第112話:それぞれの葛藤
閉塞空間はアーケゲドーラ大渓谷から、草花咲き誇る緑なす平原に構成し直されている。
純白の円卓を囲んで、四人が着座している。それぞれの前に置かれた飲み物からは、高貴な香りが漂っていた。
「
「創造主様、お尋ねしても、よろしいでしょうか」
飲み物を口にしてから、フィアが許可を求めた。
「もちろんよ」
「とても
フィアの言葉に即座の返答はない。
姉のやや焦り気味の顔を見て、応じたのはレスティーだ。
「フィア、仮にそうであったとしても、主物質界に持ち帰ることはできない。
レスティーは過去の悲惨な出来事を語って聞かせた。
「かつて、
「それほどの薬なのだ。殺し合いをしてまで、奪いたくなるのも道理であろう」
ここに戻ってくる
フィアは、飲めば確実に気づく。
なぜなら、あの時、フィアの命を救ったのが、何を隠そう
「今、主物質界でごく
「過去、姉上と兄上が下賜されたものの
レスティーは言外に告げていた。
生きるか、死ぬかは、その者の持つ運命にすぎない。死すべきは、生あるものの定めであり、死して混沌に還り、果てなき
「それこそが、母上様の摂理なのだ」
フィアが悲しそうな瞳を向けてくる。気持ちは、痛いほどに分かる。
「フィアの気持ちは嬉しい。その気持ちだけ、有り難く受け取っておこう」
この話はここまでとばかりに打ち切る。
「ファレンフィア、その優しさをいつまでも忘れないでほしい。そなたは、私たちやレスティー以上に、人族の弱さ、
創造主にとって、だからこそ見ていて飽きないのだ。主物質界とは、そのような存在であり、たとえ創造主といえども、気紛れに手を加えてはならない。
「私たちは、常に傍観者であり続けなけらばならない」
レスティーの後を引き取った創造主の言葉が、温かさをもって、フィアの心に
「フィア、兄上のお言葉で心の雪は解け去ったか」
「ごめんなさい。我がままを口にしてしまって」
言葉の代わりに、フィアの
「最後に、一番よいところを持っていくのが私の弟といったところだな」
「レスティー、私にも同じことをしてよいのよ」
妙なところで納得している兄と、半ば強制的に迫る姉、この場を
「
立ち上がったレスティーを見て、フィアが追随する。
「レスティー、また戻ってこい。待っているぞ」
兄から手渡されたラ=ファンデアを軽く握り、新たに創造された剣身を
「兄上、これは」
それ以上の言葉が出ない。
この先、レスティーにしか扱えない
レスティーは迷うことなく、己の魔力を握った手を通して剣身へと流し込む。
「私が創造した九振りの
「有り難うございます、兄上」
ラ=ファンデアを右腰に収め、レスティーは姉のもとへ歩み寄る。
「姉上、必ず戻ります。
創造主として、意思をもって、レスティーの口を閉ざすなど造作もない。そうはしなかった。
「それ以上の言葉を、決して口にしては駄目よ。レスティー、私の可愛い弟、貴男は私たちにとって、何ものにも代え難い存在なの」
姉に抱き締められたまま、レスティーはしばし身を委ねていた。ここまで、姉に言わせてしまったことを恥じるしかない。
「姉上、ご心配をおかけして申し訳ございません。私にとっても、姉上、兄上は掛け替えのない存在です。惜しみない愛情を注いで、育ててくれた姉上を悲しませてしまいました」
血の繋がりなど必要ない。それほどまでに強固に結ばれているのだ。
「分かってくれたらよいのよ。私たちは、何があろうとも常に貴男の
ようやく解放してくれた姉から離れ、今度はレスティーから姉を抱き締める。
「姉上、すぐに戻ります」
離れていくレスティーを、思案のうちに呼び止める。
「言わずとも分かっていると思うけど。動いてはなりませんよ。たとえ、ティルフォネラが関わっていたとしてもね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私たちの弟が心配か。そなたも
短い言葉の中に、全てが凝縮されていた。
「ええ。貴男も視たのでしょう。もどかしいわね」
レスティーがいなければ、決して持ち得なかったであろう様々な感情が、今は
「可愛い弟の考えを否定するつもりはないのよ。でもね、そうではないと思うのは、傲慢
その考えこそが、創造主たる姉兄とレスティーとの決定的相違なのだ。
実際、此度の戦いでもそうだ。
「それなのに、あの子は茨の道を進もうとする」
傍観者として、
そこには埋めようのない
「私たちは、可愛い弟のためのみに助力はすれど、決して干渉はしない。己で己を縛る
自ら課した枷のため、勝手に異界に降り立つことはできない。その力があるにも関わらずだ。唯一、その許可を与えられる存在がある。彼らにとっての、母上その御方だ。
「そうね。私たちが異界に降り立つべきかもしれないわね。母上のお考えをお聞きしたうえで、お許しを頂戴するしかなさそうね」
互いに
次の瞬間、周囲の光景が一変した。これまでのものは全て見せかけにすぎない。無論、レスティーは承知している。
本来の姿が浮かび上がる。二人が
息を
二人は
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