第116話:新たな魔剣
フィアはセレネイアを止めるべきか迷った。
彼女の決意は固い。
民たちのために、
フィアは、この姿になってからというもの、
≪どう思うかしら、カランダイオ。私の愛しのレスティーからは、最終判断は任せると言われているのよ。これを授けるべきか迷っているわ≫
問われることが分かっていたのか、カランダイオは自ら考えていた思いをフィアに告げる。
≪彼女が戦いに
フィアは
≪私の愛しのレスティーからは、迷いのない覚悟ならば授けても構わないとだけ言われているわ。今のセレネイアを見る限り、そうよね≫
フィアは、さらに左手も伸ばした。
≪フィア殿の心の内で決められたなら、ご
≪ふふ、珍しいわね。セレネイアに対しては随分と優しいのね。分かるような気もするわ。少し守ってあげたくなるものね≫
上向きに開いた両の手のひらに、風が凝縮していく。透明な風が、色を帯び始め、徐々に
フィアの口から、
"Piyeirrаk-qtujwepl."
セレネイアもカランダイオも、初めて耳にする言語だ。
フィアの手のひらの上で、凝縮された風が
その勢いに、セレネイアも吸い込まそうになっている。
「セレネイア殿、身体をしっかり支えなさい。今のフィア殿に私たちの声は一切届きません」
風の唸りが
仕方がない。マリエッタやシルヴィーヌに行ったのと同様、意思を直接脳裏に
セレネイアは残念ながら三姉妹の中で、基礎的保有魔力が最も低く、従って魔術適正も期待できない。
≪セレネイア殿、聞こえますか。早く身体を支えなさい≫
セレネイアの視線が向けられた。どうやら、無事に
≪私の声が聞こえているなら、
動作が返ってくる。カランダイオは急ぎ二の句をセレネイアの脳裏に送った。
≪このままではフィア殿の風に巻き込まれてしまいます。その辺のものに
セレネイアは理解したようだ。すぐさま、二メルク先に立つ
名も知れぬ彫刻家が、
羽を広げていないことが幸いした。セレネイアは力を緩めることなく、双頭鷹に両手を回してしっかりと抱きつく。
風の勢いは衰えるどころか、なおも増していく。
"Kinynitujoimne."
四方の風が渦を巻き、フィアの手のひらの上で高速回転を始めた。その激しさが頂点に達する。
「セレネイア、こちらに、来なさい」
フィアが、肩で息をしている。かなり消耗しているように見える。言われるがまま、セレネイアは恐る恐る近づいていく。
「貴女に、授けるわ。私の愛しのレスティーからよ。貴女のためだけに鍛えた、
フィアの手のひらの上には、
「これを、レスティー様が、私に」
手に取るのが
「ねえ、私の愛しのレスティーから、直接手渡されたかったかしら」
「え、は、はい。あ、い、いえ、そんなこと」
珍しく、セレネイアが
あたふたしているセレネイアの様子を、楽しそうに見つめるフィアの表情は、
背後でカランダイオが、全く何をやっているのやらと
「正直ね。貴女が持っているのはどの感情かしら。私の愛しのレスティーが好きなの、それとも愛しているの」
セレネイアは
その感情は二人の妹や父、さらにはこの国の民に向けたものだ。ただ一人の男に向けた者ではない。セレネイアにとって、初めて直面した悩ましい心乱される問題なのだ。
「フィア様、私自身、その感情が分からないのです。好きか、嫌いかと問われると、好きです」
セレネイアは男の欲望の対象でしかなかった。これからも変わらないだろう。女であり、王族、しかも第一王女という身分は羨望の的でしかない。
これまでセレネイアは男に触れられるのを苦手とし、むしろ嫌だと思う感情しか持ち合わせていなかった。
ディランダイン砦でレスティーに命を救われ、
「レスティー様はその強大な御力はもちろんのこと、他の殿方とは異なる次元に存在なさる御方なのだと、
気持ちを整理しながら、一つ一つの言葉を丁寧に紡ぎ出すセレネイアに、フィアは好感を抱きつつある。
「今の気持ちを大事にしなさい。
真顔で答えるフィアが怖い。セレネイアは改めてフィアの強い思いを実感するのだ。そのうえで、あえて確かめてみたかった。
「フィア様は、レスティー様を」
考えるまでもない。即答だ。
「愛しているわ。心の底からね。私の命は、私の愛しのレスティーのためだけにあるの。望まれるなら、喜んで
それほどまでに言い切れるフィアが、恐ろしく思う反面、羨ましくも思う。
「全ての者が死に絶えようとも、私の愛しのレスティーさえいてくれるなら、私は幸せよ」
迷いの一切ないフィアが、あまりにも
「どう、私が恐ろしいかしら」
セレネイアは、ただ首を横に振った。
「愛という感情はね、すぐ手の届くところにありそうで届かないものなの。貴女の思いが真の意味で熟した時、初めて手にすることができるのよ。それまでは、しっかりとその気持ちを温めておきなさい」
「さあ、受け取りなさい」
セレネイアは両の手のひらを上に向けて開く。
「セレネイア、これだけは私と約束しなさい。勝ちなさい。そして、生きて戻りなさい。よいわね」
「はい。必ず」
「カランダイオ、お邪魔したわね。私の用事は終わったわ。後は任せるわね」
フィアの姿が大気に溶け込んでいく。風に
「さて、前置きが長くなりすぎました。私の用事も手短に済ませておきましょう。ディランダイン砦に行って、クルシュヴィックと会ってきました」
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