が粘性液体で構築された今、だった男、と言った方が
その
「先手は任せろ。奴の動きを封じる」
集中状態のヴェレージャにもディリニッツの声は届いたのだろう。首を縦に振り、了承の返事とする。
「
粘性液体をばら
取り囲むようにして、
ディリニッツが持つ闇系最強の魔術は、肉体も血も失った亡者を使役する、
死して魂は混沌に
この間、術者のディリニッツでさえ亡者の制御は不能となる。まさに
実体を持たない朧影が、
人ならば、絶対あり得ない動作だ。正面の朧影を見つめ、そこから右回りに首を一回転、再びもとの位置に戻ってくる。
目標も定めないで、ただ無造作に振り下ろす。両手を構成する粘性液体が、分裂する。数は把握できているようだ。
亡者は朧影だ。粘性液体の鞭は何ら効果を生み出せず、
その
揺れ、揺られ、かき消されたかのように見えても、実体を持たない亡者はもとの状態へと構成されていく。彼らが満足するまで、決して消えることはない。
「ヴェレージャ、仕上げは頼むぞ」
亡者による
「
ディリニッツの狙いは、あくまでも依代となった暗黒エルフの男だ。
ディリニッツはその目を有していない。シュリシェヒリの里で、レスティーから授かる選択肢もあった。彼はクヌエリューゾを倒す使命を優先した。それ
彼は知識と想像、その二つだけで的確に
八体の亡者が、
八体の亡者は、やみくもに出現したわけではないのだ。亡者たちの位置するところを見れば、
「お前に逃げ場など与えるはずもなかろう。
八芒星の中心に立つ
むやみやたらに粘性液体をばら撒き、鞭状にして
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