第056話:カランダイオの戦い

 ビュルクヴィストに問われたものの、セレネイアをはじめマリエッタ、シルヴィーヌの口は重かった。


 肝心の日時と場所だけは想像がつかない。それはイオニアにしても、モルディーズにしても同様だ。


「考えてみたのですが、ここだという場所に思い至りませんでした。今回の件はシルヴィーヌが申したとおり、全てがパレデュカルへとつながっていきます」


 最初に答えたのはセレネイアだ。


 パレデュカルの望みは分かっている。サリエシェルナを無事に取り戻すことだ。一方で、ジリニエイユも新王国樹立のためにサリエシェルナを必要としている。それらをかんがみるに、シュリシェヒリの里が思い浮かぶ。


「エルフ属同士の争いなら可能性もあると思います。そこにラディック王国とゼンディニア王国という国家間の争いが加わるとなると、どう考えてよいのか。私には判断がつきません」


 次いで、第二王女のマリエッタが答える。


「あいにく、私も判断するだけの情報を持ち合わせておりません。このリンゼイア大陸のいずこか、というぐらいしか想像がつきませんわ。そうよね、シルヴィーヌ」


 シルヴィーヌはマリエッタの言葉に反応せず、一人考えにふけっている。少ない手持ちの情報を全て頭の中にかき集めて整理、高速回転させている最中なのだ。


 皆の視線がシルヴィーヌに集中している。マリエッタも、シルヴィーヌが一種の没頭状態に入っていることを察知、終わるまでじっくり待つ。


 マリエッタとシルヴィーヌの様子を見て、カランダイオが微笑んだように見えた。セレネイアだけが気づいた。何しろ、カランダイオが笑っている姿をこれまで一度も見たことがないのだ。


「カランダイオ、どこか楽しそうですね。私、貴方が微笑むところを初めて見ました。とても新鮮です」


 背後の窓から差し込む柔らかな日差しを受けて、セレネイアがいつも以上に美しく見える。わずかに頭をかしげ、小さな笑みを浮かべる彼女を前に、カランダイオは見惚みとれてしまった。


(何たる不覚、まさか見られていたとは。つい先日まで頼りない少女だと思っていましたが、あの一件が成長のきっかけとなりましたか。少女から大人になりつつあるのですね。我が主が、多少なりとも気にかけるだけはあります)


 ビュルクヴィストが唐突に立ち上がる。急ぎ足で、こちらに向かってくる。カランダイオも思考を中断する。同じく、即座に立ち上がり、反転した。


 二人が横並びになったと同時、王宮内にきらめきが走り、まばゆい乱反射を起こす。


「我が主レスティー様、お待ちしておりました」

「レスティー殿、ご無沙汰しております」


 乱反射が収まった後、カランダイオとビュルクヴィストの目の前には、四人の人物がその姿をあらわにしていた。


 二人は知った顔、レスティーとエレニディールだ。あとの二人、シュリシェヒリの長老キィリイェーロとトゥルデューロ、とは初対面になる。


 レスティーは互いの紹介を後回しにして、まずは掃除から始めることにした。


≪カランダイオ、私の背後はそなたに任せる。私はそなたの背後を≫

≪承知いたしました。準備は整っております≫


 詠唱は既に完成していた。後は発動させるだけだ。


 カランダイオの魔術がまさに解き放たれようとしている。すぐ横にいたビュルクヴィストが魔力の異様な高まりを感じ取ったか、慌ててカランダイオから距離を取る。


 見上げるカランダイオに対して、レスティーは静かに告げた。


≪そなたの力、存分に見せよ≫


それを合図として、カランダイオが仕かける。


茨棘搾絞刺獄ガドルディエラン


 突如、空中に巨大ないばらが出現した。様々な太さのくきが絡み合い、あらゆるところから鋭利なとげが無数に突き出している。棘一本が人とほぼ同じ大きさだ。それらが特定の空間をゆっくりと囲い始めていく。


「動くな。動けば、茨の標的になる」


 その言葉に誰もが身を固くして構える。


 刹那せつな、レスティーの姿が消えた。


 カランダイオは巨大な幾本もの茨を巧みに制御しつつ、空中を見つめ、目を開く。


「そこですね。隠れても無駄なのですよ」


 およそ三メルク四方の立方体空間が彼の、茨の標的だった。その周囲を揺らめきつつ漂う茨を一斉いっせいに引き絞る。


囲え死の茨たちラグシュレオン


 よりいっそう強く絡まった茨が蠢動しゅんどうするたびに、無数の棘が標的の空間を次々と裂いていく。


 たちまちのうちに立方体空間が粉砕ふんさいされ、耳を覆いたくなるような不快極まりない金属音が鳴り渡る。最後に、一際ひときわ高い亀裂音が響き、それは細切れに破断されていった。


「出てきなさい。我が主の命により、お前を滅します」


 カランダイオはここで見せつけなければならなかった。己の強さそのものを。己が単騎で魔霊鬼ペリノデュエズを滅ぼせるという、その事実をだ。


 特に目の前に立つ男、スフィーリアの賢者に対しても。そうでなければ、レスティーの配下など務まらない。


 隠れ場所を奪われた魔霊鬼ペリノデュエズが床に降り立つ。そこはカランダイオの術中だ。抜かりなどあるはずもない。空中の隠れ家を失った今、逃れられる場所はそこしかないからだ。


 マリエッタが、騎兵団員の各々が、初めて目にする魔霊鬼ペリノデュエズを前に必死に吐き気をこらえている。


 あまりにいびつな姿をしている。過日、レスティーが倒した低位メザディムとは比較にならないほどのおぞましさだ。


 大きさは約四メルク、横にも膨れている。恐らくはなりそこないセペプレから低位メザディムに格を上げたばかりなのだろう。


 取り込んだ人の姿にもなれない、低位メザディムの中でも、限りなく低位メザディムだ。それでも人を容易たやすほふれる強さを有している。


「あ、あれが魔霊鬼ペリノデュエズなのか。何と恐ろしい。我々はあのようなものと戦おうとしているのか」


 独り言だった。思わず声がれていた。第二騎兵団団長のタキプロシスだ。彼の言葉は、間違いなくここにいる者たちの代弁でもある。


「貴方たち、うるさいですね。それに魔霊鬼ペリノデュエズはこんなものではありませんよ。今、目の前にいるのは雑魚ざこです。この程度で驚いていて、どうするのですか。今から私が倒します。黙って、そこで見ていなさい」


 圧倒的な強さをもって、魔霊鬼ペリノデュエズを滅する。せっかく張り切って茨棘搾絞刺獄ガドルディエランまで使ったのに、相手が低位メザディムだったのは残念至極だ。まずは使命達成こそ重要だった。


千々に刻みなさいファ=ウェディ・クトゥ


 カランダイオが最後の命を茨に与えた。たちどころに四方八方から茨がうごめき、魔霊鬼ペリノデュエズを完全に取り込んでいく。


 すさまじい速度をもって茨が、棘が魔霊鬼ペリノデュエズをすりつぶしていく。茨が身体をそぎ、そいだ肉片を棘がことごとく寸断していく。


 断末魔を残す余裕もなく、魔霊鬼ペリノデュエズは原型を留めることすら許されず崩れ去った。


 役目を終えた無数の茨が、ゆっくりと空中に消えていく。


「終わりましたね」


 カランダイオは満足げにつぶやき、振り返った。そこには左腕にセレネイアをかかえたレスティーの姿があった。


「見事だった、カランダイオ」


 主からの最高の言葉に、カランダイオは黙して頭を下げるのだった。その顔には、決してセレネイアには見せられない満面の笑みが浮かんでいた。

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