第049話:長老との対面
ひとしきり泣いたパレデュカルは、死んでいるに違いない長老キィリイェーロに目をやった。
死者になってはその罪も裁けない。何より、
キィリイェーロの口から、大量の血が吐き出されたのだ。
「まさか、生きているのか」
仰向けの状態のままでは危険だ。今、まさに吐き出している血が逆流、喉に詰まって窒息死など、冗談でも笑えないからだ。
パレデュカルは血だまりの中に沈むキィリイェーロの身体を強引に引っ張り出すと、上半身を抱え上げ、うつ伏せに近い状態へと姿勢を変えた。
「おい、キィリイェーロ、しっかりしろ。お前には聞きたいことがあるんだ。こんなところで死ぬんじゃないぞ」
ここから神殿の外まで連れ出すのに四苦八苦した。何しろ、右脚が役に立たないのだ。血みどろの長老を背に担ぎつつ、左脚一本で進むのは至難の業だった。
何度も転倒を繰り返す。その
真実を聞き出さなければ、ミジェラヴィアの死に報いねば、その思いだけでようやく入口までたどり着いたのだった。
「ダナドゥーファ、戻ってきたか。無事でよかった」
少しばかり体力が回復したトゥルデューロがすぐさま迎えてくれた。背負った長老の姿に
「俺が代わろう。お前も右脚が動かないんだろ。長老一人ぐらいなら、どうってことはないさ」
パレデュカルは親友の何気ない心遣いに感謝した。
「トゥルデューロ、この男は何としてでも生かしてほしい。そうでなければ、死んでいったミジェラヴィアたちが浮かばれない」
隠しきれないほどの悲嘆に支配されたダナドゥーファに、トゥルデューロはかけるべき言葉が見つからない。
「
長老を背負ったトゥルデューロの口を
「その男を、頼む」
その場に力なく座り込んでしまう。もはや、言葉を口にすることさえ
(そうだったんだな。ミジェラヴィアも
パレデュカルの顔には、しっかりと
階段を下りていくトゥルデューロの背を見つめながら、パレデュカルがそっと
「ミジェラヴィア、俺も疲れたよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数の比だけで言えば、
全てはジリニエイユの策略だった。それを知る者は誰一人としていない。知っていたなら、ここまでの惨状には至らなかっただろう。
あのような悲劇があっても、シュリシェヒリの里には変わらず心地よい風が吹いている。樹々の間を通り抜け、柔らかな緑の香を運んできてくれる。
聖なる大樹の幾つにも分かれた根っこに腰を下ろし、パレデュカルは全身で風を感じ取っていた。彼にとって、いやエルフ属にとって至福の時でもあった。
向こうから見慣れた顔が近づいてくる。
「トゥルデューロ、そんなに動き回って大丈夫なのか」
神殿で長老を託して以来だ。
久しぶりに見る親友の顔には生気が戻っていた。全身に負った傷はまだ完全に癒えていないものの、随分と精力的だ。
「ダナドゥーファ、ちょうどお前を探していたところだったんだ。ようやく長老が目覚めたぞ。
朗報だった。
トゥルデューロと分かれた後、パレデュカルは肉体的、精神的な疲労から二日二晩、
早速、長老キィリイェーロのもとへ向かうべく、聖なる大樹に背を預けながら、ゆっくりと立ち上がる。
「行くんだな。俺もついていきたいところだが、込み入った話をするのだろ。終わったら話せるところだけでいい。教えてくれよ」
パレデュカルには親友の気遣いが嬉しかった。
「ああ、後でな。行ってくる」
エルフ属は樹々と共に生きる森林の一属だ。森全体が彼らにとっての家であり、屋敷でもある。それらを総称してカドムーザと呼んでいる。
長老の寝所は樹々の上に造られていた。地表からおよそ十メルクの高さに位置している。大樹から伸びた幾本もの太い枝が複雑に絡み合い、そこに緑の葉が折り重なるようにして空中床を構成している。
いかなる場合でも、樹々を傷つけることは許されず、
ここのカドムーザは十余人が過ごせるほどの快適な空間に仕上がっていた。長老キィリイェーロの姿は、カドムーザの中央にあった。柔らかな葉を敷き詰めた寝床に仰向け状態で寝ている。
補佐二人を失ったキィリイェーロの
「キィリイェーロ、話をしに来た。今すぐ起きろ。それから、お前たちは邪魔だ。失せろ」
相手が長老と言えども、この男に対して敬意を払うつもりは全くない。
「このような状態の長老を前にしておきながら、無礼であろう」
食ってかかってきたのは男の方だ。確か警備隊にいた見習いのような気がする。ここから見る限り、傷一つ負っていない。
「
図星だった。顔面蒼白となった男が悔しそうにパレデュカルを
「俺は失せろと言ったんだ。三度目はないと思え」
「お前たちは下がれ。ダナドゥーファの言うとおりにするのだ」
ようやくのこと、長老キィリイェーロが弱々しい声で二人に退席を命じた。二人は一瞬だけ抵抗の意思を見せたものの、長老の言葉には逆らえない。一礼すると、渋々ながらにこの場から立ち去っていった。
「私に聞きたいことがあって来たのだな。その前に、サリエシェルナは」
「奪い返せなかった。それもこれもお前のせいだ。ジリニエイユから全て聞いたぞ」
しばしの沈黙、聞こえてくるのはキィリイェーロの微弱な呼吸音だけだ。
「そうか、我が兄からな。では、サリエシェルナの正体も知ってしまったのだな」
キィリイェーロの言葉にさらなる苛立ちが募っていく。
「当然だろう。お前とジリニエイユとの間で何があったか。お前は何を知っているのか。全てを嘘偽りなく話せ。そうすれば楽に死なせてやってもいい。あの世で多くの同胞に
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