第124話:決別と悪足掻き

 ヴェレージャの気配が次第に薄くなっていく。この程度の距離間があれば大丈夫だろう。


 エレニディールは、改めて意識をクヌエリューゾに向けた。クヌエリューゾも待っていたのか、先ほどまでの笑みを消し、真剣な表情に戻っている。


「私としたことが、つい激高げきこうしてしまいました。あのような小娘を前に乱暴な言葉遣いになったこと、謝罪いたしますよ」


 馬鹿丁寧に頭を下げてくる。人を食ったかのようなクヌエリューゾの態度は、何とも業腹ごうはらだ。わざとしているのが目に見えている。エレニディールは表情一つ変えず、無言を貫く。


「邪魔なおんなが消えたところで、ようやく貴男と語り合えます。エレニディール、貴男に問いたい。エルフ属の真実をご存じでしょうか。私たちエルフ属の起源とは。この先々、エルフ属はどうるべきなのか」


 意図が分からない。聞いたところで、どうしようというのか。エレニディール自身は明確な答えを有している。それを口にする前に、疑問を先に言葉にする。


「それを聞いて、どうするのです。私の考えを聞いたところで、貴男の考えが変わるとも思えません」


 問いに問いで返す。きょかれたか。クヌエリューゾの表情がわずかに揺らぐ。それも一瞬だ。


「私の考えは、神にも等しいあの御方のそれといつにしています。不変なのは言うまでもありません。どうやら、貴男は私と異なる考えをお持ちのようだ。残念至極しごくでなりません」


 クヌエリューゾは暗にほのめかしている。自らの考えに同意するよう迫っているのだ。


「貴男は私の好敵手、このようなけがれた地で失いたくはありません。我が神のもと、私と貴男が手を結べば、いかほどに優れたエルフ属による新王国が創建できることか」


 クヌエリューゾの言葉は止まらない。自らの言葉に陶酔とうすいしきっている。


「我らこそ、主物質界の支配者足りるのです。さらには、エレニディール、貴男は高貴なる血をその身に宿しているではありませんか」


 今度はエレニディールが虚を衝かれる番だった。つい先日まで、己自身でさえ知らなった事実だ。なぜ、クヌエリューゾが知っているのか。ここまでのクヌエリューゾとのやり取りで考えられる結論は、一つしかない。


(なるほど、そういうことですか。クヌエリューゾがしきりに神扱いするあの御方とやらが、あの者であるのは間違いなさそうですね。さすがにそこまでは予想できませんでした)


 このようなことになるなら、ビュルクヴィストに詳細を聞いておくべきだった。後悔しても後の祭りだ。エレニディールは己の失策を恥じつつ、最悪の事態を想定、覚悟を決める。


 思案にふけるエレニディールを前に、クヌエリューゾは内心でほくそ笑んでいた。その時の到来までまもなくだ。たくみに言葉を操りながら、ただただ引き延ばせばよい。


(ようやくです。どれほどまでに、この時を熱望したことか。これで貴男を我がものにできます)


 決して内心を表に見せず、クヌエリューゾはうつろなまなこの奥底に、暗き炎を輝かせる。


「私と共に歩みましょう。貴男がいてくれたら、これほど心強いことはありません。私と貴男で、エルフ属の新王国を樹立、世界をべようではありませんか。下等な種は全て我らの前にひれ伏すのです。素晴らしいとは思いませんか」


 到底、受け入れられない提案だ。エレニディールは即座に反論を返す。


「三里に分かれたエルフ属を一つにまとめる。それ自体に異論はありません。彼らの総意が得られるなら、エルフ属による新王国創建もよいでしょう。しかしながら、世界を統べる、他の種を支配下に置くなど、荒唐無稽こうとうむけいすぎます」


 エレニディールは間を取った。答えを、言葉に置き換える。


「貴方自身は、既に私の答えを知っています。いなです」


 クヌエリューゾが意外にも落胆の表情を見せた。本気でエレニディールを自陣営に取り込みたかったのだ。複雑な心境を隠しつつ、クヌエリューゾは決断を下す。


相容あいいれないのですね。最後に、もう一度だけ尋ねます。私の手を取るつもりはありませんか。私は貴男のその才能を買っているのです。このようなところで散らしたくはないのですよ。さあ、私のこの手を」


 クヌエリューゾは一体の湾刀を大地に突き刺すと、一歩、二歩と進み、右手をエレニディールに向かって差し出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ヴェレージャは脇目も振らずけた。前方に里の入口が見える。


≪気をつけろ。狙われているぞ≫


 ディリニッツの警告が脳裏に響き渡る。ヴェレージャは踏み出そうとしていた左脚を、咄嗟とっさに引き戻した。


 まさにその位置を狙って寸分違すんぶんたがわず矢が飛来、大地に突き刺さる。終わりではない。二射目、三射目の攻撃が続けざまにやってくる。


 ヴェレージャは風を纏い続けている。矢の攻撃は通用しない。それが通常の矢であればだ。


≪魔術付与の矢だ。貫通するぞ≫


 再び警告が来た。言われるまでもない。ヴェレージャも見抜いている。魔術をる目は、ヴェレージャの方がひいでている。


 一射目の矢の異常な高速飛来が、何よりの証拠だ。クヌエリューゾの仲間に、優れた付与術師がいるのだ。放たれた矢には二種類の魔術が付与されている。


 一つは高速化、もう一つは殺傷力強化だ。武具に複数の魔術を付与するには、武具そのものの魔術適正はもちろんのこと、付与術師に実力がなければかなわない。


 魔術を複数、重ねれば重ねるほど相克そうこくを引き起こす。そうなれば、まず武具が破損、二度と使い物にならなくなる。


 ヴェレージャは、纏った風を両手に集中させていく。


鬱陶うっとうしいわね」


 高速飛来する二本の矢を、両腕に集わせた旋風せんぷうで強引に叩き落とす。


 三発ともが同じ位置から放たれている。それが致命傷になった。位置さえ特定できてしまえば、こちらのものだ。ヴェレージャは迷いなく、左腕に作り上げた旋風を切り離す。


 小規模竜巻が地をい進む。


「行きなさい」


 ヴェレージャの言葉を受け、竜巻が疾駆しっくした。


 里内では効力が半減されるものの、一歩でも里外に出れば、通常の威力を取り戻す。竜巻も例にもれず、小規模ながら、人一人を無力化するのに十分なほどの威力を取り戻している。


 相手も樹々きぎしげみに隠れひそんでいたわけではない。当然、ヴェレージャの攻撃を察知し、樹々から樹々へと飛び移りながら回避動作に入っている。


「私の風から逃げられるとは思わないことね」


 竜巻が駆ける速度と、人が樹々を飛び移りながら逃げる速度、どちらが速いかは比べるまでもないだろう。


 樹々の茂みを抜けきったところで、竜巻が捕捉ほそくした。竜巻の勢いにも負けないほどの絶叫がとどろく。しばしの後、静寂が戻る。


 渦の勢いが次第に弱まっていく。ヴェレージャは、なおも竜巻を維持し続け、内部に閉じ込めた相手のそばへゆっくりと近寄っていった。


 様子を観察、完全に制圧できたことを確認する。そこで、ようやくにして竜巻の制御をいた。


 男がうつ伏せで倒れ込んでいる。まとった衣類は無論のこと、全身の皮膚を風にり刻まれ、至るところから血を流している。意識はある。口からうめき声がれてくる。男は暗黒エルフだった。


 ヴェレージャは知らない。クヌエリューゾを補佐する取り巻きの精鋭四人衆に、暗黒エルフなどいないという事実を。


 男は右手を必死に伸ばし、倒れた位置から遠く離れた弓をつかもうと足掻あがいている。ヴェレージャは、容赦ようしゃなく弓を遠くへり飛ばした。


 わなだった。暗黒エルフの男が、死をしてそうとした真の目的は、右手ではない。左手にあったのだ。


 ヴェレージャの気が弓に向けられたその一瞬だ。男は最後の力を振り絞り、ふところに隠し持っていたものを取り出す。左手に握り締め、仰向あおむけに転じる。


「我が命、尽きる前に、なんじかてにならん。目覚めよ」

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