決着


 「敵の一部が逃げ始めたか……。あれはおそらくティベリウスとその護衛だろう」


 ヴェルナールもその視界に戦場を離脱する一団を捉えていた。


 「追いかけたいところですが、正面の敵が邪魔で無理なようですね」


 ヴェルナールとノエルはその背中をただ見送ることしか出来なかった。


 「逃がした獲物は大きい、それを地で行くような事態だ」

 

 ヴェルナールはそう言ってため息を一つ零した。

 だが顔を上げたときには表情は切り替わっていた。


 「部隊を押し出すぞ。大将のいない軍隊など所詮は烏合の衆だ」


 ヴェルナールが腕を振り下ろす。

 前進の命令は指揮官同士の口伝いにすぐさま伝わった。

 

 「敵軍が押し出して来るぞ!」


 帝国兵士達は自身達とほぼ同数の兵力からの攻撃を側面から受けている状態で、さらにほぼ同数の敵を背負うこととなった。

 

 「くっそ、二方向からか!」

 「これでは耐えられんぞ!」


 帝国兵は粘り強く戦う道を選んだがしかし、北側に展開する右備えがヴァロワ軍の攻撃を受け壊滅した今、中央に展開する部隊はもろに二方向から圧をかけられる形となってしまっていた。


 「侵略者共は、一人と生かして帰すな!」


 アレクシアの率いる近衛兵団の破壊力は群を抜くもので次々と帝国兵を屠っていく。


 「二度とヴァロワの地を踏めなくしてやれ!」

 「死ねやぁぁぁっ!」


 苛烈なまでの攻撃で中央に展開する部隊の北側はあっという間にすぐさま総崩れとなった。


 「今回の戦役最大の功労者は姉上だな」


 ヴェルナールは楽しげに北側の戦場を眺めた。

 ヴァロワの軍旗が帝国軍陣地の中央に向けて進撃していくのが見えるのだ。


 「お前達、ヴァロワ連中に手柄を取られるなよ!アルフォンス兵の意地と練度の高さを見せつけてやれ!」


 互いに銃撃を無効化してきた盾がぶつかり合うような距離になると兵達は槍を盾の隙間から突き出した。

 槍が鈍い手応えを持ち手に伝えると盾の後ろにいた敵兵が倒れ伏す。

 それが盾をもった兵士なら儲けものだった。


 「盾が崩れたぞ!槍を突き出せ!」

 「おう!」


 人数でまさるアルフォンス軍が盾が倒れたことで生じた隙を突き一気に崩しにかかる。

 一度開いた傷口は閉じさせない、むしろその傷口から傷を拡げていこうとばかりに攻め立てる。

 帝国軍の前線に大穴が開けばそこからアルフォンス兵は横方向に侵食していく。

 身を庇うものを失った兵は避けることも出来ずに槍を突き立てられ、剣で切り裂かれていった。

 

 「余力のある後備えの連中から兵を動かせないのか!?」

 「それが後備えの部隊も陛下も見当たらないのです!」

 

 前線に開きつつ穴埋めのために帝国軍の指揮官達は戦闘に参加していなかった部隊での補填を検討した。

 だが既にその部隊の姿はなかった。


 「へ、陛下は我らを捨て駒にして逃げられたというのか!?」

 「陛下は我らを見捨てて何処へ!?」


 帝国軍の中に新たな混乱が拡がる。

 そして負の要素を含む情報の伝達とは往々にして早いものだった。


 「我々も逃げよう!」

 「どうせだったら補給物資をかっぱらって行こうぜ!」


 指揮官だけでなく一兵卒に至るまでティベリウスの逃亡は瞬く間に知れ渡った。

 逃げる兵、投降する兵とで帝国軍は内から瓦解し始めた。


 「勝負あったな」


 それまで以上に騒々しくなった敵陣を見据えるとそう言った。

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