第114話:カランダイオの指摘

 ファルディム宮に戻ってきたセレネイアは、マリエッタ、シルヴィーヌと別れた後、王宮内の通路を歩いていた。自室へと戻るためだ。


 ここに戻るまでに、ひと悶着もんちゃくあったのは言うまでもないだろう。


 ソリュダリアに見送られ、カヴィアーデ流剣術道場を出たセレネイアは、歩いて王宮まで帰ると言い張ったのだ。


 マリエッタとシルヴィーヌは断固反対、まだ歩くだけの体力が完全に回復していないこともある。何より、あっという間に民たちに囲まれて、身動きが取れなくなってしまう。それらを理由に、手配していた馬車に強引に押し込んだのだ。


「本当に、あの子たちときたら」


 二人の妹を思うと、自然と笑みがこぼれる。


 ファルディム宮は二翼によく構造の荘厳そうごんな建造物だ。王宮門を抜けると第一の庭、水碧すいへきの庭が広がり、真っすぐ突き抜ければ第二の庭、石白せきはくの庭が控える。


 そこでは、念入りな審査が行われる。身分証はもちろん、所持品や目的、紹介者など、あらゆる情報を提出しなければならない。厳重な審査を経て、認められた者のみが、ようやくにして玉座の間へとつながる扉に案内される。


 玉座の間は九層構造の最上部に位置する。一方、王女たち三姉妹の私室は左翼に用意されていた。両翼は五層構造で、第一王女たるセレネイアの私室は最上部にある。


「ようやく、目覚めましたか」


 私室の扉に手をかけようとした時だ。誰もいないはずの通路から声がかけられる。思わず身構えてしまうセレネイアだった。


「驚かせないでください、カランダイオ。気配を消していましたね」


 無意識のうちに、右手がいつも帯剣している左腰に伸びていた。カランダイオだと分かって安心したのか、右手をゆっくり戻す。


「まだ、足りませんね。その手」


 セレネイアの右手を指差す。


「剣に伸びたのはよかったですよ。なぜ、抜かなかったのです。私の声を聞いて、安心しましたか」


 セレネイアが迷いなく答える。


「私が、貴男の声を聞き間違えるはずはありませんもの。カランダイオ、それでも抜くべきだったと」


 即答で返ってくる。


「もちろんです。その判断は、正しくもあり、誤ってもいます。アレイオーズの一件を思い出しなさい。私が魔霊鬼ペリノデュエズだったら、貴女はどうなっていたのでしょうね」


 厳しいようだが、セレネイアのためでもある。王宮内にいれば安心、などという保証はどこにもない。


 現に、ファルディム宮では、直近だけでも三体の魔霊鬼ペリノデュエズの侵入を易々やすやすと許している。


「まだまだ、私の考えが甘いということですね。有り難うございます、カランダイオ」

「以前にも言ったはずです。礼など無用と。それよりも、貴女に用があって待っていたのです」


 さすがに、私室に招き入れるわけにはいかない。女と男、間違いはないとは思うものの、躊躇ためらわずにはいられない。


「安心を。貴女の私室に入るつもりは、毛頭ありませんよ。屋上に行きましょう」


 それはそれでいささか気分が悪い。まるで、女としての魅力がないと言われたようなものだ。セレネイアは不機嫌もあらわに、言葉を返す。


「お話なら、私の部屋でお聞きします。どうぞ、お入りになってください」


 幾分、ほおを膨らませがちなねたセレネイアも、また可愛らしい。カランダイオは苦笑しつつ、なだめるしかなかった。


「そういうところが、まだまだですね。何も貴女に魅力がないと言っているわけではないのです。万が一を想定しなさい」


 女と男が二人きりで同室にいる。あやまちが起きないとは、誰にも言いきれない。


「貴女は、それでもよいのですか。少なからず、貴女の美しさには目を見張るものがありますしね」


 セレネイアは、思わず突っ込んでいた。


「少なからず、なのですか」


 カランダイオは一瞬、きょかれた。セレネイアの言葉には、多分に嬉しさが込められている。そこに触れるつもりは一切ない。


「そこですか。予想外ですよ。貴女は、やはり大物になりそうですね。いや、全く面白い」


 声を上げて笑い出したカランダイオに、呆気あっけに取られるセレネイアだった。セレネイアにしてみれば、自分の発した言葉のどこに笑う要素があるのか、全く分からない。


「私、何か変なことを言いましたか。貴男の笑った顔を見るのは、これで二度目です。それにしても、そこまで」


 あえて教える義理もない。この娘は娘なりに、自身の美しさを心の底で無意識のうちに認識しているのだろう。


「分からなければ、よいのです。さあ、行きますよ。時間が勿体もったいないですからね」


 はぐらかされたと思ったものの、後の祭りだ。


 問い返す前に、カランダイオはセレネイアを置いて、屋上へと続く階段に向かっている。もちろん何の言葉もなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 五層構造の両翼は、各層に細い外回廊が設置されている。そこから屋上に出られる仕組みだ。石造りの建造物は強固ではあるものの、火災、暴風雨、豪雪といった自然災害の全てを防ぎ切れるものでもない。そのための避難経路も兼ねている。


 屋上に出てきたセレネイアとカランダイオを陽光が出迎える。既に、高い位置にあり、暖かな日差しを投げかけていた。セレネイアは両手を大きく伸ばし、全身で光を受け止めている。


 雷聲発らいせいはっする旬ともなれば、日中は暖かさも感じられるものの、朝夕の冷え込みはまだまだ厳しい。


「気持ちのよい日差しですね。ようやく、暖かくなってきました。私、寒いのは苦手なのです。少しだけですよ」


 屈託くったくのない表情で、身振り手振りを交えて語りかけてくる。


 淡い青色の髪に光が透過、その美しさを際立たせている。同じ色の瞳が輝いている。先ほどまで見せていた表情とは、打って変わって、大人の女としての魅力も感じさせる。


(これだから女は怖いのですよ。子供だと思っていたら、これですからね。この娘が、これからどこに向かって進んでいくのか、俄然がぜん興味が湧いてくるというものです)


「どうかしましたか、カランダイオ」


 黙したままのカランダイオに声をかける。カランダイオは陽光の当たらない、ちょうど王宮の尖塔せんとうで影になった場所にたたずんでいる。


「何でもありませんよ。私はどちらかと言えば、貴女とは逆で、寒い方が好きですね」

「陽光が、苦手なのですか」


 一向に影から出てこようとしないカランダイオに、ほぼ確信をもって疑問を投げかける。


「魔術師のさがとでも言いましょうか。多くの者が孤独に研究室にこもりがちですからね。こういうこともあって、魔術師の印象が悪くなるのですよ」

「それでは、賢者様や、レ」


 そこで言葉をみ込む。迂闊うかつだったこともある。気持ちのよい陽光の暖かさを感じて、口が軽くなっていたのかもしれない。


 カランダイオの前で、その名前を口にするのがなぜか恥ずかしかったのだ。理由は自分でも分からない。そして、耳聡みみざとく、セレネイア以上に察しのよいカランダイオが気づかないはずもなかった。


「ステルヴィアの賢者たちは、どうでしょうね。顔を合わせれば、話ぐらいはします。仲がよいというわけでもありませんし、あちらも同じでしょう。彼らは、その責務から積極的に外に出て行きます。そこが一般的な魔術師との違いでしょうね」


 あくまで一般論としての比較だ。魔術師の中にも、賢者と同じく、外向き志向の者も少なからずいる。


「様々な方がいますものね。カランダイオ、貴男もかなり変わっていると思いますよ。初めて会った時のことを覚えていますか」


 二人ともに、遠い記憶を呼び起こそうと空を見上げ、視線を遠くに投げる。


「ええ、鮮明にね。私は、貴女が生まれる前からここにいるのですよ。第一王女だと紹介された時は驚きました。正直なところ、このような小娘に務まるのか、と思ったほどですよ」


 セレネイアは気を悪くするでもなく、わずかに笑みを見せる。


「本当に、正直ですね。嫌味いやみに聞こえないのは、なぜなのでしょう。私が思うに、貴男には裏表がありません。思ったことは、はっきりと口にします。そこに嘘やおもねりがないのです」


 カランダイオが、レスティーの配下だからという理由ではないだろう。彼の持って生まれた気質とでもいうのか。イオニアやモルディーズにさえ、平気で食ってかかっているのだ。


「私は、貴男のそういったところがうらやましくもあり、また好きでした」

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