第093話:思いもよらぬ第三の男

 イプセミッシュは、続いて命の恩人たる男に対しても礼を尽くした。


「ようやく貴男の名が分かりました。貴男がツクミナーロ流現継承者のルブルコス殿なのですね」


 ルブルコスが首肯しゅこうする。


「いかにも、我が名はルブルコス・リーヴェン・アラネセト。三大流派が一つ、ツクミナーロ流現継承者だ」


 玉座のザガルドアは、興味深げにロージェグレダム、ルブルコスを交互に眺めている。


三剣匠さんけんしょうの二人がそろったということか。壮観そうかんだな」


 その二人に問いかける。


「十二将のため、何故なにゆえにお二人がそこまで尽力じんりょくされるのだろうか。我が王国にとっては有り難い限りだが、お二人ともに多忙な身、余裕があるとも思えぬ。それに何ら益もないだろう」


 ルブルコスに答える意思はないようだ。あくまでロージェグレダムに答えさせようというのか。


「仕方ない奴よの。お主ときたら毎回そうじゃ。まあ、よかろうて。わしが答えるとしようか。なあ、玉座におられるザガルドア殿よ」


 いったん区切る。柔和な表情を崩さず、ロージェグレダムは続けた。


「儂ら三剣匠、各大陸、各諸国からの要請を受けて各地を飛び回るゆえ、多忙ではあるがな。儂らの真の使命は、別のところにあるのじゃよ。三剣匠は、大師父様の命こそが第一であり、それ以外は些末さまつな事象にすぎぬ」


 大師父などという言葉は初めて聞く。ザガルドアはイプセミッシュに視線を移すも、彼も知らないとばかりに首を横に振るだけだ。


此度こたび三つ月の矢スレプユアレが遂に放たれた。三賢者がそうであるように、三剣匠もまた各々が月の名を冠するのじゃよ。藍碧らんぺきたるルブルコス、紅緋べにひたるヨセミナ、槐黄えんこうたる儂じゃ」


 三賢者が、それぞれの月の名を冠することは有名だ。恐らく、知らない者はいないだろう。逆に、三剣匠はその名称のみで知られている。まさか、彼らも月の名を冠しているとは思ってもいなかった。


「儂らは、命をして大師父様とともにいざ参らん、ということじゃ。お主たちをきたえるのは、その一貫でもあってな。何ら気にする必要もないのじゃよ。これでよいかの、ザガルドア殿」


 大師父とは誰のことなのか、聞いたところで答えてはくれないだろう。


「余計な詮索せんさくは無用ということで承知した。ロージェグレダム殿、貴殿は俺をザガルドアと知っている。よって、国王ではなくザガルドアとして話をしたい」

「構わぬよ。板についた国王ぶりじゃがの。やはり、肩がられるか」


 互いに顔を見合わせ、愉快そうに笑い声を上げた。ロージェグレダムとザガルドアは親子、それ以上に歳が離れている。妙なところで気が合うようだ。


「ロージェグレダム殿、十二将はあと五人も残っているんだが」

「それよ。どうしたものかと思案しておるのじゃ。見るに、儂の範疇はんちゅうではなさそうじゃな。魔術なら此奴こやつの方が適任じゃろう。どうなのじゃ」


 矛先をようやくにしてルブルコスに向ける。ロージェグレダムは聞くまでもなく分かっている。あくまで念のための確認にすぎない。


「どれも駄目だな。そこの女と男からは有翼獣の匂いがしている。ならば、特別な稽古けいこは不要だろう。空の有利性は絶対だ。それをさらにみがけばよい。エルフ二人はともかく、問題はお前だな」


 ルブルコスが稽古不要と告げたのは、空騎兵団の二人、序列二位フィリエルスと同八位フォンセカーロだ。エルフの二人とはセルアシェルが指名されている以上、序列三位ヴェレージャと同九位ディリニッツしかいない。


 最後に残ったのが序列七位エランセージュだった。彼女だけが浮いてしまっている。


 彼女の一番の武器は、やはり魔術だ。ヴェレージャ率いる水騎兵団副団長でもあり、優れた能力を有する。十二将の中で、最も魔術に秀でたヴェレージャと比べてしまうと、やはり見劣りすると言わざるを得ない。


 ロージェグレダムは無論のこと、ルブルコスでさえ彼女を持て余し気味なのだ。


「やはりエランセージュが残るのか。記憶が戻る前とはいえ、案外俺の予感も当たるもんだな。噂をすれば、だな。ほら、来たぞ」


 ザガルドアが言葉を発しつつ、空中に向かって視線を投げた。


 お決まりとも言うべき硬質音が次第に大きくなっていく。空間が切り取られるようにして四方に広がり、それが出現した。


「いやはや、またお邪魔するとは思いもよりませんでしたよ。昨日以来ですね、イプセミッシュ殿。記憶が戻っているなら、ザガルドア殿と呼ぶ方が相応ふさわしいでしょうね」


 開き切った魔術転移門から姿を見せたのは、魔術高等院ステルヴィア院長ビュルクヴィストだった。


「抜け目がないな。やはり、俺の秘密を知っていたのか。まあ、そうだろうな。それにしても、まるでこの場を見ていたかのようだな。まさか本当に見ていたとでも」


 はっきりと喜怒哀楽を示すザガルドアに、ビュルクヴィストは好感を持ちつつあった。封じられていた記憶が戻ったことで、憎悪ぞうおしか残らなかった過去の感情がぬぐい去られたのだろう。


「とんでもないですよ。魔術高等院ステルヴィアといえども、監視の目を隅々まで行き渡らせるなど不可能ですからね」

「やはり監視はしてたんだな」


 監視と堂々言葉にするビュルクヴィストを前に、ザガルドアは苦々しく思いながらも、どこかで楽しんでいる自分に気づいていた。


(俺も変わった。そういうことかもしれないな)


「私も、そちらにおられるお二人と同じですよ。今すぐゼンディニア王国に行けと、さる御方からお尻を強く叩かれましてね。こうやってけつけたわけです」


 ビュルクヴィストの視線が彼女に向けられる。


「ザガルドア殿よりおうかがいしていたのは、あのお嬢さんですね」

「十二将序列七位エランセージュだ。貴殿に頼みたい。お願いできないだろうか」


 玉座から立ち上がったザガルドアが頭を下げる。その姿を見て、大いに慌てたのが当の本人エランセージュだ。


「陛下、私などのためにそのようなこと、どうかお止めください。もうよいのです。序列七位と言っても名ばかりのもの。私は、団長のように優れた魔術師でもなければ、剣技を含めた武術もからっきし駄目ですから」


 エランセージュはずっと劣等感にさいなまれてきた。序列は随分前から七位で頭打ち状態だ。本人には、序列を上げていく意思はないものの、どちらかと言えばあきらめにも似た心境だった。


 六位より上は、彼女に言わせれば、異常すぎる連中の集まりだ。


 筆頭ザガルドアは別格として、有翼獣を自在に操り、部下からの人望も高いフィリエルス、団長でもあるヴェレージャは言うまでもない。


 グレアルーヴやブリュムンドは、武器を持っての戦闘力の尋常さときたら、であり、ソミュエラも剣技は言うに及ばず、各大陸の言語を複数操り、飛び抜けた外交能力は随一だ。


 自分より序列が下の五人にしてもだった。彼らも自分と同様、序列を上げることに興味がないのか、一度たりとも挑んでくることはなかった。明らかに、序列九位ディリニッツ、同十位トゥウェルテナは自分よりも強いはずだ。


 せないまま、今に至っている。それがエランセージュによる現状分析だった。


 自分自身、十二将に相応ふさわしくないと前々から思っている。この戦いを機に、十二将の地位を返上するつもりでもあった。


「エランセージュ、そこまで自分自身を卑下ひげしなくてもよいでしょう」


 言葉をかけたのはヴェレージャだ。確かに、魔術においてはヴェレージャの方が上だ。それは間違いないところだ。ただし、攻撃系の魔術において、という注釈がつく。


 エランセージュが本領を発揮するのは、後方支援魔術なのだ。つまりは、味方の力を上昇させたり、敵の力を間接的にいだりする能力を指す。この領域において、彼女の右に出る者はいない。


 なぐさめでも何でもない。ヴェレージャは副団長でもあるエランセージュの能力を高く評価しているし、絶対に手放せない存在になっている。


 ソミュエラが後を引き取って言葉を続ける。


「貴女の悩みに気づいてあげられなくてごめんなさいね。それでなくても、貴女は言葉数が少ないから。今回、ここまで打ち明けてくれてよかったわ。そのうえで、私からはこの一点よ」


 以前にも触れたとおり、ソミュエラは十二将の女たちにあって、姉的存在だ。エランセージュのことも、トゥウェルテナ同様にずっと気にかけてきたのだ。


 十二将という立場を思うばかりに、エランセージュが固定観念に囚われているのではないか。そう思うことが度々たびたびだった。


 十二将は誰よりも武に優れた、いわば結晶であり、敵陣にあっても単騎で先陣を切って相手と対峙する立場にある。その意味では、エランセージュは圧倒的不利だ。


「十二将の全てが一対一を是とするものではないわ。貴女の真の力は、集団戦でこそ最大の効果を発揮するもの。そして、水騎兵団は空騎兵団や獣騎兵団とは、その役割からして異なるの。貴女の力で、これまでどれだけの味方の命が救われてきたか」


 ソミュエラも同様に口数が少なく、周囲から何を考えているのかよく分からないと言われる口だ。


 決定的に違うのは、ソミュエラは全く人見知りをせず、困っている者がいたら積極的に声をかける。初めてゼンディニア王国に渡ってきて、危険な状況に陥っていたトゥウェルテナを助けたのも、そういう経緯いきさつだった。


 一方のエランセージュは、人見知りが激しく、そのうえほぼ全身をおおった衣類のせいもあって、いっそう近寄り難い雰囲気をかもし出していた。

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