サリーヌの戦い 2

 夜半のサリーヌ村一帯には、激しい銃声と立ち込める紫煙、そして火薬の匂いが漂っていた。

 ヴァロワ・アルフォンス連合軍の側から仕掛ける形でリグリア国境一帯での戦闘が始まった。


 「あの火矢を消せ!」


 互いに明かりを落として夜を迎えていたためにアルフォンス側の最初の攻撃は辺りを煌々と照らす火矢によるものだった。

 

 「クッソ、敵はこの明かりを頼りに撃ってくるぞ!」


 帝国兵たちは慌てて周囲に落ちた火矢を消しにかかる。

 

 「放てェッ!」


 明かりを頼りに狙いをつけた銃兵と弓箭兵が一斉に攻撃を開始した。


 「盾の後ろに身を隠せ!」


 銃声が轟くと火矢にかかりきりになっていた帝国兵達はすぐさま盾の後ろへと身を隠した。


 「よし、喚声を上げろ!」


 射撃を続行させつつヴェルナールは次の指示を下した。


 「「おぉぉぉぉぉっ!」」


 万を越す兵士たちがすぐさま声をあげる。


 「敵が攻めてくるのか……?」

 「相手にはあのアルフォンス公もいるという!このままでは勝ち目はないぞ!」

 

 帝国軍兵士達激しく動揺した。

 これが昼間なら状況の確認は容易、だが今は夜だった。


 「きっと、攻めてくるんだ!」

 「今から逃げればまだ間に合うんじゃないか?」

 「逃げるってどこにだ?リグリアには入れないと聞いたぞ!」

 「北へ行こう。ヘルベティアを目指せばどうにかなるかもしれない!」


 憶測が憶測を呼び、兵士達は勝手気ままなことを口にした。


 「陛下、このままでは士気の低下は避けられません!何か指示を!」


 居合わせた諸侯の一人がそう口にした。

 ティベリウスは頷くとすぐさま打開策を口にする。


 「ヴェルナールは損害を負うのを嫌うはずじゃ。取り急ぎ銃兵をかき集めて前備えの最前列に送るのだ。撃たれてばかりでは癪よ。こちらからも撃ち返すのじゃ」


 銃兵の数で言えば帝国軍はアルフォンス軍よりも勝っている。

 自分が相手に勝るものを前面に押し出して勝ちを得るは戦の定石。

 それがティベリウスの考えだった。

 数分の後、連合軍の正面に展開する帝国軍前備えに銃兵の用意が整うと帝国軍は反撃とばかりに撃ち始めた。


 「公国うちの五割増しぐらいか」


 アルフォンス軍の射撃のそれを上回る轟音が周囲に響き渡る。


 「やはり帝国は脅威ですね」


 アンドレーは発射炎で眩く光る帝国軍を見つめた。


 「なに、こちらの策に引っかかってくれてるうちは脅威にはなり得ないさ」


 ヴェルナールは楽しそうに笑った。

 

 「これで敵は前へ出れなくなったな」


 ティベリウスは満足気な表情で戦場を見つめた。


 「このまま、こちらが攻撃の動作で敵を動揺させるのも一興か」


 だがしかし、ティベリウスは自身の判断が失敗であることに気付かずにいた。

 右備えの陣がある北側で喚声が上がったのだ。


 「何が起きているのだっ!?」

 「これは如何なることぞ!」


 居並ぶ将や諸侯は予想外の事態に困惑した。

 その場で冷静にしているのはティベリウスただ一人。


 「ぬかったか……こちらは陽動にまんまと釣られたわけだ」

 

 苛立ちに爪をかみながら北の方角を見つめる。

 攻撃を仕掛けたのは、近衛兵団を含むヴァロワ兵八千だった。

 もはやここに至っては大勢が決していた。

 故にティベリウスは、苦々しい顔のままに告げた。


 「お主ら、ここは退避するのが最善じゃ!」


 戦場で戦う兵達のことは顧みずティベリウスは、リグリア軍を突破して帝国へ帰還することを選択したのだった。

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