脅迫

 オルレアンにおける戦闘終結から五日後、ヴェルナールの書いた書簡はリグリア公のもとにあった。


 「お前はこれを読んだ上でここにいるのか?」


 リグリア公はこめかみをひくつかせ、手は怒りに震えていた。


 「もちろん」

 「随分と命知らずなのだな」


 リグリア公グリマルドは、書簡を真っ二つに引きちぎると床へと捨てた。


 「拝見してもよろしいでしょうか?」

 「好きにしろ」

 

 傍に控えていた男が、グリマルドの足元に捨てられた書簡を拾い読み上げる。


 「現在、敗走状態にあるカロリング帝国軍がリグリア公国領内において態勢を立て直すことが予想される。それに際し貴国がカロリング帝国軍を領内に留め置く場合、帝国軍もろとも貴国を粉砕する用意が我々にはある。だが我々は貴国との戦闘を望まない。貴国もまた、我々と同じく戦争を望まないのであれば帝国軍の通行禁止措置を求める。リグリア公の英断を我々は期待する」


 男は読み上げた。


 「なんと無礼な書簡でありましょうか!」


 男は書簡を床に投げ捨てると踏みにじった。


 「これを閣下にみせた貴様は万死に値する!」


 声高に吠えた男はしかし、二の句を継ぐことは出来なかった。


 「その剣を抜けば命は無いものと思え」


 男の顔のすぐ右には短剣が突き刺さっていた。


 「そんなことをして逃げられると思うてか?」


 グリマルドはどうにか平静を保ちアルフォンスの使者を問い質す。

 

 「逃げるも逃げられないも大したことではありません。何せ今の閣下は丸腰だ」


 アルフォンスの使者がそう言うと、その場に居合わせたグリマルドの家臣達が剣を抜くがそれよりも早くグリマルドの背後に回りこみ喉元に短剣を突きつけていた。


 「さて、私も忙しい。早速返答をお聞かせ願おうか」

 「貴様、ただの武人ではあるまいな?」

 「時間稼ぎしようたって無駄ですよ」


 家臣達はアルフォンスの使者をグリマルドから引き剥がそうとするが、少しでも動けば短剣がグリマルドの白い喉に走ることは明白、剣を抜いて油断なく構えてはいたがそれ以上動くことは出来なかった。


 「私を殺したければ殺せばいい。だが私が帰らねばこの国の命運は十中八九決まるでしょうな」


 圧倒的優位をかさにきて、使者の男は強気に出る。


 「一国の国主たる者、家臣の意見がなくともこの程度の簡単な要求、すぐさま答えれるでしょう?」


 男はグリマルドを拘束する腕にさらに力をかけた。


 「わ、わかった。帝国軍はヴァロワとの国境で追い返そう!」


 汚れ仕事も厭わぬアルフォンスの間諜の放つ殺気に、グリマルドは顔面を蒼白にした。

 そして恐怖に歯が噛み合わないまま答えを口にした。


 「色良い返答に感謝しますよ。リグリア公の判断が英断であったこと、帝国兵の血を持って証明してみせましょう」


 使者の男は用は済んだとばかりにグリマルドの拘束を解いた。

 そして、よろけるグリマルドを尻目に謁見の間を去る。

 リグリア国境で戦闘が生起したのは僅か三日後のことだった。

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