第115話:カランダイオ戸惑う

 あまりにも意外すぎる言葉だった。カランダイオは返答にきゅうしている。


 これまで極力目立たないように立ち回ったきたはずだ。この第一王女は、しっかりと自分の行動を見ていたようだ。予想外でもあり、内心では少しばかりの嬉しさも感じている。


め言葉として受け取っておきましょう。すでに、貴女もご存じでしょう。私はもとよりこの国につかえる者ではありません」


 魔術高等院ステルヴィアがラディック王国に対する表の監視役なら、カランダイオは裏の監視役なのだ。


「しかしながら、貴女の愚兄ぐけいのおかげで、このざまです。大失態です。我が主に多大なるご迷惑をおかけしてしまいました」


 セレネイアとて、全くの同感だった。


「兄のしでかした件については、弁解の余地もありません。本当に申し訳なく思っています」


 セレネイアが深く頭を下げてくる。今の自分にできるのはこの程度だ。彼女自身、カランダイオがこのような行為を望んでいないことは理解している。


「頭をお上げなさい。貴女がびることでもありません。あの者は、仮にも立太子りったいしなのです。相応の責任の取り方というものがあるでしょう。無論、決断はイオニア殿次第ですがね」


 先ほどまでとは一転、セレネイアの表情が曇っている。そこには怒りも含まれている。


「返す返すも、残念でなりません。兄があのような振る舞いをするなど、私も予想できませんでした。腹立たしい限りです」


 カランダイオが切り捨てる。


「精神的に未熟なのですよ。ゼンディニア王国での不祥事にしてもそうです。よくぞ、イプセミッシュ殿に成敗されなかったものです」


 イプセミッシュの思惑はさておき、現在の二国間の状況をかんがみれば、ヴィルフリオが処刑されていた方が、ラディック王国には好都合だったに違いない。


 セレネイアが絶句している。身内がしでかした不始末とはいえ、カランダイオのあまりに辛辣しんらつな言葉に、少なからず衝撃を受けている。


 残酷なことを言うようだが、これが王族たる者の責任の取り方であり、そして政治の世界でもあるのだ。


「ヴィルフリオの本質は、その大半が自身の成長過程ではぐくまれたものです。その要因の一端に、貴女たち三姉妹がいるのですよ。不本意ですが、ビュルクヴィスト殿とも意見をいつにしています」


 セレネイアは素っ頓狂な声を上げていた。カランダイオは、やはり気づいていなかったか、という表情をありありと浮かべている。


 セレネイアたちが気づかなくて当然なのだ。自分たちが、兄よりも格段に優れているとは思っていない。また、あのような兄ではあるものの、優れた一面があることを知っているからだ。


「常に優秀な三姉妹と比較されるヴィルフリオは、気の毒ではあります。本来であれば、それを乗り越え、さらに成長してこそなのです。あの者は、そこまでの精神力も胆力も持ち合わせていませんでした」


 周囲の環境も、ヴィルフリオにとってよくなかった。甘言かんげんの中だけで生きてきたようなものだ。その意味では、国王でもあり父でもあるイオニアに責任があると言ってもよいだろう。


「兄が、あのようになったのは私たち三姉妹にも責任があると言うのですか」


 セレネイアは、無意識のうちに首を左右に振って、自ら口にした言葉を否定しようとしている。


「間違いなきよう理解しておきなさい。貴女たちには何の責任もありません。さて、セレネイア殿、貴女に問います。貴女は、この国の内情をどこまで把握できていますか」


 ふと考えてみる。答えようとしても、答えが見つからない。


 実際のところ、セレネイアの耳に入ってくる情報といえば、数多あまたの人間をて選別されたもののみだ。


 その過程で、様々に変遷へんせんしていることは容易に想像できる。セレネイアは悲しげに、またもや首を横に振った。


「表面的には、うまくいっているように見えて、実は全くもって一枚岩ではないのです。政治とは、戦場以上に複雑怪奇かつ醜悪しゅうあくなものです」


 セレネイアたちが王族である限り、いやおうでも巻き込まれていく。のがれるすべはない。王族とは、言い換えればかつがれる神輿みこしにすぎない部分もある。


 ヴィルフリオをかつぐ一派、セレネイアを担ぐ一派、さらには他の貴族連中も、どこかの有力者を担ぎ出そうとしているかもしれない。


「隙あらば王族の寝首をこうと虎視眈々こしたんたんと狙っている者は多いですよ。ヴィルフリオは今回の件で失墜しっつい確実、彼を担ぐ者たちは早々に鞍替え先を探しています。その有力候補は」


 カランダイオがセレネイアを指差す。


「ここまでの戦いをて、悩み、考えてきたことでしょう。決断すべき時が遠くないうちに訪れます」


 セレネイアがどの道を選ぼうとも、目の前にはいばらの道しかないだろう。当然、それを面白くないと思う連中も出てくる。結果として、セレネイアを排斥はいせきしようとする強硬派さえ現れる。その時、彼女の味方はどれほどいるだろうか。


「そのために、私がいる。そう思ってくださって結構ですよ。貴女が決断したなら、協力はやぶさかではありませんからね」


 セレネイアが口を開きかける。それを待っていたかのように、突然風が吹き荒れる。


 上昇気流に乗って、気ままに吹く風が下方向からセレネイアを包んでいく。淡い青色の髪をで上げ、上空へと駆けると、その向きを下降気流へと変え、柔らかく優雅に舞い下りる。


 ちょうどセレネイアとカランダイオの中間辺り、風の流れが左右に分かたれる。そこに彼女の姿があった。第一解放アペロフセリスィ状態だ。


「フィア様」


 セレネイアの口から、その言葉だけがれた。


「みすぼらしい散らし髪、美しくそろえてあげたわ。感謝しなさいね。魔霊鬼ペリノデュエズに切り落とされて以来、そのような髪のまま平然と歩き回っているなんて、女としてどうなの。そうは思わない、カランダイオ」


 フィアに指摘され、セレネイアは両手で自身の髪に触れてみる。背中辺りまであった髪は、魔霊鬼ペリノデュエズの攻撃によってわずかに肩にかかる程度まで切り落とされていた。


 しかも、動きながらの回避動作だったため、一直線に切り揃えられているわけでもなく、いびつなままだったのだ。


 カランダイオが咳払いしている。


「フィア殿、それは言わぬが花というものです。私は男ですよ。けに彼女に告げるなど、無遠慮すぎます」

「カランダイオ」


 フィアとセレネイア、二人の声が見事なまでに重なった。


「男だからこそ言うべきでなくて。あのままでは、セレネイアに恥をかかせ続けるだけよ。私の愛しのレスティーなら、間違いなく告げてくれているわよ」


 フィアに続いて、今度はセレネイアだ。


「カランダイオ、気づいていたなら、どうして教えてくれないのですか。私も気にしていたのです。私室に戻った理由の一つは、髪を揃える目的があったからなのですよ」


 なぜか二人に矛先を向けられたカランダイオが、しきりに首をかしげている。


「おかしいですね。どうして、私が悪者になっているのでしょうか。せませんね。それにしても、いつの間にそこまで仲よくなられたのでしょう」


 フィアが振り返り、否定の言葉を返す。


「仲よくなったわけではないわ。私がここに来た理由はただ一つよ。この娘、セレネイアに渡すものがあったからよ」


 再びセレネイアと向き合う。フィアは、セレネイアに向かって右手を伸ばす。


「セレネイア、貴女に問うわ。此度こたびの戦い、どうするつもりなの。その前に、戦いにおもむく覚悟はできているのかしら」


 即答だった。


「フィア様、私は戦いの場に向かいます。たとえ、誰が止めようともです」


 強い眼差まさざしだ。揺るぎも、一切ない。髪と同色、淡い青の目が輝いている。


「死ぬかもしれないわね。今度の敵は、貴女がようやく勝てた低位メザディムとは格が違うのよ」


 フィアが改めて説明する。


 低位メザディムの約百倍強いのが中位シャウラダーブ中位シャウラダーブの約百倍強いのが高位ルデラリズだ。


 最高位キルゲテュールともなれば、その強さははかり知れない。


「過去、人族が高位ルデラリズを倒したという記録はないの。私の愛しのレスティーを除けばね。それでも、行くのね」


 迷いなく、うなづく。


「私にも、守りたいものがあります。可愛い妹たちをはじめ、この王国に暮らす全ての民たちです」


 もはや、この戦いは王国間の争いではなくなっている。ジリニエイユ、パレデュカルを止めるだけでは駄目なのだ。魔霊鬼ペリノデュエズを食い止めなければ、国が、大陸が簡単に蹂躙じゅうりんされてしまう。


「私一人の力など、微々びびたるものです。それでも、何らかの形で役に立てるのであれば、喜んでこの命をけます。それこそが、王族としての私の使命なのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る