第083話:二人の戦いの行く末

 継母ままはは三人はともかく、さすがに最後の盾として立ちはだかる精鋭騎士七人は強かった。重装備ゆえ、動きは遅いものの、とにかく防御が固い。


 ザガルドアもイプセミッシュも必死に剣を振るった。四人を倒すのが精一杯だった。


 二人ともに鎧はまとっているものの、そこまで防御能力が高くない。しかも、ここに辿たどり着くまで相当に無茶をしてきたせいか、剣は刃こぼれを起こしている。七人全員をほふるだけの十分な力は、もはや残されていなかった。


 先にザガルドアがひざをつく。常にイプセミッシュを背にして、最前線で戦い続けてきたのだ。


 何とか急所だけはけている。それ以外の身体中から、血を流している。特に利き手、利き足である右側に集中して負傷を追っていた。


「ザガルドア、もうよい。お前だけでも生き残ってくれ。私は、お前だけは失いたくないのだ」


 口の中にたまった血を吐き出し、ザガルドアがえる。


「馬鹿野郎、何度も同じことを言わせんな。お前を一人になんて、できるわけがねえだろ。今、休憩中なんだ。息が整ったら、あの三人は俺がやる。だから、お前は脇目も触れず女どもを蹴散らし、父さんのもとへ急げ」


 耳障みみざわりな音が、この緊迫した場面を切り取った。何事かと継母三人が音の出所たる玉座の方に振り返る。


「あら、陛下が興奮なされているわ。それもそうですわね。何しろ、十年ぶりの再会、可愛い一人息子が目の前に立っているのですから」

「本来ならば、お涙頂戴の芝居になりそうなものの、私たちの手によって陛下はあの体たらくですわ。さらに息子は謀反人むほんにんと、たいそうあわれですわね」


 口の軽い二番目の継母が、わざわざ自分たちの悪事を暴露ばくろしている。両脇の二人から、鋭い視線を向けられるものの平然としている。


 勝利を確信、邪魔者も消し去った、とでも思っているのだろう。イプセミッシュがたまらず怒鳴る。


「やはりお前たちの仕業か。この外道げどうどもが。そこまでして、権力を欲するか」


 イプセミッシュの言葉を無視して、女たちが互いに非難を始めている。


「ちょっと貴女、口が軽すぎてよ。私たちが仕組んだとばれてしまったではありませんか」

「保身に走るのはおよしなさいな。私たちは同罪でしてよ。それでも、最も積極的に関与してきた貴女への風当たりは、かなり強いかもしれませんわね」


 罪の意識など皆無なのだ。さも当たり前のことをしてきたまでと思っている。


「もう終わったも同然でしてよ。そろそろ、そこのねずみ二匹も限界でしょう。お前たち、すみやかに始末してしまいなさい」


 命令を受けた三人の騎士が同時に攻撃に転じた。そろいも揃って、重装備のうえ体力も十分だ。


 一方、ザガルドアもイプセミッシュも全身が重く、肩で大きく息をしている。絶体絶命だった。


 騎士たちは連携を取り、正面と左右、二人の逃げ場を封じたうえで鋭く斬り込んでくる。


「この俺を、なめるなよ」


 呼吸が十分に整っていない。それでも行くしかない。イプセミッシュだけは死なせない。その信念だけで、ザガルドアは最後の力を振り絞り、迫り来る三人の剣をかいくぐった。


 きわどいながらも、寸分の差で攻撃をかわしていく。多少の傷など、気にしていられない。


 狙うは正面だ。ここを切り開けば、イプセミッシュが突破できる。


 ザガルドアは、下段から逆袈裟ぎゃくけさで左から右へ斬り上げた。渾身こんしんの力を込めた一撃がよろいを断つ。一人の騎士がはるか後方へと吹き飛ばされていた。


 ここで思わぬことが起こった。剣の耐久力が限界を迎えたのだ。鎧を断ったと同時、剣身が中央付近から真っ二つに折れてしまった。


「ちっ、こんな時に」


 この好機を残りの二人が見逃すはずもない。遅かった。もはや、かわす余裕はない。


「ザガルドア」


 イプセミッシュの絶叫が響き渡る。


 繰り出された二本の剣が、ザガルドアの右脇腹、そして左胸やや下を貫き通していた。口から大量の血があふれ出す。


 倒れるわけにはいかない。


 ここからが、ザガルドアの真骨頂だった。彼は己の血をも武器に変えたのだ。


 騎士たちとはまさに至近距離、突き刺すことに専念していた二人には、ザガルドアの行動が読めなかった。


 いくらかぶとで覆っていたとしても、目だけは隠せない。口にたまった大量の血を、二人の目めがけて吹きつけたのだ。


 ザガルドアも叫び返す。


「行け、イプセミッシュ。俺にかまうな。お前には、やるべきことがある。そうだろ」


 思わず立ち止まりそうになったイプセミッシュに、行動をうながす。


「振り返るな。突き進め」

「ザガルドア」


 その言葉だけを残し、イプセミッシュははじかれたように二人の騎士の横を抜けた。


 血飛沫しぶきを両目に浴びた騎士たちの力がゆるむ。ザガルドアは即座に折れた剣身の刃で、二人の頸動脈けいどうみゃくを一気にで斬った。


 噴水のごとく、血が舞い上がる。そして、三人がほぼ同時にくずおれていった。


 継母など、後でどうにでもなる。イプセミッシュは判断した。玉座で半ば朦朧もうろうとなっている父のもとへ一目散に急ぐ。


「愚かね。私たちの備えがこれだけだと思って。切り札はね、最後まで取っておくものよ」


 玉座の後ろから、突如として男が現れた。この顔、姿、忘れようもない。幼少の頃より、身の回りの一切を取り仕切ってくれていた王子づきの執事長リーゲブリッグだ。この男は、執事長のみならず、王宮魔術師の一人でもあった。


「お久しぶりでございます、イプセミッシュ様。あれから十年、立派な若者になられましたな。本来であれば、再会を喜ぶべきなのでしょう。私に残された時間はもはやありません。余計なおしゃべりはこれぐらいにして、若様にはここで死んでいただきます」


 イプセミッシュは様々な感情に心を乱されていた。


「まさか、お前が裏切り者だったのか。リーゲブリッグ、今すぐ父上から離れろ」


 ここで立ち止まるわけにはいかない。ザガルドアの命は風前の灯火ともしびだ。早く決着をつけて、手当てをしなければ間に合わなくなる。


 かつて第二の父として慕っていたリーゲブリッグは、もういない。目の前に立つ男は敵だ。その敵が魔術師であろうと関係ない。情け容赦なく、切り伏せる。


 その一念で、イプセミッシュは剣を握り締め、玉座にけ上がった。


「リーゲブリッグ」


 剣を振り下ろそうとしたその刹那せつな、リーゲブリッグと視線が絡み合う。奥底に秘められたものをイプセミッシュは感じ取ってしまった。そのために躊躇ためらいが生じた。


 剣が、頭上で止まる。


「さらばです、若様」


 リーゲブリッグが一度だけ目を閉じ、再び開く。左手に持つ魔術杖の先端を、イプセミッシュに突きつけた。そこには詠唱の魔術文字が浮かび上がっている。


炎爆熱火焦球ペセロフィグル


 直径十セルク程度の火炎球が一発、至近距離から発射された。正面に立つイプセミッシュには避けることさえかなわない。胸元に着弾、炎に包まれる。


「リーゲブリッグ、よくやりました」


 継母が歓喜の声を上げるものの、それだけ言うのが精一杯だった。無論、誰も聞く者などいない。


 それもそのはずだ。玉座の間の温度が、急激に降下し始めているからだ。あらゆるものにしもが付着しつつある。あまりの寒さに全身が震え、口を開く余裕すらなくなっている。


「若様」


 リーゲブリッグが、イプセミッシュに向かって右手を差し伸べる。どのような思いからだったろうか。


 背後の空間が割れた。覚悟を決めていたのか、リーゲブリッグは再び静かに目を閉じた。


「喰い破れ破貫氷凍蛟蛇アンフィジミェイ


 盛大な吐血とともに、リーゲブリッグの背中を貫き、腹を食い破って出現したのは氷蛇セヴェニエムだ。透き通るほどに美しい氷で形成された蛇は、リーゲブリッグを凍結させると、その勢いのまま継母たちに襲いかかる。


 大きく開かれた口、その上顎骨じょうがくこつから左右一対の毒牙が突き出ている。もちろん、氷蛇セヴェニエムに毒はない。毒牙は、すなわち凍牙、牙で捕えたものをことごとく凍結させるのだ。


 氷蛇セヴェニエムの毒牙が迫る。金切声かなきりごえのうえに金切声を重ね、叫喚きょうかんするも、足元が完全に凍りついている。


 無力な継母たちにはなすすべもない。三人はたちまち丸飲みにされ、凍結のうちに死を迎えた。そこに残されたのは、哀れなるみにくき三体の氷像のみだった。


 ザガルドアの足元に、一人の男が立っている。男は左腕に装着した奇妙な剣を一閃いっせんした。


 役目を終えた氷蛇セヴェニエムが割れた空間の中へと戻り、ゆっくりと閉じられていった。

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